第3話 けつも出ていた

 勇者様御一行が、そんなやり取りをしている間、世忍ぶオレは街道沿いを少し入った裏通りにある怪しげな古道具屋へと足を踏み入れる。

 人の世に干渉せず隠遁していたとはいえ、食料や装飾品、娯楽品等を購入するには何より金が必要だ。

 堂々と踏み倒す…… という事はあまりせず、城にある宝飾品等を換金し、それを物品の購入に充てるといった事は日常茶飯事ではあるが、何せ多少お気に入りだった勾玉が大将軍の地位と引き換えになる位である。

 通常の道具屋へと宝飾品を持ち込めば、根掘り葉掘り事情を聞かれ、下手をすると憲兵隊を呼ばれかねないのは火を見るよりも明らかだ。

 その為、何も事情を聞かず、ある程度足元を見られても買い取ってくれるような所がベストという訳だ。


「おぅ、オヤジ! 今日も1つ買い取ってくれよ」


 怪しげな魔道具や、武器が並ぶ煤けた店内に入り、カウンターに居るこれまた怪しげな風貌の店主に商談を持ち込むオレ。


「おぉおぉ。 またアンタか。 今日は何を持ってきたんじゃ?」


 皿のように薄い、紫色の帽子に白髪交じりの無精髭。 鼻眼鏡を掛け、昼間なのに少し酒に酔ったような赤らめた顔に古ぼけた革のベストを着た店主が答える。


「これだよ。 ちったぁ高く買ってくれよ?」


 カウンターに無造作に置いた物は黄金の腕輪。 赤や緑の宝石が所々に散りばめられ、素人目に見ても高価な代物。 下手をするとそれ1つで家が建つかもしれない。


「ほほぅ。 これだと300万シェル(シェル=通貨単位 1シェル1円くらい)じゃなぁ」

「はぁ? やっす。 もっと高いだろ」


 あまりのボッタクリ具合にオレは店ごと破壊してやろうかと思わず手に力を込める。


「何を言っとるんじゃ。 これを捌くのに一体何年かかると思う? こんな見るからにワケありの代物に手を出す馬鹿を探す労力を考えてみろぉ」


 痛い所を突かれ、小さくぐぬぬと呟くオレだったが背に腹は代えられない。


「チッ。 相変わらず商売上手なオヤジだ。 しゃーねー。 それで手を打ってやるよ」

「ほっほっほ。 毎度あり」


 オヤジは腕輪を受け取ると、代わりにずっしりと帝国金貨が詰まった革袋を差し出してくる。


「まぁこれだけありゃしばらくは大丈夫か。 じゃぁな」

「おっと。 そうそう。 お前さん今夜はどこに宿をとる気じゃ?」


 革袋を懐にしまったオレにオヤジが質問を投げかけてきたので、


「あっ? そりゃいつもの安宿に……」

「そいつは無理じゃ。 あの、何て言ったかの? 勇者だかなんだかが凱旋したせいで、この街の宿屋は既に満杯じゃぞ?」

「なっ…… そういやそうだな。 あんだけ人がいりゃ当然か」

「まぁ空いてる宿と言えば、帝国一の高級ホテルだけじゃろうのぉ。 と言っても一見さんお断りのようじゃが」


 一度オレの住む城まで戻り、改めて翌日街に来る事は距離的には不可能ではないが、状況を探るために数日間は滞在しようと思っていた。

 その為に留守中に侵入者が来られては面倒なので、施錠の呪文を幾重にも重ねてある。

 一度、城に戻るという選択肢は避けたいとはいえ、野宿は生理的に無理だ。

 オレが途方に暮れていると……


「仕方ないのぉ。 少々値は張るが儂の方から口添えしてやれば高級ホテルとはいえ1室位なら空けられるぞ? 宿泊料は割高になるがの。 どうじゃ?」


 見るからに怪しげなジジィのくせに高級ホテルにコネがあるとは信じられん。

 オレはそう思ったが、ダメ元でお願いする事にした。


「チッ。 それくらいサービスでやりやがれ」

「それはそれ、これはこれじゃ。 これを持っていけ」


 オヤジは古い羊皮紙にサラサラと紹介状を書き、最後にべっ甲で出来た印を押すと、それをオレに手渡してきた。


「あんがとよ。 じゃぁまたな」


 紹介状を受け取ったオレは、帝国一の高級ホテルへと歩を進めた。

 そのホテルは、王城の近辺にあり一際目立つ大きな建物となっている。

 王城の周りは、その景観を保護する関係上、建築制限の為に2階建てまでしか建てられないが、各国の貴賓や来賓を持て成すように設計されたホテルは地上5階、地下1階の作りになっているようだ。


「無駄にでけぇなぁ。 なめてんな」


 ホテルの入り口前まで到着したオレは上を見上げ、自城より少し大きなその建物に嫉妬を込めた悪態をついている。

 入り口へと近づくと、門番の兵士が、


「失礼ですが一般の方は立ち入り禁止となっております」

「あぁ? なんだって?」


 門番に制止され、苛立ちを隠せないオレは少し怒った様子で門番を問い詰める。


「いえ、 失礼しました」

「ちっ。 調子に乗りやがって」


 余程、自城より少し大きいこのホテルの事が癇に障るのか、苛立った様子で制止を振りほどき、ホテルフロントへと足を運ぶと、何やら一人の旅人とフロントの係員が揉めている様子だ。


「ですからお客様。 ご予約が無いと当ホテルはご案内出来ません。 それに失礼ですが、その身なりですと…… 宿泊料金もお支払い頂けるかどうか……」

「な…… なんですって? ちょっと! 失礼じゃないですかぁぁ」


 ガミガミとがなり立てる女性は、オレと同じ帯青茶褐色の旅人のマントを羽織っている。


「ちなみに! いくらなんですか?」

「最低でも1泊20万シェルになります」


 ホテルフロントが言う言葉に女性ならずオレも、驚きを隠せないでいた。

 一般の国民給与額のおよそ1ヶ月分もの料金を1日で取る計算だ。


「な…… 何でそんな高いんですか! 絶対おかしいです!」


 話の論点がズレている女性の右肩をオレは左手で退かし、フロントへ話しかける。


「おい、1泊」

「あの…… お客様。 ご予約が無いと…… それにお客様もそちら様同様に宿泊料金をお支払い頂けるかどうか……」


 こちらの風貌を値踏みするように上から下へと伺い、引きつった笑顔で答えるフロントの係員に、オレは古道具屋のオヤジから受け取った紹介状を手渡す。

 係員がそれに目を通すと、見る見るうちに表情が変わり青ざめ冷や汗をかきながら、


「たっ大変失礼致しました。 フォンメール国王様のご親類の方ですね」


 何と、あのオヤジが国王の縁者だったとは…… なんて事はありえるはずもなく、国王の印字を偽造したのだろうが…… よりによって国王とは、目立つだろうが! あのくそオヤジ。

 心の中で、そう思うオレが口を開く、


「んで? 料金はいくらだ? 他に空き部屋は無いのか?」


 そう尋ねるオレに対し恐縮した様子で、


「大変申し訳御座いません。 本日はお客様のツインのお部屋1室のみご用意出来る形になっておりまして…… その…… 勇者様御一行もこちらにお泊りになる関係で……」


 滝のように汗を流し、ハンカチでそれを拭いながら答えている。


「ちっ。 仕方ねーか。 ちなみにコイツも俺の連れだ。 構わねーよなぁ?」


 左手の親指で、先程がなり立てていた旅人のマントを羽織った女性を指差しフロントへ威圧するように言うと、


「は…… はいぃぃ。 もちろんでございます。 えーっと。 宿泊料金は前金制で30万シェルとなりますが……」

「たけーーーよ!」


 反射的に文句を言うオレだが、渋々懐の革袋から30万シェルを取り出しフロントのカウンターへ叩きつけるように支払いを済ませる。

 別に旅人の女性の事などに興味も無く、普段ならほっておくオレだが、ホテルの外観や料金や態度、ありとあらゆる物に腹が立ち、反抗してしまいたくなるオレに、


「あっ…… あの…… えっと……」


 ひょんな事から同室になってしまった女性はモジモジと両手の人差し指を合わせ、お礼を言いたそうにしている。


「あぁ? ツインだから別に良いだろ? 野宿したいならとっとと消えなっ」


 吐き捨てるように彼女に告げ、係員が案内する部屋へとオレは向かってしまった。

 その後を、申し訳無さそうに彼女も続き、部屋へと到着する。


 只のツインルームとは言え、さすが帝国一の高級ホテルだけあって、普通のホテルのスイートルーム位の広さがある。

 それぞれのベットはセミダブルサイズで、ふかふかとしたその布団は寝るとどこまでも沈み込みそうなほどだ。

 部屋にある家具や調度品も洗練されており、バスルーム等も広く先程までは文句を言おうとしていたオレも思わず黙り込んでしまっている。


「あっ、あのっ! ありがとうございます! あの、私」


 部屋をキョロキョロ見渡しその見事さにフリーズしているオレに対し、突然大声でお礼を言う彼女に、


「うおっ! うるせーよ! なんだ?」


 オレはいきなり声を掛けられ少し驚いているようだ。


「すっすみません! えっと、あの、その……」


 先程、ホテルのフロントで声を荒げていた女性と同一人物とは思えない程、おどおどした態度の彼女に、


「わかったから落ち着け。 とりあえずその辺に座って、これでも飲めっ」


 オレはホテルに備え付けられている、保冷魔法がかけられた箱に入っている瓶詰めの紅茶を取り出し、ふかふかのベットの端にちょこんと腰掛ける彼女へ投げ渡した。


「あっありがとうございます!」


 瓶を受け取るや否や、ポンっと勢いよく栓を空け瓶に口をつけると、そのままゴクゴクと一気に飲み干してしまった。


「おっ…… おぅ…… 良い飲みっぷりだな……」


 唖然とするオレに、彼女は堰を切ったように話し始める。


「あの! 私、ワィゼル・タチアナ・シャルロッテって言います。 シャルって呼んでください! えっと、助けてくれてありがとうございます! 迷惑ついでに1つお聞きしたいんですが、貴方は王族の方なんですか? もしそうなら国王様に会わせてもらいたいなぁなんて…… あっすみません、いきなり。 でもでも……」


「あぁぁ! うるせぇ! ちょっと落ち着けって言ってるだろっ」

「あっ! すみませんすみません」


 ペコペコと平謝りするシャルを見て、少しだけ同部屋になった事を後悔し始めていた。


「ところで、見たところ旅人のようだけど、どこから来たんだ? っていうか、そのボロ布脱げよ」


 オレは旅人のマントの首紐を緩め脱ぎソファへと腰掛ける。 変怪の術で容姿は変えているが尖った耳は健在で、一見するとエルフ族のような風貌だ。

 純白のフリルシャツに銀色のストライプの入った黒のズボン姿のオレは、見ようによっては王族関係者のようにも見える。


「はっ、はい。 そうですね。 脱ぎます」


 オレにマントを脱ぐように言われたシャルは、旅を重ねボロボロになった土埃まみれのマントを脱ぐと、元々は白だったであろう着古したシャツにベージュのカーゴパンツ。

 髪はボサボサで、顔も少し煤けている。


「おいおい…… そんな格好じゃ国王どころか、町民にも相手にされねーぞ? とりあえず風呂入ってこい風呂ぉ」


「はいぃぃ。 すみません」


 オレに言われるまま、大急ぎでシャワールームに駆け込むシャル。

 彼女は着古した服をシャワールーム前に畳んで置いていたが、それを目にしたオレは、その汚さに絶句し、反射的に火炎系の魔法で一瞬の内にそれを灰にしてしまう。


 しばらくしてシャワーを浴び終えたシャルは、シャワールームの扉を少し開け、覗き込むようにオレの方を伺って、


「あ…… あの、 私の服は?」

「あぁ? あんな汚いの着たらシャワー浴びた意味無いだろ! 燃やしたよ」

「も? もや? もやした? なんで? どうして?」


 シャルは、まさか服を燃やされるとは予想もしてなかったようで、シャワールームから顔だけを覗かせ、オレを問い詰める。


「どうしてって。 理由はさっき言ったろ? っていうかさっさと出てこいよ」

「…………っ」


 何か言いたげな表情のシャルだったが、着替えが無いのは明白なので渋々、身体をバスタオルで包み、少しだけ濡れた髪のまま部屋へとやってきた。


「おっ! 流石に風呂に入るとそこそこだな」


 オレはそこそこという言葉でシャルの容姿を表現したが、透き通るような肌にスラリと伸びた四肢、腰まで伸びた薄ピンク色のシルク糸のような髪と幼さとあどけなさが若干残るその可愛らしい顔はリザードマン以外の人種の男なら必ず二度見するだろう。

 その幼い顔に似合わず、胸や尻は大きく腰は折れそうな程細い。

 一見バランスの悪そうなそれは、ある意味で完璧なバランスで成り立っていると言えるだろう。


「ま…… まさか……」

「あっ? まさか何だよ?」


 バスタオル姿のシャルは何かに気付いたように、カッと目を見開き、顔を赤らめ睨むようにオレを見つめ、


「か…… 身体が目的だったんですかぁぁ? だめだめだめ! だめですよ絶対! そういうのは結婚する相手じゃないと! だめです」


 見ず知らずの男に部屋に連れ込まれ、シャワーを浴びるように言われ、服も燃やされバスタオル姿で出るように言われたのだから、シャルがそう勘違いするのも無理はない。


「はぁ? 何言ってんだ? それより服だなぁ…… 買いに行くのも面倒だなぁ」


 慌てるシャルを気に留める事も無く、周りを見渡すオレ。


「これで良いか。 よっ……っと」


 オレは突然、窓に掛けられた見るからに高級そうなシルク製の純白のカーテンを右手で引き千切り放り投げると、それ目掛け真空系魔法を浴びせかける。

 無数の風の刃が、カーテンを切り裂くといくつかの端切れと1着のドレスが仕上がった。


「おい。 とりあえずこれ着ておけ。 話は… そうだな、メシでも食いながらだな」


 その光景をポカーンとした表情で眺めていたシャルは、あまりの驚きにバスタオルを抑えるのも忘れてしまい、オレの前にその裸体を露わにしてしまう。


「……おい。 乳出てんぞ……」

「…………っ」


 恥ずかしさで顔を真赤にしながら正気に戻ったシャルは、慌ててバスタオルとドレスを掴み、シャワールームへと一目散に消えていった。

 その後ろ姿を見たオレは、



「……。 けつも出てたな……」

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