第8話 防波堤

バザール内はひどく荒れており、テロリストたちと治安維持部隊との銃撃戦に巻き込まれたらしい民間人の遺骸がそのままだった。

「マザー、トルコ軍の動向は逐次報告してくれ。まさかとは思うが、連中イスタンブールを放棄するつもりじゃないだろうな?」

『それはないだろう。イスタンブール放棄はアンカラの放棄につながる』

ケインズの疑問は最もだ。

治安維持部隊の隊員の死体は流石にないが、民間人の遺骸が放置されているのは維持部隊が維持できていない証拠だ。民衆の反感を買いかねないこの事態に対処できていない。

「今は、ただ動くしか無いか。前進しろ」

入り組み、死体が転がる由緒正しきトルコのバザール。

PVS-15によって増幅された光は、それらを月夜で照らす。

彼らはなぜ自分たちが死んだかも理解せずに、殺されただろう。


30分ほどの捜索で敵さえ姿を確認できず、気づけばバザールの中腹に至っていた。

「マザー、ナザルどころかテロリストを確認できない。情報は確かか?」

『間違いない。バザールから外に出ていないのはUAVで確認している』

「わかった。トルコ軍は?」

『海兵隊の観測チームによる報告ではイスタンブール市中心部及びアンカラへ至る道を中心的に防護しているようだ。市街地の大半はテロリストに抑えられている』

「了解、早いところ見つけるようにする、アウト」

部隊は再びバザールの深部を目指して歩み始めた。

電気店、絨毯屋、ケータイショップ。どれも価値がありそうなものばかりだが火事場泥棒をされた雰囲気ではない。それくらいに市街地は戦場なのだろう。

アフガニスタンに派遣された時、何度か市街戦を経験したがここまで大規模都市ではなかった。ここに居るみんなもそうだろう。すべてが未経験のスケールだ。

連中はどこから来たのか。バグダディを師と仰ぐ妄言国家の連中か、それともナザルの配下なのか。わからない。


それは突然だった。

バザールの搬入口へ差し掛かった時、ポイントマンがハンドシグナルで停止を送った。

高鳴る鼓動。ハンドシグナルは続いて敵3名と示す。

ケインズは私ともうひとりを指で指し示し、排除するようにシグナルを送った。

すばやくポイントマンの背後に立ち、様子を見る。

搬入口にはトラックが数台停車しており、その中へ何かを彼らは運び込んでいた。

AKを手にした男が3名。装具はチェストリグ程度の軽装だ。

二人は箱をトラックへ運び込んでおり、一人はそれを見張っている様子だ。

アイコンタクトで誰が誰を排除するのかを瞬時に理解し、私はSCARを構え、Eotechサイトに箱を持つ一人をおさめる。

ポイントマンが「撃て」と良い、3人が同時にSCARを発砲した。5.56mmNATO弾は3人の頭部を破壊し、その場に崩れ落ちる。ジェムテック製サプレッサーの音は市街地を包む騒乱によってかき消されただろう。

すばやく部隊は前進、彼らが何を運んでいたのかを調べる。

「TATPです」

工兵隊出身の隊員が即座に判断する。パリで使われたものと同じものだ。

「何に使うつもりで・・・くそ、コンタクト!」

ケインズが叫ぶと同時に、銃声。

一人の隊員が崩れ落ちる。

「応射、応射!」

火点を探すんだ。私は目を凝らし、暗視装置にそのマズルフラッシュを見つけた。

搬入口に連なるトラックの天井、そこからなにかが撃ってきていた。

「トラックの上だ!」

手近のコンテナに銃を委託し、トリガーを引く。サプレッサーで減音された銃声と、敵が放つ生身の銃声がこだまする。

「あいつLMGだ、気をつけろ!」

敵は発砲し始めてからこっち、途切れることなく撃ってきている。

更に悪いことにそのトラック横の通路に人影が更に浮かんだ。

「ターゲット!トラック横!」

別の隊員が叫び、M249軽機関銃で射撃し始める。

「マザー、敵勢力と交戦中だ。動きは!?」

『UAVで確認、畜生、こいつらどこから来ている・・・?バザール外周にテクニカル複数、そちらに向かっているようだ』

聞きたくない知らせほど早く入ってくる。

『航空支援が出来ない、トルコ政府からOKが出ていない。海兵隊の即応部隊を向かわせ・・・何?』

マザーの無線が不意に途切れる。

私は意識をそちらに傾けないようにしながら、トラックの上のLMG射手の排除に務める。

20発ほど撃ったところでようやくLMGの射撃が止まった。

「LMGタンゴダウン、リロード!カバー!」

人差し指をトリガーから引き剥がし、マガジンキャッチボタンを押し込む。マガジンが空へ放り出され、私は素早く左手でポーチからマガジンを引き抜いて差し込んだ。

「トラックが動き出したぞ!止めろ!」

何台かのトラックが移動を始める。この銃撃戦のさなかに、だと?

M249射手がそちらへ射線を変更しようとしたがとっさに私は彼の肩を叩いた。

「駄目だ、TATPにあたったら全員消し飛ぶ!ケインズ、マザーに報告を!」

ここで止めるにはバザールごと心中する覚悟になる。せめて航空攻撃で停止させたほうがいい。身勝手だが我々の命のほうが大事だ。

『ミッションアボート、ミッションアボート。ケインズ、撤退しろ!』

だがそれを伝える前にマザーの怒鳴り声が全員の無線機に届いた。

「マザー、どういうことだ!連中のTATPが動いてるぞ!」

『トルコ軍がイスタンブールを放棄した!畜生、アンカラ方面もだ。最悪の事態が形になった。トルコ政府は洋上の海軍艦艇へ脱出している!・・・なんだこれは?誰だ、この作戦を許可したのは』

マザーはこちらのことを忘れるかのような言葉を吐く。

「マザー、応答してくれ。俺たちはどうすればいい?」

『海兵隊の即応部隊が向かう。オスプレイが3分で到着だ。15分後、お前たちの発見したTATP積載トラックごとトルコ空軍機がサーモバリック爆薬で吹き飛ばす。早急に離脱だ』

敵は俺たちを牽制するもの、脱出するもので別れだした。

「スモークを投げろ!後退する!」

私は目の前の隊員のプレートキャリアに付けられた背面ポーチからスモークグレネードを抜き取り、前方へ放る。数秒で煙幕剤が展開され、敵からの弾幕が薄くなる。

「後退、後退!」

敵はこちらが後退するのを見ると自分たちも後退していった。


バザールの中庭に護衛のコブラを随伴させたMV-22オスプレイがホバリングで降りてくる。

負傷した隊員に肩を貸していたケインズは降りてきたメディックに彼を任せ、全員が乗り込むのを確認すると自分が最後に乗り込んだ。

「だせ、だせ!」

オスプレイが離陸し、バザールを離れる。

『ケインズ、報告しろ』

「負傷1、死者なし。状況を教えてくれ、マザー」

私は彼らの話にようやく耳を傾けられるようになった。

PVS15を跳ね上げ、MV22の座席に腰掛ける。

『現在殉教者橋で海兵隊が交戦中。難民が障害になっている。ファーティフ・スルタン・メフメト橋は現在安定しているが後退してきたトルコ軍と難民で身動きが取れていない』

窓から街が見えた。行きに見たときよりも多くの火の手が街中から上がっている。

『ラングレーからトルコ脱出の指示が出ている。君たちは一旦ファーティフ・スルタン・メフメト橋後方のルメリヒサル要塞に設置された前哨基地へ向かえ』


窓から見える市街地に向け、トルコ軍の攻撃ヘリが攻撃を行っているが、しばらくするとまとまって私達と同じ進路を取り始めた。

『トルコ空軍機、空域に到着』

オスプレイパイロットの声に彼らの行動を理解した。

『もう少し離れよう。投下まで10秒』

窓から眺める市街地。下にいるのは敵だけだろうか。否、橋がああなっている以上民間人ごと彼らは焼くのだ。

一瞬の光、そして爆風。3km以上距離はあったはずだがオスプレイの機体が大きく揺れ、機内の警告灯が点灯する。

『機体、正常。ルメリヒサル要塞に向かう』

サーモバリック爆薬が投下され、TATPを積んだ彼らも消し飛ばされただろう。


-ルメリヒサル要塞 米海兵隊前哨基地 AM1:30-

「サーモバリックを撃ち込むのは想定外だった。前衛に出ていた海兵隊員ごと消されかねない事態だ」

大変立腹している海兵隊の中佐をよそに、ケインズは事態の詳細を問う。

「殉教者橋はどうなんです?」

「テロリストは橋から追い出している。こちら側と状況は変わらないが、トルコ軍が放棄している以上我々も邦人救出済みなわけだから撤退する」

中佐はそう言うとその場を離れた。私達のようなCIAの手駒に時間は裂きたくないのが正規軍の考えだし、理解も出来る。

『ケインズ、10分後にボスポラス海峡沖の揚陸艦へ撤退しろ。オスプレイを手配した』

「了解、マザー。だがこのままじゃトルコは終わるぞ」

『残念だがそれはトルコの国内問題だ。それにNATO軍が現在ブルガリア・ギリシャのトルコ国境地点に集結している』

ヨーロッパへの架け橋を占拠されればテロリストの流入は更にひどくなる。

「了解」

ケインズは無線機をきり、私達をオスプレイに乗るよう促す。海兵隊も前哨基地を撤収させ始めた。脱出のときだ。


機体が空へと浮かび上がり、進路をボスポラス海峡沖へと向けた。橋の上空へ差し掛かった時、無線が混乱を始めた。

『街からトレーラーが突っ込んでくる!』

『馬鹿な、TATPで潰したはずじゃ。応戦しろ、こちら側にこさせるな!』

私は座席から立ち上がり、後部タラップから橋を見た。遠くて見えないが、橋の中腹から多数の砲撃と銃撃が一箇所へ向けられている。

少し間を開け、橋の中腹よりも手前で大爆発がおこった。TATPが起爆したのだ。

『・・・もう一台居るぞ!畜生、誰でもいい、アレを止めろ!』

付近にいるのは私達だ。とっさにタラップに据えられたM134銃座に私は取り付き、ケインズに叫ぶ。

「機体を橋に寄せて!」

反論もなく、機体は降下して橋に並走する。爆発を受けても機体が巻き込まれない位置へ付き、私はミニガンを発射する。トラックへ銃撃を集中する。民間人もその射線には多く居ただろう。だが、それはコラテラルダメージだ。トラックは運転席を破壊され、進路を橋の欄干へと変え、衝突し、空へ放り出され海へそのまま叩きつけられた。起爆なし。

安心もつかの間、私は橋の中腹にそれを見た。

ずっと渋滞に巻き込まれていたのだろう。

M134のスコープで、そのトラックの運転手は笑っていた。

「まずい、あれは自爆トラックだ--」

閃光、衝撃。ああ、パリと同じだ。


TATPがもたらした爆発は橋の重要部分を尽く破断させ、破砕した。

ファーティフ・スルタン・メフメト橋は多くの海兵隊と民間人を載せたまま真っ二つに折れ、ボスポラス海峡へとすべてを飲み込む。

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