7.魔女の死


 ずいぶんと久しぶりの投稿である。仕事と家庭に忙殺され、なかなか更新のタイミングがとれないままズルズルと来てしまった。忙しさが途切れることはないが、どうにか文章を書かねばとスマホを使ってチマチマと何かしら打ち込んでいる最近である。



 先日、密かに「糸の魔女」と呼び慕っていた祖母が亡くなった。



 自宅で倒れているところを隣人に発見され、ドクターヘリで搬送中に心肺停止。最近よく名前を聞くようになった人工心肺装置での蘇生を試みたが、結局命を取り留めることは出来ず、面会制限があったこともあって死に目に会うことも出来なかった。



 享年83歳。「私、病院に行ったことがないの」「ピンピンコロリが一番ね」が口癖の健康自慢な人だった。祖父が遺した家で一人暮らしをしながら、たまに母や私たち孫を招いておいしい手料理をごちそうしてくれたり、生業にしていた編み機で毛糸のセーターを編んでくれたり、行きつけの服屋に行って服を買ったりするのを楽しみにしていた。


 晩年は年相応に弱気になりつつあったが本来はとてもパワフルかつ気丈な性格で、彼女の死は親族一同にとって青天の霹靂。「この度は突然のことで……」というセリフがここまで似合う人物もそういないのではと思うような人である。



 介護という仕事柄、元気だった高齢者が突然どうにかなってしまうケースに遭遇することは本当に多い。コロナ禍でも感染に気を付けながらちょくちょく娘を連れて顔を出したり、写真をマメに撮るようにしていたりしていたから後悔の少ないお別れではあった。しかしやはり身内の死はショックなものである。



 私と母にとって編み物の師でもある彼女は、3世代続く糸系手芸好きのルーツ。

 そして――今このエッセイを書きながら気付いたことだが――私が魔女に憧れを抱くようになったきっかけだ。



 棒針、かぎ針、編み機を駆使して、セーターもベストも子供用のワンピースもスイスイ作ってしまう魔法のような手技。

 独自に健康法を考えたり、バランスよくおいしいご飯を作ることのできる手腕。

 自宅をたくさんの花や観葉植物で飾り、枯らすことなく維持する緑の手。

 服、着物、靴、貴金属を選ぶ時の独特のこだわり。

 信じたいものを誰にも押し付けることなく信心深く自分の心の真ん中に置く信仰心。

 最後に、誰にも縛られることなく、好きなように生きて有言実行にピンピンコロリと死んでいった生き様。



 今思えばその姿は正に魔女だった。


 

 葬儀と火葬を終えて墓石の下に骨を収める時、晴天なのに雨が降ったりやんだりの不安定な空模様だった。涙雨だね、なんて冗談を言っていたが、参列者の喪服についた雨粒が虹色に光っているのがとてもきれいに見えて、たまらないほど眩しく映って、不思議と清々しい心持ちがした。



 とても夢見がちで都合のいい空想ごとだが、それが彼女の最後のウィッチクラフトのように思えた。

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