第7話 安息ノ日

ドアの横に取り付けられたインターホンを押すと、軽く電子音が鳴った。マイクのスイッチが入りザザッというノイズが向こう側から聞こえる。

「おっじゃましまーす」

『ポストに鍵入ってるから勝手に入れ』

 インターホンから流れる門馬の声に従い、ポストの中を探る。確かに家の鍵らしき冷たい感触が手に当たった。引っ張り出すと銀色のプレートでできた、犬のキーホルダーがついていた。なんとなく門馬の連れている式神のタロに似ている気がする。あいつそんなにタロのことほんと好きだな。

 鍵の隠し場所として植木鉢の下とかポストの中とか、ベタすぎる隠し場所だと思うのだけど、泥棒に入られるより一人暮らしで鍵を紛失して入れなくなることの方が可能性としては心配なのだろう。それにゴーストバスター門馬なのだから、きっと招かれざる邪な侵入者用の罠の一つや二つは設置しているに違いない。

「よし」

 気合を入れて鍵を鍵穴に差し込みガチャリと回す。初めてゴーストバスター業に参加した時や蜘蛛退治の時なんかに泊り込んだりはしていたけど、なんだかんだで門馬の家に純粋に遊びに来たのは初めてだ。しかも今日は金曜日の祝日のため、明日も明後日も休みだ。完全完璧にフルで休日。

 遊ぶぞ、遊び倒す。

 

「すごい、軍事基地みたい」

「大げさだな」

「真っ黒」

 初めて二階にある門馬の私室に通された感想がそれだった。部屋は洋服と同じく、全体的にダークでモノトーンなコーディネートだ。白い床と壁に黒のカーペットが敷かれ、家具やそのほかの小物類も黒で統一されていた。唯一、壁にフレーム付きで飾られているゲームのキャラクターポスターだけが彩を添えており、背の低い、部屋の真ん中に置かれたテーブルはガラス製の天板で、モダンな雰囲気を演出している。

「ほっとけ」

 真っ黒という感想にたいして門馬は不満顔だ。

「このパソコン、ごっつ!」

 右の壁際に置かれた黒い机の上を見ると、長細い箱のようなものとモニターの横にデーンと置いてあって、モニターも二面置かれている。ネットサーフィンやレポート、部活の新聞記事を書くとき以外はそんなにパソコンのお世話になっていない俺は、普段ノートパソコンくらいしか使わないためその存在感に驚いた。

「それはゲーミングPC。いい加減座れ」

 門馬は床に置かれた巨大ビーズクッションを指さした。人をダメにするクッションって言うんだっけ。確かに座ってみるとなかなかの座り心地だ。ダメになりそう。

 

「あ、これこの間飼ってるって言ってたヘビ?」

 低めの本棚の上に置いてある水槽が目に入った。初めて家に来た時、確か蛇を飼っていると言っていた。門馬はその話題に嬉しそうに乗ってきた。

「そうだ。蛇は初心者でも意外と飼いやすい」

うんうんと一人で頷きながら腕を組んで話し出す。

「餌をやる頻度は、個体によって違ってくる。大体週にニ回か三回マウスを一匹ずつ。冬場はヒーターを入れて温度を一定に保たないといけないけど、広めの水槽とかで飼える。小動物みたいにちょこまか動かないからうっかり踏み潰す事故も起こりにくい」

 水槽の中に手を入れると、植木鉢を外に出す。その中には蛇がとぐろを巻いており、突然部屋がなくなったことに戸惑っているように、顔を上げた。門馬はその手の上に蛇を乗せ、俺に見せた。柄はニシキヘビのようだが身体は小さく、目は黒くてつぶらだ。

「へー、かわいいんだな蛇って。世話簡単そうだし」

 あまりペットとして飼うイメージはなかったが、これならいいかもしれない。

「簡単でも餌のネズミ注文し忘れたらダメだぞ」

 すっかり門馬は先輩モードだ。

 それからしばらく蛇と戯れて遊んだ。ひと段落したところで蛇を水槽に帰した。蛇はやれやれひどい目にあったという感じで、植木鉢の下に滑り込んでいった。


 ひと段落したところで持ってきたお菓子を開け、二人でつまむ。ポテトチップスを食べるためにわざわざお箸を取りに行くあたりに、絶対ゲーム機のコントローラーを手についた油で汚したくないというゲーマー魂を感じた。 

「とりあえず、ゲームでもするか?うちゲームしかないけど」

 それは部屋に入った時点で大体察していた。

「やるやる。今まで数えるほどしかやったこと無いけど」

 小中学生の時何人か集まった時、確か某有名会社の対戦ゲームとレーシングゲームをした。そして俺はボロ負けたんだっけ。

「わかった。じゃあメジャーなタイトルからやってみるか」

 門馬は、銃を持ったかっこいいゲームキャラクターが表紙のパッケージを取り出し、テレビにつないであるゲーム機にセットした。

 

「むりむりむり、門馬代わって!」

「は⁈ 今渡すかフツー!」

 ゾンビに囲まれパニックになり、門馬にコントローラーを投げた。半ギレで受け取った門馬は照準を構え、襲いかかってくるゾンビ達の頭を打ち抜いていく。

「すごい。俺一体につき六発くらい使ってた」

「頭狙え頭。二、三発でいける」 

 その言葉通りサクサクとゾンビを撃ち殺していく。

「よし、片付いた。次は探索」

 コントローラーが返ってきた。

「えー、ゾンビこわーい」

「ぶりっ子するな、行け」

 しぶしぶ歩き出す。廊下の壁に扉を見つけ、ノブを回す。またゾンビが飛び出てくるのではないかとヒヤヒヤしたが、扉の向こうには狭いロッカールームで何もいなかった。ほっとしながらひとまず探索ということで、次の部屋で弾丸とガンパウダーを二つ手に入れる。

「ガンパウダーって何?」

聞きなれない単語に首をひねった。

「ガンパウダーとガンパウダーを合わせると、弾丸が出来る」

門馬はなんでもないことのように説明したが、聞いても意味がわからない。

「ガンパウダーしかないのに?」

 同じものを組み合わせても、同じものにしかならないのでは。

「それがゲームだ」

 これがゲーム、その言葉に妙に納得した。そしてアイテムボックスを開き、言われた通りガンパウダー二つで弾丸を錬成した。

 

 もうこれで何体目だろ。なんとかゾンビを撃退したものの、俺の精神は疲れ果てていた。ゾンビを倒すだけの人生に意味はあるのか?

「もうちょっと落ち着いて遊びたい」

ため息をつくと門馬は後ろの本棚の方を向いてゴソゴソしている。

「そんな守口にはこのゲーム」

 ギブアップを見越していたのか、門馬はスッと別のゲームのパッケージを取り出した。

「ノベルゲームだ、シナリオはサスペンス。小説読むみたいにストーリー進めていって、いくつかの選択肢で分岐する」

「へー、小説みたいに読んでいくのか。それなら出来そう」

門馬はにっと笑った。

「選択肢選ぶだけ。簡単だ」

 

「どこが簡単だよ」

 まさかのデッドエンド。画面に映された主人公の視界がブラックアウトしていくのをなすすべもなく見つめた。

選択肢間違えたら死ぬなんて聞いてない。めっちゃドキドキする。

「攻略サイト見るか?」

 門馬が携帯を操作しながら聞いてくるが、それに対して首を横に振った。

「いや、見ない。頑張る。というか面倒くさい」

「面倒なだけかよ。そこはカンニングでも何でもする粘り見せろ」

「無理だって。それにいちいち手順見ながら操作するのって、説明書読みながら机とか組み立ててる気分になる」

「分かった。そこまで言うなら自力でがんばれ」

 細く息を吐き、集中。一つの選択ミスが未来の悲劇につながる。少し前の会話ならさかのぼって選択しなおすことも可能だが、あまり過去には戻れない。このゲームを始めてから初めて、自分の行動が及ぼす影響とあったかもしれない未来について思いをはせるようになっていた。きっとこの先に皆で笑える未来があると信じて、ここは冷静に犯人の証拠を一つずつ探ろう。

 

「え、うそお」

 ダメだった。バッドエンドの文字が画面に表示される。今度は死にはしなかったが主人公以外が全滅してしまった。

「器用にダメな選択肢だけ選ぶよなお前」

門馬は妙なところで感心している。

「いや、このゲームが難しいだけだろ。なんだよ壁の非常ボタン押したら宿が爆発って。そもそもバッドエンドの分岐、分かりにくすぎじゃない?」

 前回は証拠探すのにロッカーをあさってただけで、宿の主人に通報されてバッドエンドだ。

「その金槌、どっから持ってきたんだって言われて、素直にスタッフ専用のバックヤードにあるロッカーって、言うか普通」

 門馬はポテチを箸でつまみながら言った。

 これはゲームだろ、なんでそこだけリアルなんだよ。

「ゲーム向いてない。あんまりハマらない」

 コントローラーを放り投げ、ひっくり返る。

「なんか普段やってるゴーストバスターっぽいのない?」

 ゾンビ退治が無理だったことを棚に上げ門馬に無茶振りをしてみると、また後ろの本棚をごそごそしだした。

「これとか?」

 渡されたパッケージには薄暗い背景にひとりの少女が佇んでいる。

「ホラーゲーム。しかも」

 本棚の横のごちゃごちゃと散らかった黒い塊の中から、何やら頭にかぶるらしきゴーグルのようなものを取り出す。

「VR対応タイトルだ」  

 バーチャルリアリティ、略してVR。聞いたことはある。遊園地やカラオケ、ジム等でも導入されているため、使ったことはまだないが存在自体は知っていた。視界全体を覆うディスプレイにより、三六〇度のグラフィックに対応しているらしい。その没入感たるやまるで現実のようだと聞く。

「やる」

 これならやれる。そう思った。

 

「酔った」

 開始十分。あ、これダメなやつ、と思った瞬間グエッときた。視界全体をモニターで覆っているため、身体の動きと視覚情報のズレがダイレクトに三半規管を刺激するみたいだ。特に階段とかの上下運動がキツイ。

 ひとまず徒歩での移動が困難なため、目をつむってダッシュし立ち止まってから目を開くを繰り返す、そんなアナログなセルフテレポーテーションで対応した。

 しかしそんな状態では周囲に警戒することなんて出来るはずもなく、何度目かに目を開けた瞬間、目の前に居た怨霊に殴り殺された。高笑いする怨霊の声を聞きながら、人間死ぬときは妙に冷静なものだなぁ、と臨死体験をする。

「ゲームの才能ないな、お前」

「もうむり。吐く」

「ここではやめろ」

 ゴーグルを取り、何度目かわからないがひっくり返って天井を見た。その時、本棚の上に置かれた箱に気づいた。

「あれ何?」

「あー、あれか。ちょっと待ってろ」

 門馬が椅子に登って箱を下ろし、ひっくり返すと、六面や十面のサイコロがいくつか、小さなモンスターのフィギュア数体、地図が何枚かと厚さが五センチくらいある大きめの本が出てきた。

「TRPGセット」

「何それ」

「ボードゲームみたいなもの。シナリオに沿って進んでいく。ゲームの進行係のゲームマスターとプレイヤーが、口頭でやり取りしていくシミュレーションゲームだ。ゲーム中に起こした行動は、ダイスを振って出た目の数で結果が分岐する」

 門馬はサイコロ、もといダイスを指さした。

「メンバーは少なくても三人以上いた方がいいけど。二人でも出来ないことはない。やってみるか?」

「やる」

 モニター無しのゲームならいける気がする。

 

「目の前には触手の生えた腕が何本も水面から立ち上り、ゆらゆらと揺れています」

 ゲームマスター門馬がゲームのシナリオ本を片手に、とうとうとプレイヤーが直面している場面を口頭で描写していく。俺はその内容に従って、どう行動するかを決めてこちらも言葉で伝えないといけない。

「あなたは今までに見たことのない形の生物を目にして、動揺しました。じゃあSAN値チェック。十面ダイスを振れ。ダイスの出目によっては発狂するから気をつけろ」

 ダイスの出目なんて気のつけようがない。

「よし行け」

 SAN値って確かそのプレイヤーの正気度を表す数値で、減りすぎると発狂するんだよな。

 十面ダイスを転がした。六。

「発狂したな。次、どんな行動とるか決める。六面ダイス振れ」

「三」

「手に持った地図をあなたはムシャムシャと食べ始めました」

「まずそう」

「タバコ食えとかじゃなくて良かったな。死ぬぞ」

 今日ほんと、何回死んだっけ。

 

「結構面白いなこれ」

 四時間程かけて、一つのシナリオをクリアした。もう外は日が沈んで大分経っている。

「ゲームマスターの負担デカイけど」

 門馬は読み上げていたシナリオを放り投げ、床に仰向けに倒れる。おつかれモードだ。

「でも一番向いてた。多分」

「よかったな、向いてるゲーム見つかって」

 門馬はのっそりと起き上がり、手を上に伸ばし、伸びをした。

「これ、家族で遊んだりしてたの?」

「あぁ。母親がこういうの好きだったから、父さんと付き合わされた。小さい頃はよくやってたな」

 そういえば普段、あまり門馬から家族のことを聞くことはなかった。この機会に気になっていたことを訊いてみることにした。

「これ聞いていいのか分かんないけど、いつ頃門馬のお父さんとお母さん、居なくなったんだ?」

「別に気使わなくていい。中学一年の頃だ」

 門馬は後ろの本棚に寄りかかった。

「超常現象対策課からの仕事を受けて、そのまま。後で知ったけど、やつら、自分たちが失敗した仕事こっちに回してきやがったんだ。尻拭いくらい自分でしろっていう」

「それからずっとゴーストバスターやってたのか?」

「あぁ、鬼門からくる怪異どうにかしないといけないし。でも小学生の頃から親の仕事手伝ったりはしてたから、知識はあった。失敗もしたけど、場数踏めば慣れる」

「苦労してんな」

 小中学生の頃なんか、何も責任を負うような事はしていなかった。勉強やら部活はあったが、それは自分の為だ。

「そうでもない。稼げさえすればある程度、好きに生きていけるから」

 たしかに自由ではあるかもしれない。それでも、子ども時代に子どもとして生きられないのは、なんか損してる気はする。

「そういえば守口、まだ時間大丈夫なのか?」

 門馬が見上げた時計を見ると、既に遅い時間帯だ。

「そうだな、そろそろ帰る。次はオススメ映画大会な」

「俺、お前と映画の趣味合う気しない」

 顔をしかめている門馬は、どうやら雪女退治の時、幻覚で見せられたレンタル屋でのことを思い出したらしい。その時は俺のお気に入り映画タイトルを門馬の目の前に並べていっていたが、ことごとく不評だった。

「だからこそ。新ジャンル開拓は大事」

 開き直って言い切ってみた。本音を言えば、オススメをお勧めしたいだけだが。

「わかったわかった。今度な」

 門馬はあきらめて折れてくれた。


 淡い暖色の電灯に照らされた玄関に立って片手を挙げる門馬に手を振り、外に出る。敷地に停めたバイクにまたがり、路上に出てエンジン音を立てながら加速していく。

 頭の中に、いくつか映画のタイトルをピックアップしていく。門馬が面白がりそうな映画ってそういえば何だろう。

そんなことをぼんやりと考えながら、白い街灯に照らされた夜道を走った。

 

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