第10話

 私の投稿作品が事務局に届いたのは厳密には締め切りの翌日であったらしい。その月は印刷所の稼動の関係から、少し早めの入稿を意図し、すでに掲載作品は決まっていた。けれども初めての会員からの投稿でもあり、締め切りも郵便事情での遅れともとれるとの判断から審査にかけようということになった。この時点では反対の声もなかったという。本来同人誌とは、その参加者にできるだけ広く門戸を開くものだからである。

 ところが審査の結果、私の作品が掲載となった。そうなると事情は変わる。同人誌であれば、掲載作品が増えたからといって、発行ページ数を大幅に増やせるものではない。そのためとられた処置は、すでに掲載が決まっていた作品からページ数を削るということだった。それは小倉さんの作品で実施され、掲載される分量が大幅に削られたというのだ。

「当然、小倉さんは怒るよな」

 福岡さんは天井を見上げて言った。

「でしょうね。当然です」

「まぁ、あの人はセミプロだから、他にも作品発表の場はあるわけよ。実際に原稿料が払い込まれるのはまれらしいけれど、それでも他の同人よりは恵まれている」

 同人、会員と、普段はあまり区別を意識されずに呼称されているけれど、実際は、参加したばかりで与えられる地位は会員である。参加期間が長くなると、便宜上同人と呼ぶことはあるが、正式な同人とは、すでに同人となっている者のうち複数人の推薦を得て、かつ過半数の同人が参加する審査会を通らないと認められない。だから百数十人規模の会員数を誇るこの同人誌でも、本当の意味での同人は二十名しかいない。小倉さんはその同人であった。同人誌という性格上、雑誌発行の費用は参加者が負担するのは当たり前だが、この同人となると会員より多額の会費を事務局に納めるシステムとなっていた。

「金を人より多く出しているのに、ぽっと出の新人のために自分のページを分けてやらなくてはならないのかと、小倉さんが事務局にねじ込んだのさ」

 福岡さんはグラスを口に運んだが、トマトジュースはとっくに空になっていた。

「そんな経緯があったのならば、私の作品など、掲載を見送っていただいてかまわなかったのに」

 私はずいぶん遅れて届いたレモンスカッシュを一気に半分ほど飲んだ。

「まぁ、待ちなさい。問題の核心は和瀬君の作品が繰り上がっての掲載になったということではなくて、それに伴うページ削減を小倉さんの作品からだけ行ったという点なんだ。自分のものよりも劣る作品が他にあるのに、なぜ削減されるのが自分の作品なんだとね」

「なぜそうなったのですか」

「だからエイリアン小倉の世界征服だよ」

 じっと黙っていた長崎さんが、ここぞとばかりに口を挟んだ。まだ半分もアイスミルクが残っているグラスを手で包み込んでいる。

 同人活動の最たるものは、その同人誌のページを、どのくらい自分のものとして獲得できたかであると、長崎さんは言い切った。確かにそういう側面もあることは否定できない。けれども選考会を潜り抜け、常に多くのページを獲得できるほど、自分の力量はすぐすぐには上がらない。となると、その時点で取れる手はひとつである。他に掲載される作品数を極力減らすことだ。

 この作戦を臆面もなく正面から堂々と敢行したのが小倉さんだという。同人誌の事務局側では、できるだけ多くの会員の作品を掲載したいと思っている。そのため、掲載作品として許容する瑕の度合いが自然と甘くなっていく。ここを小倉さんは突いたらしい。情けはわからないでもないが、それが掲載作品の最低限の基準にまで及んではならない、と。選考した同人と事務局にも、この辺りの後ろめたさのようなものはやはりあって、小倉さんに指摘されると折れざるを得なかった。それを執拗に繰り返し、新たに掲載されそうな作者をつぶし、自分の掲載ページを増やし続けていったのだという。小倉さんの指摘は、単なる言いがかりとも言えないため、これまで誰もその流れを変えられなかったとのことだ。また中途半端に対抗意識を燃やしてかかると、執拗な仕返しにあい、これまでは逆に叩きつぶされてきていたらしい。

「君の作品がそんな動きにつぶされず掲載されたということは、その戦いに君が勝ったということさ。ついに我らが待ち望んでいた地球防衛軍現る、ってね。いやぁー、本当に、すかっとしたよ」

 本当に晴れ晴れとした笑みを浮かべて長崎さんは話を締めた。それから、氷もすっかり解けたアイスミルクをようやく飲み干した。

 もうその話は聞きたくはなかった。私はすっかり落ち込んでいた。何も波風を、私ごときの作品で立てることもなかった。

 冷房は入っているものの、設定温度を抑えているせいか、首筋に汗が流れた。

「いやいや、それにしても、河西さんのお誘い。あれは、なかなかの見ものだったねぇ」

 長崎さんが頃合いとみてか、突然話題を変えた。

「うんうん。河西御前に目をつけられるとはなかなかだね。あの人は嘘がないからね。好きと言うなら、本気だな」

 福岡さんはその流れにのり、陽気な口調で恐ろしいことをさらりと言ってくれる。

「何をされている方なのですか」

 私も、いつまでもひとりだけ沈み込んでいるわけにもいかず、話にのって、訊いた。

「高校の国語教師。専門は古典のはずだ」

「高校教師なんですか?」

 意外な答えだった。高校教師がすべて地味だというつもりはないが、もっと華やかな職業の人だと勝手に思い込んでいた。

「うん。まぁ教え子には、今のところ、手は出していないようだ」

「そんなこと当たり前でしょう」

「和瀬君。当たり前とはどういうことかね。かりにも文学を志している者が、当たり前などと軽々しく言っちゃぁお仕舞いではないかね」

 大げさなとは感じたものの、確かに福岡さんの言い分に理があると思った。

「すみませんでした」

「いやいや、そんな。頭を下げて欲しかったわけじゃない。うん。ないな。ところで、やっぱり他にも書いているの」

 文芸の全国誌の名がいくつか出た。それらの雑誌の文学新人賞に投稿しているのかという問いらしい。

「いえ。いつかは投稿してみたいとは思いますが、まだとてもとても、そんなところに投稿できるレベルには達していませんので」

「そんなことはこっちが考えなくても、向こうが決めてくれるんだけどなぁ。まぁ、うちの雑誌に書いていても、一応中央には届くみたいだけどね。しかし、和瀬君も目指すなら両輪にしていかなくちゃ」

「目指すって、何を目指すのですか」

「隠すことはないよ。みんな心のどこかでそう思って書いているのだからね」

 何を、どう思って書いているというのか。

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