魔王オレと勇者ワタシ

松本味噌味

第1話 序章

 暗褐色の水面にさざ波が立ち、その発生源から咽び泣く声が静かに響く。

 辺りには数人分の四肢や肉片が飛び散り、鉄臭さと熱気が充満している。


 松明のゆらゆらとした光が壁に映し出した影は2つ。


 俯きながら正座をし、膝に手をやりガタガタと震える影と、それを上から見下ろす大きな影。


「命が惜しいか?」


 汗ばむような熱気の中で凍えるように震える影に、大きな影が問いかける。


「……は…… はぃ」


 あらゆる体液を垂れ流しながら命乞いをする影を諭すように、


「だったら二度とここには近づくな。 それが約束出来るならそいつ等も元通りにしてやるよ?」


 大きな影が指差す先には、命の宿っていない只の肉塊がいくつも転がっている。


「あ…… ありがとう…… ございます……」


 ガチガチと歯を鳴らしながら、絞り出すように礼を述べる影。


「あとなぁ。 毎度の事ながら盗った物は全部置いていけよ? 俺の事は倒したって事にして良いから。 帰ったら大人しくしておけ」


 その言葉にブンブンと大きく頭を上下させ頷く影を他所に、大きな影はブツブツと呪文を唱え始める。 その言葉に呼応するように右手の人差し指が眩く輝き暗闇に包まれたその場を隅々まで照らす。


 そこはゴシック建築で建てられた城の一室で格調高い家具や調度品、寝具等が並べられベットに腰掛けた大きな影の顔も鮮明になる。


 金色の長い髪に長く尖った耳、蛇のような瞳は赤く輝き、返り血で染まったかも分からない漆黒のマントを羽織っている。


 一方の震える影は、元の髪の色が分からない位に鮮血で赤く染まっているが、白銀の武具を身に纏った壮麗な容姿の亜人種の若者のように見える。


「ほれっ」


 大きな影が、その光る指先を肉塊の方へ弾くと、一瞬で肉塊が元の人の姿へと変貌する。

 真っ白なヒゲを蓄えた老人にリザードマンの若者、もう1人はエルフ族の女性のようだ。


「あのなぁ。 言っておくけど悪いのは全部お前らなんだぞ? 人の家に土足で上がり込んで来て武器や道具は盗むわ、ペットの魔獣は殺すわ、熟睡してる俺に攻撃するわ……」


 不満を言う彼は、人々から魔王と呼ばれる存在。


「申し訳無いです。 ごめんなさい……」


 平謝りする彼は、勇者のようだ。


「分かったらとっとと帰れ! あっ! 掃除はしていけよな」


「はいーーー!」


 勢いよく返事をし、言われるまま、せっせと掃除をする勇者御一行を手伝うように魔王は視線で松明をフッと消し、照明魔法を唱え光の玉を部屋の天井へと投げつけ辺りを照らす。


「なぁ! これで何度目だ?」

「えーーっと…… 5回目です…… ごめんなさい」


 掃除の手を止め苦笑いを浮かべながら頭を掻く勇者が答える。

 リザードマンの若者とエルフ族の女性がせっせと床の雑巾がけをし、白ひげの老人は清掃魔法で柱を磨いているようだ。


「これに凝りたら、もうするなよ? 次は無いぞ」


 必死に掃除をする4人はピタリと手を止め、無言でブンブンと首を振りそれに応える。


 魔王の名は【スレイヤ・オレ・アルヴァイン】という。


 人々から忌み嫌われる彼だが、実のところその人々を作った神そのもの。

 この世界に存在する、大小250カ国の起源も彼であるし、元々人間しか人科の生き物が居ない世界にちょっとしたテイストを加える為に、戯れで獣姦、虫姦等を行い生まれた生き物の成れの果てが亜人種やリザードマン、エルフだったりもする。


 ここ数千年の間は人の世界にはあまり干渉せず、隠遁生活をしていたが人々の文化が発展するにつれて、いつの間にか魔王オレとしての存在が定着したようだ。


「はぁぁ、いつになったら静かに暮らせる事やら……」


 ボリボリと頭を掻き、掃除をする勇者御一行様を眺めながら呆れるように呟く。


「か…… 完了しました! あ…… あの…… 帰っても良いですか?」


 魔王オレの顔色を伺うように、そっと掃除の完了を報告する勇者に、


「おぅ、ご苦労さん。 これ持ってけ」


 魔王オレは首に掛けていた綺羅びやかな装飾が施された孔雀石の勾玉を、お駄賃代わりに勇者へと投げ渡すと、


「ありがとうございます! あの…… また遊びに来ます」

「あほか! もう来んな!」

「ひぃぃ。 すみません」


 勾玉を受け取った勇者御一行は逃げるようにその場を離れ魔王オレの視界から消えていった。


「あっ…… 汚したのあいつらか。 あげなきゃよかったかな」


 魔王オレは鼻の頭を掻きながら、そう呟くとそのまま両手を広げベットへと倒れ込み眠ってしまった。

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