第7話 エスニックの都

クロサロフが今回のパリを引き起こしたという「タリク・ナザル」を掴むため、我々CIAのODAであるアックス・バンクスはパキスタンISIの保護下にあったアリ・ナハルをアフガニスタン某所にあるブラックサイト・マイクに”ご招待”した。

「ナハルは5年前、旧イラク軍系の過激派組織で名を挙げてISに加盟した。CIAに残っているイラク陸軍の名簿によると最終階級は上級曹長で、当時は大した脅威でもなかった」

マザーは会議室に設置されたプロジェクターが映し出す資料について説明を続ける。

「この冴えない下士官が10年以上に渡って我々に歯向かってきた事実は今更どうでもいい。なぜナザルを掴むためにこいつをISIから奪ったのか」

資料はナハルの顔写真からウルドゥー語が書かれた書類へと移った。

アシュリーが席を立ち、話し始めた。この女性は私達のような”現場”の女と違い、品のある雰囲気でこの基地では浮いていた。この女性に似合うのはアフガニスタンの砂塵ではなくウォール街の排気ガスだ。


「これはISIの内部資料です。この情報によるとナハルはIS時代の2016年、旧イラク軍系の隠匿物資を取得したとあります。我々が2003年から続ける”大量破壊兵器捜索”で見つけられなかったものの一つです」

”大量破壊兵器捜索”といえば聞こえがいいが、実際は”大量破壊兵器創作”だ。


「この隠匿物資はスカッドミサイルであるとISIは断定しています。ISIの添付資料によると2016年11月に自由シリア軍陣地に正体不明のミサイル弾頭が着弾、中にはサリンが含まれていました。ただISがスカッドミサイルを使用したという報告は現時点でも我々は持っておらず、眉唾物ではありますが」

アシュリーは一息つき、言葉を紡ぐ。

「しかしそれは我々の情報であって、このISIの資料ではISにスカッドを発射したということが記されています」

一人の隊員が手を上げ、アシュリーは頷いて発言を認めさせる。

「なぁ、俺の記憶が正しければスカッドは専用のオペレーターやスタッフが必要だったはずだ。イラク戦の序盤で俺は何度かスカッドを撃破したが、その殆どに専属の技術者が居たぜ。ISにそんなのを養成できたのか?」

アックス・バンクスの隊員の言葉に何人かが納得の声を出した。短距離弾道ミサイルであるスカッドは本来、正規軍が管理する戦略兵器だ。私も記憶ではISが入手した実例はあっても使用した形跡は実地ですら見ていない。

アシュリーは頷き、口を開く。

「ISIの見解にはなりますが、ここでナザルの文字が見えます。ナザルが防衛隊に所属していた1990年代後半、イラン・イラク戦争のときに彼は秘密裏にスカッドミサイルをイランの民間人居住区に発射する隊を率いていたという情報があります。彼はその当時のコネを利用し、戦後のドサクサに紛れてスカッドミサイルを何機か隠匿し、技術者を逃亡させた。ISIはそういう見解を示しています。そしてその後に付け加えられた報告は我が軍がシリアで発見した情報とも一致しているものがあります。スカッド発射機の残骸です」

プロジェクターはISIの書類から、構造物の残骸写真へと変わった。

「これはシリアで作戦中のデルタフォースが撮影しました。発射トレーラーにスカッドはなく、国防総省の調査ではシリア軍の発射残骸だと考えられていました。しかしその登録番号は我々が撮影した写真では削り取られ、どこのものかわかりません」

写真がまた代わり、今度はひしゃげたプレートが映る。意図的に削られたシリアルナンバーと文字でなんなのかはわからなかった。

「そしてこれがISIの保管してた写真」

また写真が変わり、今度は同じようなアングルで撮られた写真に変わった。その写真は米軍が撮影したものと違い、刻印がしっかりと刻まれていた。

「これはおそらくデルタが現地に入る数時間前にISIの特殊部隊が撮影した画像です。この登録番号はシリア軍のものではなく、旧イラク軍のものでした。それもイラン・イラク戦争時代にナザルが率いていた部隊に配置されていたものです」


マザーは再び喋り始める。

「以上の情報が有り、我々はアリ・ナハルが過去にタリク・ナザルと接触していたと判断した。そして今やつは我々に最高の”もてなし”を受けているわけだ」

CIAによる拷問はそれはそれは古い歴史がある。

特に2000年からこっち、拷問がイリーガルになってからは”もてなし”にも磨きがかかっている。身体への拷問は減り、精神への拷問に移り変わった。

「アリ・ナハルから情報を引き出し、タリクへと迫る。それが必要不可欠だ」


ブラックサイトは人が居はすれど、全員が非正規戦に従事している兼ね合いからあまり接触できないようになっていた。我々アックス・バンクスも一つの兵舎に詰め込まれ、ナハルが”協力”するのを待っていた。

『速報です。トルコ、イスタンブールで大規模な移民暴動が発生しています。彼らはシリアから逃れてきている難民で-』

テレビではイスタンブールでの暴動が放送されていた。

アラブの春からこっち、中東世界は混沌だ。その火種は我々ステイツのせいではあるのだろうが。

「何処もかしこも暴動、騒乱、内戦だ。どうなっちまうんだか」

「その火の粉が我らが祖国に降り掛からないようにするのが俺達の役目だろ」

そんな言い合いに笑いが漏れる。

『・・・えっ、それは本当ですか?・・・はい。たった今イスタンブール支局から入った情報によると在トルコアメリカ領事館で爆発があったとのことです。現在死傷者数はわかっていません』

その場に居た全員が凍りつく。

「お、おい。マザーに裏を取れ!」

一人が兵舎から駆け出そうとした時、そのドアが開きマザーが現れた。

「マザー、大変なことになった」

しかし彼は動ぜず、口を開く。

「たった今ナハルがこのテロの情報を吐いたところだった。ナザルはトルコだ、我々も移動することになるだろう」


アフガニスタンからトルコまでは4時間程度、C-5ギャラクシーの輸送だったが飛び立つ際のバグラムは慌ただしかった。

「デフコンレベルが久々に上がった。情報によると領事館でのアメリカ人死者は10人。爆発を皮切りにイスタンブールとアンカラで武装過激派が蜂起を開始した。トルコ軍は国境に展開していた精鋭部隊を市内に投入しているが、動きが鈍い」

ギャラクシー機内でのマザーによるブリーフィング。

通常であれば現地で行われるはずだが、と私は思っていたがそうではないらしい。

「16年のクーデター未遂以降、トルコ政府は軍を信用しきれていない。大規模都市への投入を嫌っているフシがある。現在CIAの前哨基地がいくつか活動中だが、どこもトルコ軍の展開能力に疑問を持っている。現在”邦人保護”を目的にドイツから海兵隊3個大隊が向かっていて、その目標はイスタンブールの橋だ」

マザーは表示されている地図を指差す。

「ファーティフ・スルタン・メフメト橋、7/15殉教者橋、この2つはアジアとヨーロッパ大陸をつなぐ橋だ」

ケインズが首を傾げ、手を挙げる。

「質問しても?」

「構わない」

「この場合、海兵隊の作戦的には橋は確かに後退路として必要だが3個大隊全員で抑えるものじゃない。それに友好国とはいえ他国の要衝を抑えるのは政治的にも完全内政干渉だ。せめて抑えるにしても吹っ飛んだ領事館周辺とアンカラの大使館で済むはずだ。何か隠していないか、マザー」

マザーは少し思案し、応える。

「トルコ政府が内々に海兵隊の支援要請を出したという話だ。トルコ政府軍が不穏な動きを見せているのかはわからないが・・・真相はわからん。現地に行かないと、な」


ファーティフ・スルタン・メフメト橋はヨーロッパとアジアを繋ぐ重要な幹線道路だ。

普段はかなりの量の車が行き交うが、今日は橋自体が閉鎖されていた。

しかし、その封鎖を担っているのはトルコ正規軍でも警察でもない、米海兵隊遠征軍だ。

トルコ政府によって認可されたドイツ駐留の彼らはLAV装甲車やハンヴィーを用いてこの巨大な橋を封鎖し、多数の攻撃ヘリと輸送ヘリが上空を行き交っている。

ようやくイスタンブールに到着したアックス・バンクス隊は海兵隊からUH-1を1機拝借し、ボスポラス海峡上空を飛行していた。

「あれはステイツの強襲揚陸艦か?」

ケインズの声に海軍出身の隊員が頷く。

「あれはワスプ級強襲揚陸艦です。第六艦隊でしょう、動きが早い」

すでにトルコ政府は自国内海にまで作戦中の艦艇を引き入れている。

「政治的に急がすぎるぞ。マザー、この作戦なにか可怪しいぞ」

無線で訴えるケインズに、しかしマザーは同意しきれない。

『私もその考えは拭いきれないが、ホワイトハウスからは何も降りてきていない以上我々もラングレーの指示に従うだけだ。ナザルの最終目撃地点に急行しろ』


-2時間前 機内-

「現地の工作員から目撃情報が更新された。恐らくナザルだろうとみられる画像だ。確認しろ」

マザーは全員の端末へ情報を送信した。20年近く前のナザルの軍隊時代の写真と耳たぶの形状が一致した確証度の高い情報。頭は白髪で、髭を蓄えている。典型的な中東系で、見分けがつけづらい。

「場所はグランドバザール。現在は戒厳令下で民間人はそう多く居ないだろう。現地へは海兵隊からUH-1を拝借した。それで向かってもらう」

バザールの航空写真が次に表示される。広大だ。

「現地は広すぎるが、監視カメラである程度場所は絞れる。ナザルに関する情報、もしくは本人を確保したら速やかに海兵隊のコンボイ部隊で脱出する。現在、テロリストによるトルコ軍への攻撃が激しい。それが何時米軍に向くかわからん。早急な捜索と離脱が鍵だ」


-現在 イスタンブール市上空-

「こちらバイパー01、パッケージ到着まで30秒」

『こちらホームベース、了解。市街地はどうだ?』

「クリーンとはいい難い。散発的に銃撃を確認」

UH-1パイロットが本部と更新している中、我々は準備を行っている。オプスコアヘルメットにマウントされたPVS-15ナイトビジョンの点灯をチェックし、各員銃の動作チェックに励んでいた。

私も支給されたSCAR-Lのマガジンを確認し、装具に緩みがないか手で触ってチェックする。耳元のCOMTACへパイロットが残り時間を伝える。

「到着まで10秒!」

ケインズが全員の目を見回し、ヘリのスキッドへ足を載せた。

「5、4、3、2、1、GOGOGO!」

ヘリのスキッドが地面に触れ、私達は外に飛び出ていく。バザールの入り口の一つの前へと。


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