第9話 交戦規定はフリー

『大変ショッキングな映像です。御覧頂いているのはトルコ共和国イスタンブールに架かるファーティフ・スルタン・メフメト橋です。えー、1時間前の現地時間午後11時ごろにテロ攻撃を受け・・・はい、ご覧の通り橋が崩落しています。ホワイトハウスからの発表ではこの橋には米海兵隊が作戦を遂行していたとのことですが・・・』

そのニュースは夕方のワシントンに激震をもたらした。

ホワイトハウスではすでに緊急対策本部が設置され、軍や諜報の関係者がDC各地から揃い踏みしている。

「国防長官、現地海兵隊の報告を」

「はい、確認された”損害”は2個中隊です。現在海軍による海上捜索で生存者も救助していますが、かなりの死者が確認できています。詳報はまだかかるかと思います。トルコ軍ですが退路が塞がれたため瓦解し、逃走を開始する部隊と抵抗戦闘を海兵隊と展開している部隊と統制がまるで取れていません。また現地はサーモバリック攻撃の影響で電磁波が乱れており、通信状況は不明瞭です」

大統領は深いため息をつく。自らの判断で多くの若者が命を落とすことになったのは心苦しい。

「ヘイリーCIA長官、CIAの前哨基地からの報告は?」

「TATPの起爆後、武装勢力はイスタンブールの過半を手中に収めました。ODA部隊アックス・バンクスが捜索していたタリク・ナザルは発見できておらず、敵勢力や武装の度合いも不明です」

要職のもとには部下から現地の詳報が次々に上がってくる。大統領レベルに目を通す必要のものとそうでないものもごたまぜに。その中で国防長官は目を疑う報告を受け取る。

「大統領、トルコ海軍が海域から逃走を図っています。旗艦バルバロスには大統領のムラト・ユサールが乗艦してるはずですが、ホットラインをつなぎますか?」

「どういうつもりだ。つないでくれ」

トルコ軍の撤退は首都からの撤退になる。

70歳近い議員数人の脳裏にはサイゴンを脱出する米軍の姿がありありと写っていた。アレの繰り返しだけはダメだと。

「通信、繋がりました。どうぞ」

閣議室の中央にそびえる大型のモニターに軍服に身を包んだ老齢の男性が映る。疲労の色を深く顔に残し、眉間にシワがより頭髪は乱れていた。

「ユサール大統領」

『大統領、今我々は立て込んでいます』

流暢な英語で答えるユサールに大統領は語気を強める。

「関係ない。我々の軍隊が貴国で損害を受けた。なぜ海域を離脱するのだ」

ユサールは苦虫を噛み潰したような顔をして応える。

『大統領、わが軍の首都防衛部隊4師団のうち、3師団が武装勢力と行動をともにしています。把握していますか?』

初情報だった。すぐさま関係の職員が通信回線で問い合わせをし始める。

『これは周到に計画されたクーデターだったのです。前大統領引退後、彼の子分に過ぎぬ私に軍はついにNOを突きつけてきた。それもISの残党と手を組んで』

国防長官や軍関係者らは今回の武装勢力の規模・装備が充実していた点から信用に値すると判断した。CIAも勘定が合わないトルコ地上軍に納得がいった。

『大統領、我々は故郷を放棄するわけではありません。陸軍が信頼に足るまで情勢を対艦ミサイルの射程外から見守りたいのです』

大統領は深いため息をつく。ユサールは完全に不安症に陥っており、これ以上活動は期待できないからだ。そうなれば出来ることはない。

「わかった、ユサール大統領。我々はトルコから手を引く。国連とNATOは貴国を包囲するだろう」


-現地時間 午前1時 ルメリヒサル要塞 米海兵隊前哨基地-

多くのヒトがオスプレイやブラックホークのピストン輸送で運ばれてくる。

衛生兵は彼らをトリアージするが、殆どは黒色のカードが残されていく。

「アックス・バンクス、集合しろ!」

ケインズの声で今まで救援活動を海兵隊とともに行っていた私達は一箇所へと集まる。

皆疲弊し、全身ずぶ濡れで、血を浴び、憔悴しきっている。

私を含め全員が戦闘のプロであるはずなのにだ。

「マザーから命令が追加、下達された。詳細は10分後。それまで小休止だ」

私達はそれを聞き、ひとまず腰を下ろして水分を補給した。

「酷い」

誰かがつぶやく。落ち着いて見るからこその酷さ。

ルメリヒサル要塞の庭には無数の遺体が並んでいる。海兵隊、市民。中にはテロリストのもあるだろう。

TATPの起爆で橋に居た大多数は衝撃波でやられ、さらに崩落の衝撃と落水で生存者は数えるほど。

「・・・マリア、大丈夫?」

「・・・ああ、大丈夫」

シャリーン・スタンダードは私より2個下の先輩だ。CIAのODAには珍しい女性で、短く刈り上げたショートカットやその見姿からはプロボクサーにしか見えない。

「ISの手口じゃない。統制が取れすぎてる」

つぶやくシャリーンに私はただ同意した。

彼らがいくら旧イラク軍組織を母体としていようが、ここまで機能然としてトルコ正規軍を攻撃してくるのは不可能。

「なにか良くないことが起きているのかも」


私達はきっかり10分後に到着した海兵隊のUH-1に載せられ、ルメリヒサル要塞を飛び立った。

「命令を伝える。アックス・バンクスはトルコにおける任務を終了。ともにタリク・ナザルの追跡を中止」

私の脳をある思考が駆け巡る。それはプロとして許されぬこと。我慢しなくてはいけない。だけど、だけどそれはできなかった。

「なぜですか!」

ケインズは私を一瞥し、口を開く。

「ラングレーから降りてきた情報を精査し、当地は危険と判断された。海兵隊も我々と撤退を開始したのはそれが理由だ」

納得しろ、納得しろ・・・!

「我々ODAはそういう危険地域に投入されるはずでは・・・?」

「シュヴァイツァー、相手だ。タリク・ナザルはとんでもないやつらしい。これは全員に共有しよう。我々が戦っていた相手はISだけじゃない。トルコ正規軍の反乱部隊だ。ナザルは反乱軍を引き入れていた。それがわかった以上、トルコ軍が信用に足る組織ではないと判断され、トルコ軍協力のもとで遂行されるはずだった海兵隊の作戦はキャンセルされ、我々の捜索任務も同様に中止されたのだ」

そう、それは衝撃。

中近東地域では強国とされるトルコ。その軍隊は精強だ。その軍隊と派遣海兵隊が殴り合いをしたら、不敗神話を持つ海兵隊とてひとたまりもない。軍人一人の死で政治が傾く現代においては不可能。まして反乱軍とはいえ友好国の軍隊と交戦するなど。

愕然とする。あまりに計算された事態に。奴はこれを望んだのか。これを?


-6日後 12月18日 午前11時25分 ドイツ ラムシュタイン-

『トルコのユサール大統領は先程、正式にイスタンブールが陥落したとプレスリリースを発表しました。首都アンカラにおいても政権軍と反政府軍の戦闘が継続しており、非常に危険な状態です。米欧州軍司令、コンラッド陸軍大将とEU連合軍司令、ビットマン独陸軍中将は先程フランス・ストラスブールにおいてNATO軍を交えた会議を開催し、トルコ国境へ配備するEU・NATO連合軍の配備を決定しました』


先程から空軍機がせわしなく離陸している。

おそらくストラスブールで決まったNATOの作戦に駆り出されるのだろう。

しかし、我々はここに居る。

米陸軍基地の片隅に、目立たぬよう留め置かれた私達はただひたすらの待機を強いられていた。

「ODA部隊がゆえの宿命だ。正規軍が活動する地域に出入りしづらいのが、致し方ないところだろう」

そういいながらケインズは私にコーヒーを差し出す。

「ありがとうございます」

彼はコーヒーをひと啜りし、窓辺に腰掛け私の方を見る。

「時に、シュヴァイツァー。君はタリク・ナザルをどう見る」

「すいません、質問の意図が」

彼はコーヒーカップを置き、顎をひとなでして

「自分のパートナーを殺した首謀者をどう見る」

答えに困る。

口まで何かが出るようで、だがそれはとりとめもない言葉。

飲み下し、噛み下し、脳内で再考する。

「・・・私は兵隊ですから、私情を持ち出さないようにします。それを踏まえて、彼をどう見るかならお答えができますが」

「それで構わない」

私もコーヒーをひとすすりする。ひどい味、レーションの粉末コーヒーだろうか。

だがその酷さが、思考を研ぎ澄ます。

「存在が見えないというのが印象です。写真や存在は確かに確認できていても、その中身がない。彼は何がしたいのか、CIAもわからないのでは?」

「ふむ」

「例えばビンラディンはジハーディストの先駆者としてアメリカを攻撃するという明確な目的が有りました。ISには国家建設。では、彼は?元イラク軍、だからこそ我々アメリカ人への恨みは強い。でも直接攻撃したのはフランス人とトルコ人。海兵隊は付属的犠牲であって目的ではない」

「テロリストらしく世界の混乱では?」

私は一考し、捨て去る。

「彼は宗教原理主義者です。そうではないでしょう」

ケインズはなるほど、と頷く。

「我々は攻撃を受けすぎ、ロジックを短略化し過ぎているのではないでしょうか。彼ら過激原理主義者を読みすぎて読めていない、その結果が今の後手後手の対応では」

「面白い推察だ、シュヴァイツァー大尉」

別の声が聞こえた。部屋の戸口に、いつの間にかマザーが立っている。さすが元特殊部隊、気配がなかった。

「そのよくわからないやつの追加情報だ。ミーティングをやるぞ、会議室に集まれ」

ウォール街の女、アシュリーがホワイトボードに映し出されたプロジェクターの映像を解説する。

「これは”橋”崩壊の15時間前、グランドバザールをNSA所属の偵察衛星が撮影した映像です」

「おい、NSAだって?俺たちはNSAだったのか」

誰かの言葉に皆が爆笑。CIAとNSAの不仲は当たり前の事実でNSAの映像がCIA側にある事自体稀有だ。

「静粛にしろ、バカども。NSAは今回の事態を重く見、より現地に近いCIAに早めに手回ししてきたんだ。この映像を秘匿して捜査が遅れることに配慮したことは褒めれるだろう」

マザーはひとしきり言い終わるとアシュリーへ主権を戻す。

「続けます。あなた方が発見したトレーラーは事件の15時間前にバザールの搬入トラックとしてここに現れました。同時刻、イスタンブール市内の監視カメラシステムと照らし合わせた結果、この時点でTATPが積んだ状態でやってきたと推測されます。車体が沈み込んでいますから」

警察畑出身の隊員が手を挙げる。

「イスタンブール市内の監視カメラ網が生きているならトレース出来るのか、トレーラーを」

「はい、その通りです。ラングレーの調査チームが先程までトレース作業を行い、その結果TATPがイスタンブール港から荷揚げされたことがわかりました」

映像はイスタンブール港の港湾施設監視用のカメラ映像に切り替わる。そこには件のトレーラーが隊列をなして市内へ出ていくのが見える。

「この映像とあなた達が戦闘中に録画したGoProの映像を照らし合わせ、トレーラーに載せられたコンテナのシリアルが一致しました。このコンテナを更にトレースしたところ、積んできたコンテナ船がわかりました」

映像は静止画のコンテナ船へ変わる。

「フランシス・セス号。船籍登録地はパナマで、実態のない会社で、非常に怪しい」

ここでマザーが言葉をつなぐ。

「現在フランシス・セス号は次の寄港地マルセイユを目指し現在地中海海上だ。これを叩く」


-12月19日 午前2時15分 地中海上空-

5機編隊を組んだヘリボーン部隊が地中海の海上を低空で飛行していく。

国籍マークを取り外され、認識装置さえもOFFにした不法仕様で。

機体のうち3機は米陸軍がアフガニスタンで”用途廃止”し、現地でスクラップ処分したMH-60。残る2機は台湾へ”譲渡”されたAH-1Z。

彼らは存在しない。

MH-60に乗り込むのは”アックス・バンクス”3個小隊。

彼らはただひたすら公海上を航行中のフランシス・セス号を目指す。


『2010年、ガザ近海でイスラエルのシャイエット13が同様の作戦をやった。このときは成功したが法的に失敗した』

珍しく現場に臨場したマザーが全員に向けて無線交信を送る。

『我々は同じ轍を踏まない。シャイエット13が乗り込んだのはテロリスト支援船だったが民間人の防壁があった。フランシス・セス号はそうではない。交戦規定はフリー、各自に任せる』


パイロットは晴れ渡る夜海に浮かぶ1隻の船を暗視ゴーグルにおさめた。

『前方に船舶を視認。距離や緯度的にもフランシス・セス号だ。ファイアバード1、斥候してくれ』

『こちらファイアバード1、了解。TADSで確認する』

AH-1Z 1機が隊列を離れ、船舶へ急速接近する。

ガンナー席に座るガンナーがヘルメットに投影されるTADSから船舶を”検める”。

『船舶番号確認。照会・・・ビンゴ、フランシス・セス号だ。甲板上に人影複数。・・・おっと、撃ってきたぞ』

月明かりに照らされた甲板に複数のマズルフラッシュが光る。

『ファイアバード1からマザー、歓迎委員会とコンタクト。発砲する』

『こちらマザー、武装は限定。チェーンガンのみだ。民間貨物船だから巡洋艦よりは硬いはずだが、沈まれるのは困るからな』

ガンナーは笑い、

『了解。武装はチェーンガンのみでやる。ファイアバード2、カバーしろ』

と伝え機体はパイロットの手によって一度フランシス・セス号をフライパスし、反転して掃射準備にはいる。

ファイアバード2はそれに合わせ、フランシス・セス号を射程に納めるため接近した。

ガンナーはTADSで甲板上を見回し、前方デッキに旋回銃座を視認した。

『ファイアバード1、ファイアバード1、前方デッキに対空機関砲。こちらがやる』

ガンナーは首を動かし、前方の銃座へチェーンガンを向ける。顔の向きにリンクした武装はジョイスティックで操作するよりも機敏だ。

『レーザーマーク、ファイアファイア』

スティックの赤い引き金が押され、20mm機関砲弾が730rpmの速度で吐き出されていく。

曳光弾混じりの砲弾が一直線へ銃座に刺さり、一発も発砲されることなく射手とともに爆散する。

『ファイアバード2、助かった。甲板上、掃射だ』

ファイアバード1はそのまま横薙ぎに甲板を掃射する。

人が塊と血煙になり、甲板を血の風呂へと変貌させる。曳光焼夷榴弾が次々に甲板を破壊し、人を物とかき混ぜる。

『ファイアバード1、チェーンガンがそろそろ品切れだ。カバーも考え一旦離脱。ファイアバード2、引き継げ』

『こちらファイアバード2、了解。甲板を掃除する』

ファイアバード2はファイアバード1とは違いフランシス・セス号正面から掃射を行った。砲弾は艦橋を破壊し、操縦室を爆散させた。これにはマザーも

『ファイアバード2、やりすぎだ。証拠が吹き飛んだらどうする』

と苦言を呈す。

『了解、了解。シースファイア。チェックだ』

ファイアバード2は一度フランシス・セス号をフライパスし、再度旋回して甲板に動くものがないことを確認した。

『甲板はクリアだ。カバーに入る』

『ファイアバード1からターキー1、俺達の残り活動時間は1時間だ』

帰投を考えて残りの活動時間は一時間。それまでにフランシス・セス号を臨検し、撤収する。

3機のMH-60がようやくフランシス・セス号上空へと近づく。

「蹴落とせ!一番、降下だ!」

ナイロンロープが機外へ放り出され、甲板にぶち当たる。

機体のホイストと連結されたナイロンロープにベルトから伸びた安全フックを引っ掛け、1番目の隊員がファストロープで滑り降りていく。3機のヘリから一斉にアックス・バンクスの隊員が降りていく。足元に広がるのは人だったもの。臓物、血肉、ブラッドバス。

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