第8話 1人ファッションショー

 朝日が昇り、街には目覚めの時刻を告げる鐘の音と、小鳥の囀りが鳴り響く。

 昨日と同様に本日も空は晴れ渡り、雲ひとつない絶好のお出掛け日和といった感じだ。


 勇者様御一行の凱旋パレードが行われた昨日とは違い、日常を取り戻した街には日の出を待ちわびたかのように荷を運ぶ者や旅人の姿、開店準備をする町民の姿がちらほら見える。

 日差しを遮るカーテンがシャルのドレスに化けたせいで、黄金色の朝日がモロに差し込むツインルームには、毛布がはだけた状態ですぅすぅと寝息を立てるシャルに、そっと毛布をかけ直すオレの姿があった。


 一方スイートルームに泊まっていた勇者様御一行は、早朝にも関わらず既に外出の準備が完了していた。


「はぁぁ、 本当に大丈夫でしょうね?」


 国王から後宮に入るように申し渡された刻限が本日に迫ったミーシャは、不安に押し潰されそうな様子を見せている。


「なぁに、 心配するな。 国王には俺から上手い事言うから」


 自信満々にミーシャへ声を掛けるレイテとは対象的にイゲルは、


「どうせならジジィと一緒に国王の身辺でも探れば良いものを。 クックック」

「アンタねっ! それを避ける為の作戦なのよ? 私が後宮入りしたら本末転倒もいいとこじゃないの!」


 ウィザリスは2人の仲裁に懲りたのか、無表情でそのやり取りを眺めている。


「まぁ落ち着け2人共。 とりあえず城へと向かうか?」


 レイテが3人を誘い、王城へと向かう事に。

 凱旋2日目の本日は、王宮関係の役人達との朝食会を経て、レイテの大将軍就任式やイゲルへの騎士階級の授与式が行われ、同時にウィザリスの相談役就任やその他の人事が発表される運びとなっている。

 ミーシャは国王の第3夫人の立場を約束されたが、それは本人の望む所では無い。

 4人それぞれの思惑は異なり交差するが、共通の目的は【国王暗殺】で一致しており、それに向け各々動き出す事になりそうだ。


 ホテルを後にし、王宮に到着した一行は出迎えの兵士に案内され、朝食会の会場へと向かう。

 会場内には既に多くの役人が一行を待ちわびており、各々の席には綺羅びやかな装飾が施された食器や異国の果実が並べられている。

 勇者様御一行が席に着くと同時に料理が運ばれ、各々は歓談を交えながら一流シェフが丹精込めて調理した料理に舌鼓を打っていた。



 そんな豪華な朝食をとる勇者様御一行に比べ、オレとシャルの食事は貧相な物だった。

 流石に昨夜は宿泊費、食費込で54万6千シェルも浪費してしまったせいもあるだろうか?

 足早に高級ホテルをチェックアウトしたオレとシャルは、街の食堂で400シェルのサンドイッチを2個買い、歩きながら朝食を済ませると、


「あのあの、買い物って何買うんですか?」

「まずは服、それと武具、魔道具なんかもいるな」


 旅人姿のオレは立ち止まり振り返ると、後ろを歩くシャルの姿に視線を向ける。


「なっ、なんです?」

「何ですって、ずっとその格好で居る訳にもいかねーだろ?」


 シャルがオレと出会った時は乞食同然の格好だったが、今はシルク製の純白のドレスをその身に纏っている。

 しかし、それは日常を取り戻した町並みにはそぐわない風貌だろう。


「おっ、あそこで良いか! 来いっ」


 オレは貴族街近くの、少し高そうな服屋を目にすると足早にそこへと向かう。

 少し歩きにくそうなシャルは「ちょっと待ってくださいよぉ」と、オレの後を追うようにそれに続く。

 服屋の中は普段着からドレスまで様々で、その豊富な品揃えにシャルは思わず目を見張る。


「おいっ、とりあえずお前の好きな服なんでも良いから持ってこい。 5分以内だ」

「えっ? 5分? ていうか買ってくれるんですか?」

「300、299、288……」


 シャルの発言を遮るようにカウントを始めるオレを横目に、いそいそと服を物色し始める。

 そんなシャルの様子を確認すると、オレは店員に声をかけシャルを指刺しながら何やらボソボソと話し始めている。


 オレが言った5分より少し時間が過ぎた頃、両手いっぱいに服を抱えたシャルがオレの元へとやってきた。


「あのぉ、とりあえずこんな感じで……」


 大量の服を抱えたシャルは、オレに少し申し訳なさそうな表情で成果を見せる。


「よしっ、とりあえず試着してこい」


 そのままシャルを試着室前へと連れていくと、かくしてシャルによる1人ファッションショーの幕が開けた。

 シャルの選んだ服は全部で5パターンあり、移り変わるシャルの姿を見ながらオレは、ウンウンと小さく頷く。


「えへへぇ、どうでした? こんな感じですが」

「思った通りだ! やっぱセンスねーな、お前」

「えっ、えぇぇぇ? なな……」


 褒められるとばかり思っていたシャルはオレの言葉に、ガックリと頭が垂れ項垂れている。

 シャルの選んだ服装は、シャルの容姿によく似合う格好ではあるが、どこか子供っぽい印象も同時に与えてしまうだろう。


「あのなぁ、明日勇者に会うのにそんな町娘みたいな格好で行ってどうすんだよ。 そんなんじゃヤラれてポイっだな」

「ぬぐぐっ」


 シャルも別に勇者に好意を抱いて会いに行くつもりではない。 勇者を利用する為に会うのだから、オレの言う「ヤラれてポイっ」は避ける必要がある。


「まぁそれは普段着で着ろ。 明日の衣装はこっちで用意したから」

「えっ? あっ、 えっ? 良いんですか?」


 オレはそうシャルに告げると、予め店員に伝えていた衣装を受け取る。


「んで、全部で幾らだ?」

「そちらのお嬢様のお持ちの服が全部で5万2千シェル。 こちらは17万シェルとなります」

「おぅ。 んじゃこれな」


 昨夜のホテルの時は、小声で「たけーーよっ」と悪態をついていたオレだが、今回はすんなりと支払いを済ませたようだ。


 オレは旅人のマント姿で、シャルは試着で最後に着ていた、み空色のオフショルダーワンピースのまま店を後にする。

 それからいくつか店を回り買い物を済ませたオレとシャルは、勇者から明日の待ち合わせ場所として指定された3番地の宿屋の前へとやってきた。


「ふぅぅ。 さすがに疲れたろ? ちょっと休憩してくか?」


 服屋の後、武器屋や魔導具屋等を巡り大量に品物を買い込んだのだが、その荷物の殆どをシャルが1人で持っている。

 ドサっと品物を床に下ろし「はぁぁっ……」とため息をつくと、少し不機嫌そうな表情のシャルがオレへと不満を述べる。


「ちょ…… ちょっとは持ってくれても。 一応、私女の子なんですよぉ?」


 膝に両手を付きながらゼェゼェと肩で息をし、顔だけをオレに向けるシャルに、


「それ全部お前のだろ? でっ、金出したのはぁ?」

「オ…… オーレさん…… です……」


 ぐうの音も出ない正論に、それ以上の言葉が続かないシャル。

 2人は宿屋へ入ると、ロビー横にある喫茶スペースでワインとレモンティーを注文する。


「ところでオーレさん。 なんでここに来たんです?」

「なんでって、疲れてんだろ? 休憩だよ休憩」


 辺りの様子を少し気にするように見回し、シャルへと答えるオレに、


「やっ…… 宿屋で休憩って…… しませんよ! 絶対に!!」


 少しだけオレの事を信用しきれていないシャルは、何か勘違いをしているようだ。


「あのなぁ。 明日ここに勇者に呼び出されてんだろっ? 見た感じ恐らく、あのフロントに居るハゲ頭がつなぎ役だ。 アイツに、明日は来れませんって断ってこい」


 フロントに居る中肉中背の少し剥げた中年男性を指差し、シャルへと告げる。


「断るって。 じゃ何のために……」

「話は最後まで聞けっ。 断るだけじゃなく、逆に勇者を呼び出してやるんだよ! 場所は…… そうだなぁ。 昨日泊まったホテルの前だな」

「なっなるほど。 でも勇者様に会って普通に国王様に会わせてって言って会わせてくれると思います?」


 勇者からの呼び出しに応じず逆に呼び出すというのは、交渉を優位に立たせる点で効果的だが、こちらの要求を通すにはそれ相応の見返りが必要だろう。


「まぁ無理だな。 だからなっ……」

「…………っ」


 オレは何やら作戦があるようで、それをシャルに耳打ちするが、それを聞いたシャルは言葉に詰まっているようだ。


「とりあえず作戦開始だ! 行って来い!」

「えぇ…… 大丈夫かな……」


 少し不安気な表情のシャルだったが、オレに言われるまま立ち上がると、その足でフロントに居るつなぎ役の元へと歩を進めた。



 オレとシャルが買い物をしている間、王城では勇者様御一行に対しての式事が執り行われていた。

 式事は時間にしておよそ3時間程度で、昼餉の時刻より少し前には滞りなく終了する予定。

 しかし終了目前、いつもであれば大臣から王へ「何かあれば一言」という言葉に「特に無い」と答えるのが予定調和となっていたが、この日はどうやら違うようだ。

 発言を促された国王から家臣団へ重要な告示が発表された。


「ウォッホン! えー、 本日は皆の者、ご苦労であった。 今後、我が国は他国と共存共栄を図るつもりではあるが、万が一それに異を唱える国家があった場合は、武力を持って解決する事を宣言する」


 国王の宣言に、その場の空気が凍り静まり返る。


「それに伴い、隣国であるミランテ共和国へ経済援助を頼むつもりであるから、各自それに向けて準備を怠らぬように」


 大国であるアリーシャが隣国ミランテへ経済援助を頼むというのは、事実上の侵略と言える。

 直接的な世界統一宣言や宣戦布告は行わなかったものの、実質それは同義だろう。

 国王の前に居並ぶ国の要職につく者たちは、その言葉を聞き押し黙っている。

 その列から一歩踏み出し、声を上げる者が1人居た。 レイテである。

 レイテはゆっくりと中央まで歩を進め、国王の前に跪くと、


「陛下。 我が軍は全力で任務を全うする事をここに誓います。 それにつきまして1つお願いしたい義が御座います」

「うむ。 なんだ、言ってみろ」

「アリーシャ帝国軍に、リザードマン部隊と魔術部隊を新設し、我が配下に加えたいのですがよろしいでしょうか?」

「ほぅ。 そうであるな。 たしかに我が軍は騎馬兵や鉄騎兵は優秀だが、世界を見据えるとなると、それだけでは足りぬだろう。 許す。 人選は任せるぞ」

「ありがとうございます! 私は本日、大将軍の位を授かりましたが、未だ人望を得ておりません」


 言葉の途中でレイテは、列に居並ぶイゲルとミーシャに視線を送ると、


「その為、今まで共に戦ってきたイゲルをリザードマン部隊長に、魔術部隊長にミーシャを。 よろしいですね?」


 大臣等の国の要職を担う面々が勢揃いする中で、レイテは国王に要求する。

 これを拒否するには、それ相応の理由が必要となるのは言わずもがなである。


「むっ。 うむ。 わかった。 期待しておるぞ」

「ははっ! ありがとうございます!」


 これにより、とりあえずはミーシャの後宮入りが白紙に戻さる事となり、レイテの軍権掌握も完了する事となった。


 式事を無事に終え、高級ホテルのスイートルームへ戻った勇者様御一行。

 それぞれソファに腰掛けると、後宮入りを無事に回避出来たミーシャが安堵の表情で口を開く。


「ふぅ、何とか上手くいってよかったわ。 それにしても驚いたわね?」

「あァ。 まさかこんなに早く隣国へ侵略するとはなァ」

「そうじゃのぅ。 もう少し猶予があるとは思ったんじゃが」


 魔王オレを撃破して、まだ幾日も時間が経過した訳ではない今に、すぐ隣国へと触手を伸ばす姿勢に、3人は少し驚きを隠せないでいた。


「いや、予想通りだよ。 大国を率いてるのは伊達じゃないな。 だが、軍権は俺が握ってるし、まずは外交から様子見って事にするつもりだ。 下手に事を構えて魔王オレが出る事態になったら目も当てられないからな」


 レイテがそう答えると4人はお互いを見合わせ頷く。 が、既に魔王オレが出ているなんて事は彼らは知る由もないだろう。


「まっ、何にせよ明日はあのシャルって子と会って、あのエルフ体の男が何者か探らないといけないしな。 ウィザリスも国王の様子を探っておいてくれよ?」

「フォッフォ。 任せておけぃ」


 そんな会話を交わす勇者様御一行の泊まるスイートルームのドアをコンコンとノックする音が聞こえる。

 レイテがドアを開けると、そこには3番地の宿屋のフロントに居たあのつなぎ役の男が立っていた。


「おっ? どうした? 待ち合わせは明日だぞ?」

「レイテ様。 あの娘から手紙を預かっておりまして」

「そうか! ご苦労さんっ」


 お駄賃代わりに帝国銀貨1枚を手渡しドアを締め施錠すると、受け取った手紙を開封しながらフンフンと鼻歌交じりに3人が座るソファ前まで歩を進めるレイテ。


「どうなの? あの小娘とは上手くいきそう?」

「いや、 断られた……な」

「あらっ? 残念ねぇ」


 表情が曇るレイテを見て、少し嬉しそうな顔でミーシャは声をかける。


「あっ、いや。 待ち合わせ場所の変更みたいだな。 えーっと。 明日このホテル前で、か」


 曇った表情が突然晴れやかになるレイテ。 それを聞いたミーシャはフンッと言った少し怒ったような表情に変わる。


「ふふふ。 なるほどなるほど。 明日はこことは別に違う部屋でも取るとするかぁ」

 ヤる気満々のレイテを3人は冷ややかな目で見つめ、呆れるように部屋を後にし食堂へと向かっていった。

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