第6話 シャルのカウンター攻撃発動

「フンッ」


 少々機嫌悪そうにしていたオレであったが思いの外、美味い料理に満足していたようで怒りの鉾を収める。

 そもそも、こんな事で暴れてしまってはオレの望む平穏な生活など夢のまた夢になってしまう事は、長年生きてきたオレは百も承知だ。


「あははっ。 なんだったんでしょうね」


 いまいち状況を飲み込めず、苦笑いを浮かべながらポリポリと鼻の頭を掻きながらオレへと呟くシャルに、


「なんだったんだはお前だろ。 ほれ、手見せてみろ」

「へっ?」


 シャルは言われるままに手を差し出すと、その掌は少し傷がついており流血している。


「あたた、 あはっ。 さっきので切れちゃったみたいですね」


 バツの悪そうな表情で、オレに対し言い訳をしている。

 シャルの差し出した掌を両手で包むと、そこからやんわりとした光が発せられ、みるみる内に傷を塞いでいく。

 まるで魔法でも見たかのような驚いた表情で、その快癒した掌を眺めるとキラキラとした瞳でシャルは口を開く。


「凄い! 凄い凄い! やっぱり魔法使いなんですね! えっと、えーーーっと」

「魔法使いじゃねーけどな。 てかそんなとこ突っ立ってないで座れ。 見苦しいわ!」

「はっ、はいぃぃ」


 オレに怒られ、少しビクッとしたシャルは元居たオレの向かいの席へ座る。


「あ、あのぉ」

「ん? なんだ?」

「そぉいえば…… お名前って……」


 むむむといった表情で、ふとオレは思った。 そういや名乗ってなかったなと。


 オレの本名は【スレイヤ・オレ・アルヴァイン】ではあるが、そのまま名乗ろうものなら色々と面倒な事になるのは想像に難しくない。


 いつも使う偽名もあるが……。 オレは考えている……


 ハッと何かを思いつき、懐から1枚の羊皮紙を取り出しシャルへと手渡す。


「これに名前書いてるだろ。 名前はそれだ」


 古道具屋のオヤジが偽造した紹介状をシャルへと手渡すと、それに目を通したシャルは、


「えっと、 国王様の又従兄弟の…… オーレリア・フォンメールさんですね」

「そうなのか? じゃそれだ」

「そうなのかって…… 自分の名前じゃないですか。 じゃぁ…… オーレリアさんですね!」


 ニコニコとした笑顔でいうシャルの言う通り、オレの偽名はオーレリアになった。


「長い! もっと短く」


 オレの偽名はオーレリアにはならなかったようだ。 そう言われ少し考えたシャルは、


「じゃオーレさんで! 何かちょっとオレ様に似てるけど! 見た目もオレ様の肖像画にちょっと似てるしオーレさんって呼びます。 良いですよね?」

「好きにしろ」

「はいっ! 好きにしますオーレさん! あっ、改めてありがとうございます!」


 何に対してのお礼かオレには良くわからなかったが、お礼を言うとシャルは、並べられた料理を少しずつ口へと運んでいった。


 テーブルに並べられた料理の大半をオレが平らげ一息入れると、牛のように反芻でもしているのか?という位にゆっくりと食事するシャルを眺めながら、


「そういや、さっきの話の続きだけど短くまとめられたか?」


 さっきの話というのは、シャルが一体どこから来て何が目的なのかという点だろう。

 話が長くなるというシャルに対し、オレが長い話禁止令を出した為だ。


「え? えぇぇと。 もうちょっと待ってくださぃ」


 さすがにそんな暇が無かったのだろうか、もう少し話がまとまるまで待つようにオレへお願いするシャル。


「まぁ後でも良いけどな。 じゃ現実的な、すぐ答えられる質問をしてやろう」

「あっ! はい! なんです?」


 すぐ答えられる質問なら大歓迎と言わんばかりにニパっとした笑顔をオレに向ける。


「お前、金いくら持ってんだ? 言っておくけど飯は割り勘だぞ」


 その言葉に先程ニパっとした笑顔になったシャルの表情はそのまま固まる。


 テーブルの上へ大量にズラリと並べられた様々な料理、テーブルに乗り切らず床にまで転がる高そうなワインの空き瓶の数々。

 シャルはコース料理をやっと食べ終えた位なもので、大半の料理やワインには手もつけておらず小声でまたも「えぇぇぇっ」と少し引いた感じの声を出している。


「あぁ? 宿代まで出した上に飯まで奢れってか? その綺麗な服は誰が用意したんだ?」


 追い打ちをかけるオレの言葉に起死回生のカウンター解答が頭に閃くシャル。


 ガシガシとバツの悪そうに頭を掻きながらオレへ、


「いやぁ、あのぉ」

「なんだ?」

「私の全財産…… 燃えちゃいましたぁ。 はははっ」

「なんだぁ……!? そっ、そういやそうだったな……」


 少しイラッとした様子を見せかけたが、シャルの着ている物を燃やした張本人は誰あろうオレなので、はぁーーっとため息をつくと、テーブル間を忙しそうに歩き回る係員を呼び、会計をする事に。


「お待たせ致しました。 しめて24万6千シェルに……」


 係員が会計額をオレへと告げると、小声で「たけーーーよ」とブツブツ文句を言いながら、懐の革袋から金貨を取り出し、支払いを済ませるオレ。


「あっ、あの、ごちそうさまでしたぁ」


 申し訳無さと金額の高さに驚き、少し引きつった笑顔でオレへと謝辞を述べるシャルに対し、


「まぁ…… 仕方ねーけどよ。 ちなみに燃やす前の全財産は?」

「えっ? えーーっと、その、あの。 5千シェルです……」

「なっ…… はぁ。 逆にすげーなお前」


 全財産の少なさにオレは呆れてしまう。


 シャルの言う5千シェルが真実ならば、その金額では安宿に泊まれるかどうかも怪しいレベルだ。 それを何をとち狂ったのか、こんな高級ホテルにやって来て本気で泊まろうと、いや、泊まれると思っていたのだ。

 

「あははっ、それほどでも……」

「褒めてねーーよっ! ボケが!!」

「ひぃぃっ、 ごめんなさいぃ」


 割と大きな声で怒るオレに、少しだけ瞳に涙を浮かべ割と本気で反省するシャル。


「まぁ、今更ほっぽって置くのも夢見がわりーし、とりあえずは面倒見てやるよ」


 やれやれといった感じで、オレはシャルにそう告げるとシャルは本気で嬉しそうな顔でペコペコと何度もオレに対し頭を下げていた。


 普段のオレであれば、街に滞在中にこんなお人好しをするような事は決してない。

 しかし、今回は王や勇者の動向を探る目的があり、同じ目的であろうシャルは何かと手駒として使えそうな気もしており、とりあえず面倒を見てやろうといった気持ちになっていた。


「ここは騒がしいし、とりあえず話は部屋で聞く事にするか。 部屋に着くまでに短くまとめろよ?」

「えっ、あっ、えっと」


 しどろもどろになりながら、部屋へと戻るオレの後をひな鳥のようにトコトコとついていくシャル。



 その姿を遠目から見ていたのは勇者様御一行だ。


「なぁ、さっきのアレ。 なんだったんだァ?」

「そうじゃ。 何か不吉なオーラを放っておったぞ!」


 オレとシャルに絡みに行ったレイテとミーシャに対し、先程感じた禍々しいオーラについて問い質すイゲルとウィザリス。


「あ、あぁ。 何かヤバい感じだったな。 何ていうかまるで……」

「ひぃ、もうやめてよ! 変な事思い出させないで!」


 その場に居た勇者様御一行は、先程まではしこたま酒を飲み酩酊状態だったが、一気に酔いが冷めたようで、あの思い出したくもない魔王オレと対峙した時の事を思い出す。


「とにかくあの2人には、関わらん方が良さそうじゃのう」

「あぁ、今はそんな事に構ってられねェ」

「そうね! レイテもそれで良いわよね?」


 3人の意見はピタリと一致し、魔王オレだという確証は無いが何か嫌な予感のするあの男には近寄らないという事で決まりかけると、


「いや! あのシャルって子だけでも救うべきだ!」


 グイッ…… 「いたたたた」


 その言葉にミーシャは、レイテの獣耳を引っ張る。


「どうせ、あの小娘が……」


 ミーシャの発言を遮るようにレイテが話を続ける。


「待て待て! そうじゃない。 あのシャルって子は、俺達に好意的だったろ? あのエルフっぽい連れの男の情報を聞き出せるかもしれないぞ? それにさっきフロントの係員に聞いた話ではあの男。 国王の縁者だって話だ。 俺達の計画の障害になるようであれば作戦も考えなきゃいけないだろうが」


 割とまともな事を言うレイテに、3人は渋々ながら了承し具体的な作戦を練るべくスイートルームへと戻る事にした。


「おぉ勇者さま、もうお戻りですか?」「イゲル殿、また!」「ミーシャさまぁ!」


 席を立つ勇者様御一行への声援を笑顔で受け流しながら4人は部屋へと急ぐ。


 勇者様御一行の計画というのはアリーシャ帝国王暗殺であり、沢山の人に囲まれた食堂でするべき話ではないだろう。


 部屋に戻った一行は、スイートルームの応接間にあるふかふかのソファにそれぞれ腰掛け、ミーシャが保冷魔法のかけられた箱から4人分の水の入った瓶を取り出し、皆に渡し腰掛けると、


「まずはあの小娘に接近する事ね。 何か方法はないの?」

「そうじゃのぉ。 あの娘っ子が1人の所を狙って……」

「そういう事なら俺の出番か? 人科のメスを1匹攫う位は訳ないぜェ?」


 あれこれと物騒な相談をする3人にレイテは「ふふふっ」と余裕の笑みを浮かべ、


「それじゃ協力者にはならないだろ? 幸いあの子は俺にホの字のようだし。 1回抱いてやれば何でも言う事聞くはずさ。 見た所、魔力も無いようだし、ミーシャの洗脳魔法を重ねれば完璧じゃないか?」


 勝ち誇った顔で意見を述べるレイテに、


一同「ただヤリたいだけだろ(じゃろ)!」


 強烈なツッコミが入る。 が、ミーシャがため息をつき呆れた表情で、


「まぁ良いわ。 あの小娘の事はレイテに任せるから。 話はそれからね! 別に急ぐ話でもないし。 ウィザリスも国王の内情とか探っておきなさいよ?」

「フォッフォッフォッ。 任せておけぃ」


 ある程度の話がまとまると、レイテは部屋に備え付けられた筆記用具を持ち出し待ち合わせ場所を記した洋紙を封筒に入れ、ミーシャの思念呪文で呼び出されたホテルの係員へと手渡し、


「くれぐれも、一緒の男に悟られないようにそっと手渡してくれよ?」


 帝国銀貨1枚をチップとして渡し、そう係員へと念を押した。


「さて、シャワーでも浴びようかしらね。 レイテ」


 シャワーという単語にレイテという言葉が続き、期待が高まるレイテが身を乗り出すと、


「覗いたら殺すわよ」

「お…… おぅ」

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