桜蛍(さくらぼたる)

第1話 桜蛍

 あるところに、リューンという王国があります。そこには、国が誇る大樹がありました。

 人が百人いなくては幹を囲めないほど大きなものです。

 花びらが淡い色をしていて春の短い期間しか咲きません。その後は、花を散らして緑の葉をたずさえて春が来るのを待つのです。

 

 小さな大陸のリューン王国では、この大樹は桜蛍さくらぼたると呼ばれています。


 なんでも、この王国が誕生したその年に記念を祝って、宴をひらいたそうです。宴は、御馳走ごちそうがたんまりだされて、王が国民の労働をねぎらおうと音楽隊に国家を演奏させました。

 それは、優しい旋律でした。

 誰もを包み込んで、あたためるような……そんな音色でした。それにつれられてやってきたのが、たくさんの蛍でした。

 蛍たちは、春色に体を光らせて、人々を魅了させたかと思うと一番大きな大樹で羽を休めるのでした。

 それは冬のある日のことでしたが、蛍たちはその樹木を気に入ったのでしょう。

 春になるにつれて、蛍たちは花びらとなりました。

 その名残なのか、それから毎年春になると桜蛍の樹木だけが、花を咲かせています。

 やはり、そこは〈蛍〉と名がつく通りに、発光しているのでした。


 けれど、今年はなかなか咲きません。桜色の花びらも、緑の葉っぱも。

 国民はどうしてだろうと心配しますが何もできません。

 困っている間に、冬になりました。


 そこへ、音楽隊の少年たちが言いました。困って何もできないばかりではいけません。


 もう一度、蛍たちが来たときを再現しよう、と。


 冬のある日、さっそく宴がひらかれました。

 音楽隊たちが国家を奏でます。小さな大陸中に音色は響き――大樹は、息を吹き返したように、桜色に光り始めました。

やがて蛍たちは、樹木を離れて。

遠い昔。あの日のように、空を飛んで人々を魅了させながら、リューン王国を離れていくのでした。


                 了 


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桜蛍(さくらぼたる) @fuzimiya

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