第2話 勇者様御一行

 魔王の城から無事帰還した彼らを待ち受けていたのは、世界各国からの喝采の嵐だった。


 これまで魔王に挑んだ4度の挑戦の結果は散々なもので、その事実に人々は夢も希望も無い世界の訪れを覚悟し戦々恐々としていた。


 しかし、今回は今までとは訳が違う。


 凱旋した勇者のその手の中には伝説にうたわれている魔王オレの宝玉【孔雀石の勾玉】が握られている。

 この大陸に存在する国家の中でも随一の規模を誇る【アリーシャ帝国】の王城へと続く街道には、勇者様御一行の姿を一目見ようと街中の人々が押し寄せ歓喜の声を上げている。


 その沿道を練り歩き人々の声に応えるように手を振る勇者様御一行の姿があった。


 勇者の名はレイテ。

 伝説の白銀の武具を身に纏った長い銀色の髪に壮麗な容姿の亜人種の若者。


 そのすぐ後ろを歩く白ひげの老人はウィザリス。

 黒の法衣を纏った齢300歳を超えて、なお進化し続ける人種不明な伝説の大魔法使いの男。


 それに続くリザードマンの若者はイゲル。

 筋骨隆々で威風堂々とした体躯に重厚な剣を持つリザードマン最強と謳われた若者。


 最後に続く、露出度の高い服装で人々の視線をその胸の谷間に集める妖艶な女性はミーシャ。

 その美貌と知識で全ての人を魅了するエルフ族の大賢者の女性。


 彼らに対し惜しげもない拍手と喝采が浴びせられ、沿道沿いの建物の窓や屋上からは紙吹雪が舞い降り、街はお祭りムードといった所だ。


 ゴーーーーーーーーーン…… ゴーーーーーーーーーン…… 


 王城へと続く石畳の道。

 その道中にそびえ立つ、一際高い石造りの時計台の鐘も彼らを祝福しているように鳴り響く。


 太陽光に照らされた、その塔のてっぺんに1人の人影が見える。

 魔王オレの姿だ。 と言っても変怪の魔法で容姿を変え、服装も帯青茶褐色の旅人のマントを羽織り、頭まですっぽりフードを被っている。

 一見すると只の旅人の姿で、世を忍ぶ仮の姿の彼に誰一人として気付く事も無く、勇者様御一行は王城へと歩を進める。


「返してもらおうと思ったけど…… まぁしゃーねーか」


 人々の声援に対し、調子に乗って手を振る彼らの姿を眺めながらボソッと呟く世忍ぶのオレ。

 富にも名誉にも関心が無く、もちろん財宝なんかにはこれっぽっちも興味などありはしないオレだが、何故か【孔雀石の勾玉】だけは返してもらおうとしていた。


 これまでに4度魔王オレに挑戦した勇者様御一行だが、もちろんただ「負けました」と言って帰ってきた訳では無い。


 ボロボロになって帰る度に「魔王オレを撃破した!」という嘘を吹聴して回ってた。

 如何にこれまでも魔王オレに


「俺の事を倒した事にしても良いぞ」


 と言われたとしても、


「盗った物は全部置いていけよ」


 と言われてしまえば、魔王オレを倒したという証拠が無い。

 証拠も無くのたまう勇者の戯言を誰一人として信じる者は無く、それを聞いて呆れた【アリーシャ帝国王】に5度目の今回は条件を出されていた。


 そう。 伝説にうたわれている【孔雀石の勾玉】を持ち帰る事だ。


 もちろん、魔王オレを撃破する事自体は人々の、いや国家の悲願でもあった為に、【アリーシャ帝国】の軍事予算の半分を勇者御一行に与え、万全の準備を整え挑むように厳命されていた。

 その結果は、序章で述べたが条件に出されていた【孔雀石の勾玉】を持ち帰るは出来たのだ。


「どーっすっかなぁ。 ちょっと様子見するしかねーか」


 世忍ぶオレは頭をボリボリと掻きながら、少し困ったような表情で時計台の上で呟き、下を覗き込むようにして、人通りの無い道を探している。


「よっ…… っとぉ」


 そびえ立つ時計台から、人気の無い道に飛び降りると、人混みでごった返す沿道の方へと歩き出し、その姿をくらませた。




 一方その頃、勇者様御一行は王城へと到着する。

 他国からも美城として名高い【アリーシャ帝国】の王城は、その全てが大理石造で王の間へと続く道には赤い絨毯が敷き詰められている。

 その脇には真鍮色のプレートアーマーを身に纏い、右手にランス、左手に王国紋章が刻まれた盾を持つ聖騎士が隙間無く並んでおり、その光景は他国の騎士団と比べても秀麗だ。

 王の間の前にある謁見の間の入り口前で、片膝を付き謁見の許可が出るのを待つ勇者様御一行に、紋章が刻まれた真紅の帝国官服に身を包んだ大臣が声をかける。


「只今より、アリーシャ王との謁見を行う。 勇者レイテとその一行。 中へ」

「ちっ…… 俺らはその他扱いかよっ」


 大臣に聞こえないように静かに呟くリザードマンのイゲルに、


「静かにっ。 ここでボロを出すとお宝がパァよ? 脳筋は黙ってて!」


「なっ…… ちっ……」


 囁くようにエルフのミーシャが諭す。

 膝をつき前かがみに頭を下げていたミーシャの露出度の高い服からは、その大きな胸が重力に従い零れ落ちそうになっている。

 その姿を、食い入るように鼻の下を伸ばし見入る大臣に、ミーシャは軽くウィンクをして誤魔化すと、ゴホンと咳払いをした大臣が一行を謁見の間へと誘う。


 謁見の間は、どこかの大聖堂のような作りで正面に特大のステンドグラス、王の座の背後には【アリーシャ帝国】で信仰されている絶対神スレイヤの巨像が聳える。

 謁見の間のホールの奥中心に数段高く設置された王の玉座の左右には左右将軍がおり、その周りを取り囲むように真鍮色の鎧を纏う近衛兵の姿も並ぶ。

 勇者様御一行は謁見の間にある王の玉座の前まで来ると、先程と同様に片膝を付き王の到着を待つ。


「第25代アリーシャ国王 エスメラルダ・フォンメール国王の御成ーー」


 左右将軍が声を合わせ、大きな声で国王の登場を知らせるとゆっくりと右手の控えの間から国王の姿が現れる。

 その姿は醜悪で、頭は禿げ上がりヌメヌメと脂に塗れており、背丈も子供程しかなく肥え、まるで食肉用の家畜に国王の衣装を纏わせたような姿をしている。


「よくぞ参った。 勇者レイテとその一味よ。 面を上げよ」

「ははっ」


 玉座に座った王の言葉に、顔を上げるレイテ一行であったが、王の視線はレイテよりミーシャの身体に向けられていた。

 ミーシャはその視線に、ゾゾゾっと背中を巨大な舌で舐められるような悪寒が走り、露出した肌が粟立つような感覚に襲われる。


「ごほん…… 王よ。 レイテ一行に労いと褒美を」


 その視線に気付いた大臣が、王へ言葉をかけると王はハッと我に帰り、大臣が用意した目録を受け取り読み上げた。


「んっ、えーっと。 此度は魔王オレの討伐、誠に大儀であった。 勇者レイテにはアリーシャ国の大将軍の地位を授ける。 イゲルには爵位と本国に居るリザードマン達の纏め役を。 ウィザリスには朕の相談役の地位を授けよう。 ミーシャには…… うぅむ……」


 醜悪な外見とは裏腹に国王は饒舌にスラスラと大臣が用意した目録を読み上げていくが、ミーシャの所まで来ると何故か少し言葉に躊躇う様子を見せている。


「なぁおい。 これはあまりにも褒美が安くはないか?」

「そっ…… そんな事は御座いません」

「うぅむ。 ミーシャの褒美は朕が決めても良いか?」

「えっ…… わ…… わかりました」


 ヒソヒソと王と大臣が密談を交わす中、予想以上の褒美にレイテ、イゲル、ウィザリスはご満悦の表情を浮かべていたが、褒美の決まらないミーシャは複雑そうな表情をしている。

 それは先程の舐めるような視線が答えを予測させているような気がしたからだ。


「うぉっほん。 えーーっと、ミーシャの褒美は我が国の国立魔法学園の理事長となっておったが、此度の成果を考えると…… 朕の第3夫人の地位が相応しいな。 明日から後宮に来るがよい」


 醜悪な顔を、下心と照れでクシャクシャにし、赤らめるそのヌメヌメとした顔に、その場に居た全ての人の背筋に悪寒が走った。

 その言葉に、思わずミーシャは彼女の持てる最大の攻撃魔法で応えようとしたが、その場に居た仲間3人に取り押さえられてしまう。


「ほっほっほ。 照れるでない。 では明日からな。 それでは諸君はまた」


 ニタニタと下品な笑いを浮かべじゅるりとヨダレを垂らしながら控えの間へと戻る王の姿を嫌悪の眼差しで見送り、勇者様御一行は謁見の間を後にすると、


「冗談じゃないわ。 何で私があんな化物みたいなのと一緒にならなきゃならないのよ!」


 ミーシャは嫌悪感を隠す素振りも無く、不満をぶちまける。


「おいおい! ボロを出すなって言ったのはお前の方だぜ?」


 煽るようにイゲルが応戦する。


「フォッフォッフォッ。 まぁまぁお若いの……」

「うるせぇジジィ」「じじぃは引っ込んでて」


 間に入ったウィザリスの言葉を食い気味に制すると、2人はレイテに意見を求めるように視線を向ける。 ジジィと言われたウィザリスも少し涙目で助けを求めるようにレイテを見る。


「ふふ。 安心しろミーシャ。 大将軍になれば、ある程度の望みは叶えられる。 お前を悪いようにはしないから、とりあえず今日は祝杯でも上げようじゃないか? それで良いだろ?」

「わかったわよ。 言っておくけどあんな化物とは絶対に寝ないからね! これだけは宣言しておくわ」

「クックック。 減るもんじゃあるまいし」

「減るわよ!!!」


 レイテは揉めるイゲルとミーシャを宥め、いじけるウィザリスを連れ、4人で祝杯をあげるべく、大臣が用意してくれた【アリーシャ帝国】で1番の高級ホテルへと向かう事にした。

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