第6話 キッドナップ

2019年12月5日 アフガニスタン バグラム空軍基地


冬のアフガンの降雪は想像を絶する。

極寒のアフガニスタンはユーラシアのかつての支配者ソビエトを退けた。

そしてアメリカもその帝国の墓場に名を連ねた。いや、連ねようとしているというべきだろう。


バグラム空軍基地はアフガニスタンに介入以来アメリカのアフガニスタン戦略の要衝、その広大な滑走路には多数の作戦機が並べられている。

たった今着陸したC-5グローブマスターは、アメリカ本国からの供給物資と”人材”を運搬する役目である。


「少佐、タスクフォース105のカインライト大尉です」

「ウォルコットだ。カインライト大尉、早速だが我々は既知の通り非正規戦部隊で、バグラムでもあまり認知されたくはない。端っこの9番格納庫はまだあるか?何度か使ったことがある」

後部タラップを降りたウォルコットと現地調整役の大尉が会話する横で私とウォルコットの部下達はその寒さに身を震わせていた。

吹雪で滑走路は肉眼で有効視界5メートルほどだろうか?よく着陸したものである。

「紳士淑女諸君、我々”アックス・バンクス”は9番格納庫にて命令更新があるまで待機だ」

マザー、ウォルコットの言葉に隊員たちは頷き猛吹雪の中を外れの滑走路まで移動するのだ。


その命令書は午前9時にワシントンのオーバルオフィスに到着した。

「大統領、アフガニスタンでの作戦の命令書にサインを」

執務官の言葉に大統領は念のため問う。

「ジョーン、この命令書はどういうものだ?確認していないが」

「失礼しました。こちらは先程届いたものでして、CIAのODA部隊“アックス・バンクス”に関するものです。任地はカンダハル郊外パキスタン国境で対象はアリ・ナハル。元バース党員の無政府主義者です。今回の任務は彼の捕縛にありますが、目下ISIの監視下にあります」

大統領は万年筆を取り出し、書類にサインした。

「パキスタンにはきちんと断りを入れておけ。アボッターバードの二の舞いは支持率に関わるからな」


2機のMH60ブラックホーク、そしてAH6キラーエッグ。その機体は暖機され、凍結を防ぐためにエンジンを吹かしてローターを回転させている。

「アックス・バンクス諸君、命令が下達された。標的呼称は“プロフィット”。写真は昨夜のうちに確認しているな?」

全員が「Yes,Mother」と答える。

「プロフィットはISI子飼いの民兵に防衛されている。これらは排除して構わない。ただし我々ステイツの証拠は残すな。ビンラディンからこっち、パキスタンはアメリカに対してかなり厳しい対応を取っている。非常にポリティクスな案件だと理解して挑め」

MH60の整備士がウォルコットに駆け寄った。

「諸君、搭乗しろ!悪党狩りの時間だ」

我々が倒すのは悪党なのか、それとも我々が悪党なのかは知りようもない。

一つだけ言えるのは、我々は人殺しということだ。


12月7日 アフガニスタン・パキスタン国境付近 カンダハル郊外 現地時間 04:25


『こちら01、狙撃地点に到着。ひどく冷える、ケツまで凍えてきた』

先に降着した狙撃班が位置についた。我々の隊はまだ空に居る。

マザーはもちろんバグラムから戦術リンクシステムを用いて交信を行なっている。

頭越しの戦争がすでに始まっている。

『こちらマザー、01了解。村の様子はどうだ』

『早朝、さらにこの雪で護衛はほとんど屋内です。屋外もテクニカルが3台、武装は重機関銃程度。サーマルでも護衛が数名起きている以外はほとんど寝ていますね』

『衛星のサーマルでも同等な情報量を得ている。02が到着するまで当初の予定通り待機だ』

『了解、01アウト』

02の指揮官はケインズという男だ。

MARSOC出身の30代後半の男で、ほかの隊員の信頼も厚い。

私の様な新参者にも手厚く接してくれる点で言えば良い上司といえる。

「こちら02。マザー、いつも通り02が降着し、キラーエッグがその間空域のカバーを行わせるつもりだが問題ないか?」

ケインズは耳に装着したコムタック3でマザーに伝えると快諾が得られた。

「ではいつも通りでいくとしよう。総員、3分後にポイント到着だ

気をぬくな」


ブラックホークはプロフィットの潜伏する村から2キロ離れた平原に着陸する。

村への強襲は非常に危険だし、そこまでの物量を我々は確保できていない。

6名の02を降ろしたブラックホークは給油のために基地へ帰投する。

その間上空を援護するのはAH6と衛星のみだ。

パキスタン国境付近でパキスタン空軍のレーダーに引っかかってスクランブルされる可能性がないわけではない。


ケインズ以下6名の02は村の方向へと前進する。まだ日は登らず、雪も降りしきっているので暗視ゴーグルを活用せざるを得ない。

幸い衛星による座標指示がガイドになっている。迷うことはない。

『01から02、どうぞ』

「こちら02」

『村の見張り台に居た見張りは排除した。外周はクリア、トラップにのみ警戒して侵入せよ』

「助かる01、このまま行こう」

ケインズは隊に行動を指示し、部隊は更に前進する。


村の入口は堅牢な門扉で閉じられている。

本来はここを見張り台が見張っているはずだが、その見張りは”寝て”いる。

「いつも通り、アフガンお得意の要塞村だ。発破はよろしくない、はしごをかけろ」

二名の隊員が簡易縄梯子を持って駆け寄り、3メートルに届くかどうかという塀に引っ掛ける。

「ポイントマン、先行しろ」

先頭を行く隊員は頷き、ライフルをスリングで背中に回し込むとリュックに留めてあったサーブスーパーショーティを取り出してはしごに手をかける。

はしごを登り終え、塀の中を索敵し終えた彼は「クリア」とだけ下で待っている兵士たちに伝えると中へと転がり込んだ。


『こちら02、侵入した』

「02、引き続き警戒せよ。01、動きはないか?」

『こちら01、動きはない。プロフィットまでのルートはクリーンだ』

ウォルコットは顎に蓄えたひげをなぞり、コーヒーを口に運ぶ。

プロフィット、アリ・ナハルはパキスタンISIの庇護下でイスラム過激派としての活動を行っている。だからISIの横槍があってもおかしくない。

連中はここ10年、ステイツの非対称戦争を全く好ましく思っていなかった。

インド政府がステイツとの仲を深めているのも一因だろう。

パキスタンは常にアメリカのサイドに居ながらテロリストの庇護を行っている。

アボッターバードの1件はソレをステイツ内部に、特に軍部に再認識させた。

「アシュレイ、プロフィットを担当しているISIのケースオフィサーはわかるか?」

副官のアシュレイは分析官で戦闘職種ではないが、その分事務作業の腕はピカイチだ。

「ISIの”お友達”からもたらされる情報はかなり少ないですね。わかりません」

「そうか、ありがとう」

どんな諜報機関もそうだが、ケースオフィサーの癖が出る。誰が担当かである程度何かを予測できるものだが・・・期待ができないようだ。

「突いて何が出るか、だな」


ポイントマンを先頭に02はまっすぐプロフィットが潜伏する建物へ接近する。

『空軍気象担当から連絡、作戦空域の雪雲は間もなく晴れる。巻きでいけ。ISIも雪が晴れて自国にラングレーがいることに気づかないほど馬鹿ではない』

マザーの音声通り、雪は徐々に弱くなっている。視界も20m先くらいが見えるようになってきた。

建物に到着し、ドアの側面に02は張り付いた。

隊員の一人がドアノブに軽く触れるが、鍵がかかっているらしく開かない。

「ニーナ、やれ」

ケインズに命じられたのはニーナという女性で、私も親近感を感じていた。

ニーナは解錠装置を手に近づき、鍵穴へとソレを差し込んで数度操作しただけで鍵の開く音が聞こえた。

本来爆薬で吹き飛ばしてダイナミックエントリーを仕掛けたほうが手間ではないが、村全体が敵地である以上避けたい事態である。

事前に選抜されていた私を含む5人の隊員が中へとステルスエントリーをする。

「こちら02、分隊が中へ入った。01、引き続き警戒を頼む。マザー、動きはないか?」

『こちらマザー、動きはない。プロフィットは動いていない。そのままだ』

私を先頭に4人の隊員が屋内を捜索する。

情報で屋内にはプロフィットを含め5人の敵が居ることがわかっている。そのうち2人は寝ており、2人はプロフィットのいる部屋の前で歩哨についている。

平屋建ての屋内を進み、ベッドで寝ている敵2名の前を通り過ぎた。

後続の隊員がサプレッサー付きの拳銃を手に、空いたベッドに置いてある枕を彼らの顔に押し付けて発砲する。

ドアに突き当たり、ポーチから光ファイバーカメラを取り出す。

カメラをドアの隙間に差し込み、中を伺った。映像はヘルメットにマウントされたディスプレイへ出力される。まさに新時代の兵器だ。

ドアの向こうに敵が二人見える。彼らは警戒こそすれどこの家から二人の命が消えたことには気づいていない様子だ。

私は手で敵2名を補足、と他の隊員にわかるようサインを出す。そしてファイバーカメラに取り付けられた不可視のレーザーでその2名をマーキングした。

「01へ、敵をマーク。狙撃準備」


01の二人組はマクミランTAC338とレーザー付き測距儀を使用して対象の砦を監視していた。

『01へ、敵をマーク。狙撃準備』

「こちら01、了解。確認する」

狙撃手はスコープに表示されたマーキング情報を確認した。衛星からもたらされる詳細な距離と測距儀に装着された風速計、コリオリの計算でそのマーキング対象までの狙撃位置が表示される。

「マークチェック、ファイヤ」

狙撃手はマクミランの引き金を絞り、直ぐ様ボルトを操作して次弾を発射する。

1秒もないうちに発射された二発の弾丸はプロフィットの潜む家の壁を貫通し、歩哨の一人の脳幹を破壊した。それに気づく前にもう一人の歩哨は右目に弾丸が貫通し、その場に崩れ落ちる。


一部始終を見届けた私は01に心の中で称賛の声を送り、人の倒れた物音にプロフィットが気づいて喚き出す前に私ともう一人の隊員でドアを蹴破って中に突入する。

プロフィットは蹴破られた音で完全に気づいたようだったが、私達のほうが一歩早かった。

彼がベッドサイドの拳銃を手に取る前にそのみぞおちにライフルのストックを叩き込む。

鈍い悲鳴が上がり、彼は蹲った。すかさずもう一人の隊員が彼の手足を引っ張ってタイラップで縛り上げ、仕上げに私は暴れる彼を押さえ込みながら静脈に鎮静剤を投与した。

彼は抵抗する力を失い、その場で気絶する。

「こちらマリア、プロフィット確保。LZまでカバーして」

もう一人の隊員が彼を背負い、家の外へ出た。


マザーは確保の声にとりあえず安堵し、直ぐ様脱出計画を始動する。

「AH-6は引き続き警戒だ。ブラックホークを空域に戻せ」

「タスクフォース105は空域に戻ります。パイロットとつなぎます」

アシュレイはそう言うとタスクフォース105のカインライトに無線をつないだ。

『こちらカインライト大尉、少佐、どうぞ』

「カインライト大尉、部隊は目標を奪取。離脱させろ」

『了解しました、直ちに』

カインライトのブラックホークは間もなく空域に突入する。

パキスタン空軍に潜入しているCIAのモグラに関与させ、一時的にレーダー情報を混乱させる処理をした。彼らには空域に侵入するカインライト機をパキスタン陸軍機に見えるよう偽装させている。


驚くほどにスマートな仕上がりだった。プロフィットを連れ、私達は砦から逃げ出すことに成功したのだ。01の待機する山場まで戻り、そこでヘリを待つ。

「ISIには痛手でしょう」

私の言葉にケインズは笑う。

「間違っても米軍の仕業とは彼らは言えない。プロフィットは国際指名手配の身、いくらISIとてそれを明かしてまで非難はできない。そういう複雑な案件だ」

「ヘリ到着します!」

誰かの声で私は空を見上げる。ブラックホークが遠くの山間に姿を表した。護衛のAH-6も一緒だ。


ブラックホークは抵抗を受けることなくLZに到達し、隊員たちはプロフィットをヘリのキャビンへ押し込んで周辺警戒を忘れない。

「全員のりこめ、パキスタン人に気取られるぞ」

ケインズを最後に01と02の隊員たちは機内へと収まった。

「機長、OKだ!」

「了解、離陸します」

ブラックホークは空へと舞い上がる。

『こちらマザー、ご苦労だったがバグラムまでがこの遠足の道だ。現在無線情報の傍受でISIが砦で何かあったことに感づいて現地に子飼いのゲリラを集結中。同時にパキスタン陸空軍機2機がスクランブルしている。君たちがアフガニスタン空域に入ればF-15が援護する』

どうやら下は蜂の巣をつついたようになっているらしい。

「我々は気取られないように離脱する必要があるぞ、機長」

「任せてください。”前”にパキスタンに入ったときは大丈夫でした」

ケインズは苦笑した。

「アボッターバードは御免だぞ、頼む」


30分の後、ヘリはパキスタンとアフガニスタンの国境上空を無事通過。パキスタン空軍は我々を見つけられず、ISIもまたアリ・ナハルが”誰”に連れて行かれたのかは気づいていた。だが、その真実を表すには彼らはあまりにも”汚れ”ていた。


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