第7話 胡散臭い男

 オレとシャルが部屋へと戻ると、セミダブルのベットへ手を広げ仰向けに倒れるようにしてオレは寝転がり、シャルは備え付けのソファに腰掛けている。


「はぁぁ、食った食ったぁ」


 天井を見つめながらオレは満足そうに呟くと、腹部がきついのかベルトを緩めリラックスしている。

 そんなオレにシャルが何やらモジモジと話したそうにしている様子が伺える。


「おっと、そうだった。 話してみろよ。 多少長くても許してやるよ」

「ほっ、本当ですかぁぁ? 良かったぁぁ」

「おっおぅ、そんな困ってたんだな」


 余程嬉しかったのか、満面の笑みを浮かべ安堵するシャルを見てオレは少し反省したようだ。


「えーーーっとですね! 私はアリーシャ帝国の隣国のミランテ共和国から来ました。 えとえと、目的なんですけど……」


 目的を言うのを若干躊躇うシャルだが、それを察知したオレは、


「安心しろ。 俺は別に帝国民じゃないし、お前の話を聞いたからって誰にも言ったりはしねぇよ」


 ホッとした表情のシャルが話を続ける。


「実は私の国は世界的にも珍しいと思うんですけど、武力も魔法力も持たず経済力だけで成り立ってる国でして…… 大統領は亜人なんですけど、その下の大臣はみんな人間なんですよ」


 シャルの言う人間とは亜人やエルフやリザードマンではない、以前なら奴隷として使役されていた只の人間の事を指している。

 経済力だけで成り立ってる国なんていうのは、この広い世界の中にいくつも存在しているが、政府機関の重要人物が人間というのは、たしかに珍しい。


「それで、魔王オレ様がお亡くなりになられたって事で、もしかしたらアリーシャ帝国が隣国のミランテに攻めてくるんじゃないかなぁなんて噂されてて。 んでんで、大統領がどんな人物なのか探って、もし危険な人物! ってなったら。 あの、その…… ひゃぁぁっ」


 俯き加減で話すシャルが急に驚いたような声をあげる。


 というのもシャルの元へ、無言で近づいたオレは、突然その薄ピンク色のシルク糸のような髪の毛をガバっとポニーテイルになるように掴み、まじまじとシャルの耳を凝視したからだ。


「ななななっ、なんですかぁ? 変な事しちゃダメですよぉ」


 少し半泣きな顔で瞳を潤々とさせ、訴えかけるようにオレに言うシャルに、


「おっ、なんだ。 人間なのかお前」


 妙に納得したような表情でシャルに白い歯を見せると、掴んでいた髪の毛を元に戻し、シャルの向かいのソファへと腰掛ける。

 

「そんで? 続きは?」

「えっ? あっ、はい。 それで、もし国王様が危険な人だったら魔王オレ様から授けられた秘術を使えって言われてまして、その……」

「なるほどなぁ。 お前にしては頑張って話を短く纏めたみたいだけど。 その魔王から授けられた秘術ってのは?」


 シャルの言葉を聞いてオレは千年前のとある出来事を思い出した。

 人間は亜人種やリザードマンやエルフには、知識、寿命、膂力のどれをとっても敵わない。

 その為、ある条件を満たした極少数の人間にだけ、一生に1度だけ使える秘術を授けていた。


 自分で人間に秘術を授けておきながら、素知らぬ顔でカマをかけるオレに、


「だっ、ダメです! 言えません。 って言っても…… 私もどんな術か知らないんですけどね! えへへっ。 でもその術をかければ絶対に戦争にならないって聞きました!」


 なるほど!っとオレは思った。

 他の人種が勝手に強くなったというのもあるが、人間には魔王オレ直々に秘術を授けている。

 その為、人間の間では神オレとして崇拝され、隠れて肖像画が出回って信仰対象となっているのはオレも知っていた。

 シャルが人間であれば魔王としての側面より神としてのオレの存在が大きいだろうし、肖像画を見た事があるのも合点がいく。

 食堂で魔王オレを罵倒していた町民に対して怒ったのも頷ける話だ。


 しかし驚いたのはシャルが秘術を使える点だ。

 その為に、国王や勇者に接触を試みていたのは納得出来るが、1度きりの秘術とは言え、アレは争いを好まない平和的な心を持ち、私利私欲に走らない者にしか使えない。

 しかし、町民に絡んだ事と言い、これまで見てきたシャルは充分に好戦的……


「でもないか。 ただのアホだしな。 コイツならまずい事にはならんだろ」


 思わず考えが口に出てしまうオレをポカーンとした顔でシャルは眺めている。


「まぁそういう事なら、俺も手伝ってやらん事もないぞ?」

「ほっ、本当ですかぁぁ? あっでもでも、オーレさんって一体何者なんです?」


 突然の協力の申し出に、渡りに船とばかりに喜ぶシャルだが、同時にオレの正体を勘ぐってもいるようだ。


「そうだなぁ。 旅の大魔法使いって所だな!」

「えっ? でも、さっき魔法使いじゃないって……」

「うるせぇ。 細かい事はどうでも良いんだよ。 先に言っておくけど、ここの国王を紹介したりは出来ねーぞ? 手伝ってはやるけど、そこまでは自力でやりな」


 偽造の身分を利用するなんて目立つ事は極力避けたいオレは、シャルがもっとも期待していたであろう事を、完全に拒否する。


「えぇぇ…… そんなぁ。 あっでもでも! 何とかしてみます! オーレさんってパッと見何か胡散臭い感じがしたので、保険の意味も込めて勇者様に当たりをつけておいたので! えへへっ」


 少し照れくさそうに、かつ自慢気に方法を準備していた事を宣言するシャルであったが、


「ほほぅ。 その胡散臭い男にお前は何十万シェルも払わせたって訳だ?」


 ハッと気付き両手で口を抑えるシャルに身を乗り出し詰め寄ろうとするオレだったが、


 コンコンコン…… 「お客様、よろしいでしょうか?」


 話を遮るように部屋をノックする音が聞こえる。


「チッ。 お前が出なっ」

「はっ、はいぃぃぃ」


 冷や汗を掻きながら、いそいそと立ち上がりドアの方へと向かうシャル。

 チェーンロックはそのままで、鍵だけ解錠し隙間から覗き込むようにカチャリとドアを開けると、


「ぁっ、 お連れ様は? これ、勇者様からです。 お連れ様にはご内密に」

「わかりました、わざわざありがとうございます」


 ヒソヒソと喋るシャルと係員の声だが、案外ヒソヒソと話す声は周りに丸聞こえなので、その内容はオレの尖った耳にも届いていた。


 ドアを閉じ、カチャっと施錠すると「ニッシッシ」という声が今にも聞こえそうな、上下の白い歯を噛み合わせた笑顔で封筒を口元に当てながらオレの元へとシャルが戻ってきた。


「やりましたっ! オーレさん」


 得意気にぴょんっと跳ね、席へと戻るシャルに、


「どれ? 俺と違って胡散臭くない勇者から来たそれは何だ?」


 さっきの胡散臭いという言葉が少し胸に刺さったようで、大人気なく話題を戻すオレ。


「まっ、まぁまぁ。 アリーシャ(帝国)ジョークですって! さてさて……」


 アリーシャジョークって何だよ?と問い質そうとするオレを他所に、誤魔化すように封筒の縁をピリピリと破いていく。


 封筒の中身は勇者レイテとの待ち合わせ場所が記載された1枚の洋紙が入っている。


【親愛なるシャルへ 2人きりで会おう 明後日、夕刻に3番地の宿屋で】


 ただ話すだけであれば、昼間に酒場でも構わないだろうが夕刻に宿屋とは……

 その下心が透けて見える内容に対し、シャルは、


「えへへっ。 これで勇者様に近づけますねぇ! 明後日かぁぁ」


 常人には下心が透けて見える内容だが、どうやらシャルは盲目らしい。


「おい、 お前はその勇者様とやらに抱かれに行くのか?」

「だっ、抱かっ? 抱かれになんて行かないですよ!! 何言ってるんですか?」


 顔を紅潮させ否定するシャルを見て、瞼に掌を充てタメ息混じりに呆れるオレ。


「あのなぁ、夕刻に呼び出されてホイホイと宿屋に女1人で行くってのは、自分は安い女ですよって言ってるようなもんだろうが? ってかお前まさか処女か?」


 シャルが誰に抱かれようがオレにとっては知った事では無いが、せっかく手に入れた手駒を安売りする気は毛頭無い。


「ちょっ…… やっぱりオーレさんも身体目当てだったんですか? 処女って…… そんなの当たり前じゃないですか!」


 両手で胸を隠すように肩を抱き、足を屈め防御態勢に入るシャルに、


「はぁ、 ウブだかズブだかわからんなお前は。 まぁ良い。 明日は街に買い物に行くからそのつもりで居ろよ? 分かったらさっさと寝ろ」


 呆れて物も言えなくなるオレは、シャルにそう告げるとベットへと潜り込むや否や、数秒後には寝息を立てていた。


 シャルはオレが何に対して機嫌を悪くしているか困惑した様子を見せていたが、寝息を立てるオレを見て、触らぬ神に祟りなしといった様子でオレの隣のベットに入り眠る事に。

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