第9話 作戦開始

 翌日。 ここ数日は穏やかな天気が続いていたが、本日は生憎の曇天模様。

 勇者様御一行は本日ホテルをチェックアウトするようだ。

 昨日無事にそれぞれの役職が決まり、受け取った多額の支度金を元手に各自住む部屋を見つけるべくホテルを後にした。

 そんな中、レイテだけはホテルの別の階に1部屋借り、シャルとの待ち合わせ時間まで期待を胸に、そわそわとした様子を見せている。

 

 一方その頃、昨夜はあのまま3番地の宿屋に部屋をとり宿泊したオレとシャルは、レイテとの待ち合わせに向け作戦会議を開始する。


「さっそくだけど、これに着替えろっ」

「はっ、はいぃ」


 オレはシャルにそう言うと、昨夜買った服を投げ渡す。 それに加えショートレイピアや服飾品等も身に着けるように指示を出した。

 2日間とは言えすっかりオレの世話になり、更にオレはどうやらシャルを女性扱いしていないようなフシが感じられるせいもあり、シャルは堂々とオレの目の前で下着姿になり着替えを始める。

 言われるままに着替え終えたシャルが、部屋の姿見の前に立つと「おぉっ」と小声で歓声をあげている。

 オレも着替え終えたシャルを見て、


「どうよ? これなら少しは対等に話せるんじゃねーか?」


 シャルの自国であるミランテ共和国の濃いえんじ色の軍服に少将の階級章。

 腰にはショートレイピアを携えている。


「か、可愛いですこれ!」


 シャルはその服装に対して「可愛い」という感想を述べたが、どうやらコスプレか何かと勘違いでもしてるのだろうか?


「あっ、でもでも。 この階級章ってどうしたんです? 何か本物っぽいですけど……」

「それか? それは行きつけの店で用意して貰ったやつだな。 昨日行ったろ? 煤けた古道具屋に」


 オレの行きつけの古道具屋となると、国王の印字を偽造したあの店の事だろう。


「あぁ、 何かちょっと怪しげな……。 でもこれ大丈夫なんです?」

「わからん! まぁ大丈夫だろ! 多分」

「多分って……」


 階級章の偽造は、場合によっては死罪になりかねない重い罪なのはシャルでも分かるようだ。

 しかし既に国王の印字を偽造しているオレにとっては些細な問題である。


「後は仕上げだな!」


 オレがシャルの元へ近づくと、シャルの薄ピンク色のシルク糸のような髪の毛をガバっと掴むと、


「ちょっと持ってろっ」

「痛っ、はぃぃ」


 急に髪の毛を捕まれ少し痛そうにするシャルに、髪を上げたままにするよう指示を出すオレ。


「よっと、 もう良いぞ」

「んっ?」


 シャルの耳に、エルフのような精巧な付け耳を装着したオレ。

 姿見を前に、耳が映り込むよう横を向き横目でそれを見るシャルはまたも小声で「可愛い」と呟いている。


「良いか? お前は今日、ミランテ共和国の少将として勇者に会ってこい。 その反応で帝国がミランテに攻めるかどうかもわかんだろ?」


 オレの言葉を他所に、シャルは自分の姿に見惚れてうっとりとしているようだ。


「おーーい! 聞いてんのか?」

「えっ? えぇっと、はい! 大丈夫です!」

「上手い事、話が運べば国王と会うのだって叶うだろ?」

「たしかに! あっ1つ質問です!」


 シャルは小さく右手を上げるとオレに問いかける。


「あのあの、 勇者様にオーレさんの事聞かれたらどうします? 国王様のご親戚みたいですし。 出来れば王様に会う時も一緒に来てもらえたら心強いなぁなんて……」

「そういやそうだな。 うーーん」


 偽りの身分で、国王に会うのは危険だろうが……


「あっ! じゃぁ私の護衛役って事ではどうです? ミランテにも国王様のご親戚の人が何人か居るのは知ってますし。 どうです?」

「そうだな! まぁ何とかなるだろ。 とりあえずその前にお前がちゃんと国王に会えるようにする必要があるけどな」

「はっ、はいぃ。 ガンバリマス」


 少し自信なさげなシャルではあるが、ここまで来たらシャルの頑張りに期待するしか無いだろう。

 

 あれこれと準備や打ち合わせを重ねると時刻は夕刻に。

 待ち合わせの刻限が近づいている。

 シャルはミランテ共和国の軍服姿で、待ち合わせ場所であるホテル前で待機する。

 それを少し離れた場所から見守るオレ。


「やぁ、待たせた……ねっ?」


 ホテル入口からレイテがゆっくり姿を現し、後ろ姿の薄ピンク色の長い髪の毛のシャルに声を掛けるが、振り返るシャルの服装を見て言葉に詰まる。


「こんばんわ、勇者様。 今来たとこですよ」

「あっ、あぁ。 とりあえず……、どこか入りますか?」

「そうですねぇ。 ではあっちにある食堂ではどぉです?」


 シャルが指差す先には、1軒のバーがあり2人はそちらへ移動する事に。

 落ち着いた雰囲気のそのバーはまだ夕刻という事もあり、人も疎らで静かな印象だ。

 席に着き飲み物を注文するとレイテが少し困惑気味の表情で口を開く。


「まさかシャルさんがミランテの方だったとは。 見た所、階級は少将ですね? 今回はどういった目的で?」

「うーん。 想像は出来るかもですけど、当てて見てくださいっ」


 シャルの服装を見て敬語になるレイテだが、シャルはいつも通りといった感じだ。


「そうですね。 我が国の内情を探りに来たのでは?」


 レイテはカマをかけるようにシャルに問い、シャルはその言葉に無言で頷く。


「そうであれば無用な駆け引きは時間の無駄ですからね。 率直に言いますが、アリーシャはそちらの国へ侵攻するかもしれません。 まぁこちらの方ではそれは望む所では無いのですがね」

「えっ? ええぇ? それって本当です?」

「あっあれ? それを探りに来たんじゃないんですか?」

「え? うんうん。 そうですそうです。 やっぱりそうなんですねぇ」


 取り繕うように誤魔化すシャルを少し不審な目で見るレイテ。


「えっと、 勇者様は確か大将軍になられたんですよね?」

「はい。 それがなにか?」


 レイテの考えは戦争を避け、まずは外交でといった路線を取る予定なので、シャルに優位に立たれないように、少し語気を強め真顔で返答する。

 先程までは、シャルとアレコレしてやろうといった下心全開モードではあったが、今は一国の将軍としてシャルに接しているようだ。


「あっ、私の国も出来れば戦争は避けたいですし。 何とか平和的にぃって思ってて」

「なるほど。 そういう事であればこちらも協力しますよ? ただ」

「ただ? なんです?」

「いえ、そちらの国には少し譲歩して貰う事になると思いますけど?」

「も、もちろん! そのつもりですよぉ」


 シャルに政治的な駆け引きなど出来るはずもなく、レイテの言うままに返答する。


「でもですね! えっと、一応そちらの国王様には一度お会いしておきたいなぁなんて思ってるんですけど、大丈夫ですか?」

「謁見…… って事ですか? そうですね……」


 レイテは腕を組み、右手で顎を掴み少し考える素振りを見せる。


「では、そちらの国の国家元首から親書を持ってきてもらえませんか? 王への謁見はそれ位の理由が無ければ無理ですので」

「わかりました! じゃオッケーって事で良いですね?」

「シャ、シャルさん? 話聞いてましたよね? 親書を……」

「あぁ! 大丈夫です! しんしょですね。 すぐ用意します」


 シャルは謁見や親書など普段聞き慣れない言葉を理解出来ず、レイテの言うままウンウンと頷き、適当に返答しているように見える。


「ま、まぁ用意してもらえれば謁見は何とかしましょう。 そのかわり、見返りは高いですよ?」

「任せてください! 私で出来る事であれば何でもしちゃいますからっ」

「な…… なんでも? それならっ」


 将軍モードのレイテは、シャルの「何でもしちゃう」という言葉に色めき立ち下心全開モードに切り替わると、向かいに座るシャルを覗き込むように身を乗り出す。


「えっ?何です?」

「じゃさっそくシャルさん。 一回ヤラせてください」

「はっ? はぁぁぁ?」


 清々しい程のどストレートで欲求をぶつけるレイテに、シャルは状況が把握出来ずにいる。


「ふふふ。 シャルさんを見た時から一回ヤリたいなって思ってたんですよ。 もちろん良いですよね?」

「なっ、何言って……」

「あれ? 国王に会いたくないんです? あれあれ?」


 少し言葉に詰まるシャルだが、ここで拒否してしまえばせっかくの苦労も水の泡になる可能性がある事位はシャルも承知だろう。


「じゃこうしましょぉ! 無事に国王様に会えて、戦争にならなかったら! これが条件です」

「むっ。 ま、まぁ良いでしょう。 そのかわり約束は守ってもらいますよ?」

「は、はぁぁ……」


 ため息混じりに気のない返事をするシャルに、レイテは兼ねてからの疑問をぶつける。


「ところでシャルさん。 あの、こないだ食堂で一緒に居た男は何者です? 彼は何やら国王の縁者らしいって噂で聞きましたが」

「あっ、えっとオーレさんはですね。 たしか私の護衛役だったような。 そうそう護衛役です!」

「オーレ? たしか?」


 少し疑問を抱いたレイテを誤魔化すようにシャルは言葉を続ける。


「えっと、私の国にも何人かはそちらの国の国王様のご親戚もいるので! その人に護衛してもらえば、危険も少ないし案内もしてもらえるし! みたいな! そんな感じです」

「なるほど。 確かにその通りかもしれませんね。 ふむふむ」


 適当に言ったにしては、妙に説得力のあるシャルの言葉にレイテはどうやら納得したようだ。

 傍から聞くと、とても国の重臣同士の会話とは思えないような内容ではあったが、とりあえずは無事に、レイテとの約束は取り付けられたようだ。

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