第5話 ジムノ怪

「お前、ジャージ持ってるか?」

 金曜の放課後、授業が終わって伸びをしていたら門馬にちょっと来いと言われ、ついていった人気のない廊下の先で開口一番聞かれたのがそれだった。これが他クラスのクラスメイトなら体操着を忘れたから貸してほしいのか、と考えるが今週の体育は既に終わっている上、門馬とは同じクラスだ。

「学校のやつじゃなくて?」

 念のため訊いてみる。

「それ以外」

「あるけど。七着」

「一週間暮らせるじゃないか」

「中学ん時のバスケ部用だったんだよ」

 部活時代は一週間みっちりと練習予定を詰め込まれ、二着しかない学校の体操着では洗濯が追い付かず、みんな自前のジャージを着て練習していた。そして高校に入学して部活をやめた今、一週間分の部屋着になっている。

「それがどうしたんだ?」

「次の依頼が、ジムに出る霊の除霊だから」

「ジム?」

 入会したことはないが、そんなマチョイズムあふれるスポットでも幽霊って出るのか。成仏できなかったボディビルダーとか?

「そう。レッスンスタジオとか、休憩室をうろついているらしい。できるだけ早めに来てくれ、ってことだから今週末には行こうと思ってる」

「今週は土日両方空いてる。どっちでもいいよ」

「じゃあ明日の土曜に」

 その場で待ち合わせの時間と集合場所を決め解散した。


 次の日、待ち合わせの駅に向かうと、門馬はすでに着いていた。足元には式神のタロが丸まって寝ている。

「タロやい」

 声をかけるが知らんふりだ。

「行くぞ」

 門馬の声に耳がぴくっと反応し、大きく伸びをするとてってっと主人の後を追った。俺にもちょっとくらいなついてほしい。

 

 ジムは駅から三分程離れたところにあり、便利な立地だった。新しそうなつるつるの看板が夕日を照り返している。その後ろにある箱型の白い建物に出入りする、レッスン後の子ども達や仕事帰りの大人達。

「流行ってるなぁ」

「新しくオープンしたばっかだからな。この辺ジムなかったし」

「俺も通おっかな」

「鍛えとけ鍛えとけ」

 門馬は俺の入会に乗り気だった。

「門馬も通わない?」

 一人より二人のほうが続く気がする。

「人の多いとこ、嫌いだからパス」

 そうなのか。でも確かにそんなイメージはあった。学校でも大勢が集まる場所ではすっと姿を消し、いなくなってしまう。

 門馬はジムのガラス扉を押し開け、カウンターの人に話しかける。

「すみません、門馬と申します。オーナー様と面会の約束がありまして」

「申し訳ありません。オーナーはただいま席を外しておりまして」

 カウンターのお姉さんは困り顔だ。

「メールで昨日、返信もちゃんと来てたけど」

 門馬は携帯を取り出して、オーナーからの返信を見せた。

「おかしいですね」

 お姉さんは首をひねっている。

「あら?もしかしてゴーストバスターさん?」

 マチョイズム、ここに極まれり。というくらい筋肉に包まれた男が現れた。いや、男か?

「私、オーナーに案内頼まれた釜田。よろしくね」

 くね、っと頬の下に手を当て、ポーズをとった。肩の筋肉が盛り上がる。

「よろしくお願いします」

 さすが門馬、まったく動じない。

「いやん、こんなにかわいいゴーストバスターさんなら毎月来てほしいわ」

 ゴーストバスターって月額料金いくらだろう。

「じゃ道すがら、説明するわね」

 バチコンとバシバシに伸ばしたまつげでウィンクをして、釜田は歩き出した。その後ろを門馬と俺がついていく。

「あなたたち、幽霊とか見えるの?」

「見えますよ、ばっちり」

 俺が保証した。

「奇遇ね、ワタシも見えるのよ」

 うふんっ、と右手を頭に、左手を腰に当てセクシーポーズをつけながら釜田が言った。

「男だけ」

 そんなフィルターいらねぇ。靴箱で靴を脱ぎ、鍵をかける。そのまままっすぐ行くとロッカー室に突き当たった。

「ひと月くらい前かしら。ここの会員で、心不全で亡くなっちゃった人がいたのよね。それから他の会員さんたちが何人か、レッスン中とかにその人がいるのが見える、って怖がっちゃって」

 ロッカー室の扉を開け、俺たちは中に入っていった。何人か着替えている人がいる。

「あんまり人に聞かせる話じゃないわね。ついてきて」

 くるっと周囲を見て釜田が言った。ロッカー室の壁に、控室と書かれた扉がある。それを開け、三人は中に入る。六畳ほどの広さで、パイプ椅子が二つと長細い会議机が置かれている。

「さ、座って」

 俺と門馬は持ってきたスポーツバッグを床に置き、パイプ椅子に座った。釜田は椅子が足りないので会議机に腰かけたが、足の長さが余っていた。

「それで急遽あなたたちを呼んだわけ。まだオープンしたばかりで悪い噂なんて流れてほしくないから、できるだけ早く頼むわよ」

「分かりました。施設を見せていただいても?」

 門馬が事務的に問いかける。

「もちろんいいわ。でもせっかく来たんだし」

 蒲田はくねっと首を傾げ、かわいいポーズをとってから言った。

「君たち、ヨガしてく?」


「俺、こんな世界に足踏み入れることになるなんて今日家出た時、想像もしてなかったわ」

「普段にこにこ嬉しそうに怪異の中に突っ込んでいくやつが何言ってんだ」

「いや、だって場違いかなって。どうせ女の人ばっかなんでしょ」

 ヨガはヨガでも、ホットヨガだった。 部屋の両サイドに置かれた加湿器から水蒸気がシューっと音を立てて吹き上がり、部屋の湿度を上げていく。温度は高めに設定されていて、息苦しい。

「せめて入り口近くにいよう。息できない」

 ズルッと長細いヨガマットを引きずり、移動した。

 門馬もその右隣に陣取る。タロは外のマシンエリアにあるランニングマシンで遊んでいる。傍から見れば誰も使っていないランニングマシーンが高速で回っているのは、怪現象に見えるだろう。

「ヨガしたことある?」

「ない」

「だよな」

 メディアの影響かは分からないが、元々はインドの修行僧のためのものなのに、華やかな女子がやるもの、って印象が強くて手の出しづらさがある。

「けどストレッチはしてる」

「偉いな」

 中学の頃、バスケ部だった時の延長で筋トレはしているが、柔軟はあまりしていない。門馬に渡された練習メニューは、まぁ、気が向いたらやってる。


 時間が近づき、客が入ってきた。

「よかった、男性客もいるじゃん」

 中年のサラリーマン風のおじさんが、左隣に座り準備を始めた。会社帰りに健康のため、通っているのかもしれない。門馬がちらりと左を見て、正面を向くと軽くうなずいた。

 そして次に入ってきたのは、若いスポーツマン風の男だった。トレーニングウェアがカッコいい。こういうのを見ていると無性にスポーツ洋品店に行きたくなってくる。

 

 そして開始時刻。スタジオに並んでいたのは、見渡す限り、男、男、男。

「あなたたち、言い忘れてたけど。このクラス、メンズ専用上級者クラスだから」

 釜田が扉から入ってきて、入り口近くに座った俺たちに声をかけた。

「楽しんでってね」

 バシバシに伸ばしたまつ毛に縁取られた目で、バッチリとウィンクを決めた。


「根性出しなさい!」

 釜田の号令に合わせ、男たちが一斉にポーズを取る。

「ダンロップ!」

 両手両足を地面につけ、山なりに尻を天井に突き出す。

「からのチャイルドポーズ!」

 身体を丸め、胎児のポーズ。

「いいわよ!そしてうつ伏せ。腕立て伏せのポーズ!」

 これはいける。筋トレしててよかった。

「そして座って。両足を前に投げ出し、手先を前に!」

 右隣では門馬がグニャリと身体を真っ二つに折りたたんでいる。猫か。

 無理だ、と周囲を見渡すと、左隣の禿げ上がったおじさんが金冠の如く汗で頭を光らせ、悟りを開いた目であぐらのまま前を見据えている。両手の平を上に向け膝の上に乗せているその様は、まるで仏。

 諦めとるやんけ。

「ぬん」

 まっすぐに手を伸ばし、爪先を触る。よし、なんとか届いた。

「さぁ、次はマットの上に横になって」

 あぁ、やっと休める。

「足を頭の上に上げて、シャチホコのポーズ!」

「コヒュッ」

 喉が。駄目だこれ、俺の体の構造的に。諦めてポーズを解き、左のおっさんと並んだ。


 ポーズの難易度はどんどん上がっていった。これはしんどい。門馬は一見淡々とこなしているように見えるが、湿度の高さと温度にやられたのか普段から黒い目が光を失い、漆黒の目で空を見ている。俺は最後のストレッチだけ軽く参加し、他は仏の姿で過ごした。いきなり上級者向けとか無謀すぎる。きっと隣のおじさんもクラス間違えたんだろう。

 終盤に向け照明を落としたスタジオに、ゆったりとした音楽と釜田の言葉が流れる。

「仰向けに横たわり、目を閉じて。日頃の自分に感謝をして、ゆったりと身体を休ませてあげましょう」

 あぁ、そうだな。ほんと日頃の自分頑張ってるわ。たまには労らなきゃな。そういえば最近夜に映画観てるせいで眠れてない。雑念に呑まれながら俺の意識は、暗いスタジオの中に溶けていった。

 

 ふわっと光の中に意識が浮かび上がる。

「うわっ」

「うわって何よ。よく寝てたわね」

 視界一杯に広がった釜田の顔がニッコリと笑った。

「仕事するぞ仕事」

 待たされた門馬は機嫌が悪そうだ。

 そうだ、スタジオの除霊だ。

「いたの気づいたか?」

 門馬が俺を見下ろして言った。

「気づくわけないだろ。門馬見たのかよ」

「お前にも見えてたぞ。お前の左にいたおっさんが幽霊だ」

 あの、あきらめて仏のポーズとってた人?

「え?嘘だー」

「ほんとよー?毎週いつもこの時間、あそこにいるから女の子たち、何人かの見える子は怖がっちゃって。しばらくお休みしてたんだけど、空けたままにしとくのも勿体ないし、急遽メンズクラスを作ったのよ。怖がる間もないくらいハードなメニューのね」

 それであんなにレベル高かったのか。

「それに鏡におっさんの姿、映ってなかったろ」

 そうだっただろうか、そこまで見ていなかった。

「で、おっさんは?」

「今休憩室に移動してる」

「生きてるみたいだな」

「死んだからっていきなり行動パターンは変わらない」

「そんなもんか」

 死んでもジム来るとか偉すぎじゃない?俺ならサボる。

「だから生きてる時サボる奴は死んでもサボる」

 見透かしたような門馬の言葉に俺はよそを向いた。


 三人で階段を降り、休憩室に向かう。タロはランニングマシーンに飽きたのか、とことことついてきた。

「いたいた、あれだ」

 門馬が指を指した。

「マッサージ椅子に座ってる」

「どこが凝ってんだ。フニャフニャじゃないか」

 おっさんの姿はマッサージ椅子の震動に合わせて蜃気楼のようにグラグラ揺らいでいた。

「気分の問題だろ。実際、揉みほぐすより接骨院行ったほうがいい、ってこの前聞いた」

「どこで聞いたんだ?」

「接骨院」

「そりゃそう言うだろ」

 向こうも商売だ。

「まぁ、根本治療しないと意味ないっていうのは、確かよね」

 ふんふん、と釜田がうなずいている。

「何の話だったっけ。おっさんだ」

 あれどうにかしないと。今だって誰も使っていない椅子が勝手に動いていることになっている。誰かがつけっぱなしにしているだけって、思ってもらえるといいけど。

 おっさんがリモコンをピピっと操作する。ぐわんぐわんと椅子の動きが大きくなる。

 最大出力だ。何してくれてる。

「おじさん、ちょっといいかな」

 門馬が近づいて行った。

「なんだ?」

 おっさんが怪訝な顔をしている。

「あんた、気づいてないかもしれないけど、先月ここで死んでるんだよ」

 いきなりド直球だ。

「そうか、私は死んだのか」

 おっさんはうつむいた。

「そんな気はしていたよ。誰に話しかけても気づいてもらえないし、私の姿に気づいた女の子には悲鳴上げられるし」

 後半はなかなかメンタルがえぐられそうだ。

「俺ならあんたを行くべき場所に連れてってやれるけど」

 門馬は手を差し出した。

「そうだな、お願いするよ」

 おっさんはふぅっと下を見てから、妙な光を宿した目で、門馬を見た。

「でもね、その前に。死ぬ前に一回やって見たかったことを、しようと思う」

 おっさん、もう死んでる。

「止めてくれるな」

 おっさんは俊敏な動きでマッサージ椅子から飛び降り、走り出した。

 門馬は不意を突かれ、一瞬差し出したままの自分の手を見てからその後を追った。

「おっさんを追え!女子更衣室だ」 

 廊下の先にはピンクの扉が開け放たれていた。

「俺ら入れねーじゃん!」

「ワタシに任せて!」

 釜田がムッチリした二の足でクローチングスタートのポーズを取ると、一瞬の風になった。そしてそのまま女子更衣室に入っていく。釜田さんさっき男子更衣室にも普通に入ってたよね?

「これを持って待ち構えろ。おっさんに被せる」

 門馬がスポーツバッグから白い大きな布を取り出した。

「シーツ?」

「封印に使う布。これで身体を覆って閉じ込める」

 しばらく悲鳴とドタバタという音が聞こえていたが、とうとうおっさんが必死の形相で飛び出してくる。その足を、扉の前で待機していたタロが噛んだ。

「うわぁ!」

 悲鳴を上げ、床に転がるおっさん。

「よっしゃ」

 用意していた幽霊捕獲用シーツをかけてくるむ。タロが隙間から飛び出してからシーツの端をまとめ、最後は門馬の水晶でできた数珠のブレスレットでくくった。サンタの袋みたいだ。

「これでしばらく出てこられない。その間に」

 門馬が茶色の瓶を取り出した。栄養ドリンク系の炭酸飲料のラベルが貼られている。

「ジュースの空き瓶?」

「ちゃんと洗ってある」

 その瓶の中に折り紙の包み紙から少量の塩を流し入れ、何やら小瓶に入った怪しげな黒い粉末を加える。それを軽く振って混ぜ、まとめたシーツの口に当てた。

「袋絞って」

「え?」

「端から空気抜くみたいにしてくれればいいから」

 きゅうきゅうと中身を押し込む。中のおっさんの手ごたえはなく、本当に空気しか入っていないみたいだ。ちゃんと霊体なんだなぁ、と妙なところで感心した。

「できた」

 袋はぺちゃんこになっている。門馬は瓶の口を袋から離すと素早くキャップをして閉じ込めた。

「なんでその瓶なの」

 ジュースの空き瓶を指さした。確か研修の時は缶だった気がする。

「別に瓶でも缶でもいいんだけど。瓶の中でも色の濃いやつは日光遮るからな。保存が効きやすい。理科室の薬品瓶とかそうだろ?」

 霊体の品質を保とうとするのは、ゴーストバスターの常識なんだろうか。

「幽霊保存してどうするんだ、熟成させるのか?」

「回収業者に渡す」

 回収業者?

 怪訝な顔をしている俺を気にすることなく、門馬は釜田に向き直った。

「これの処分はこちらに任せてもらっていいでしょうか?」

「いいわよ。でも死ぬ前に女子更衣室に入ってみたかったって、ささやかな夢よねぇ」

 釜田、両方躊躇なく入るもんな。


 俺たち二人は着替えを終え、ジムの前で釜田を待っていた。

「結局、俺ら必要だったの?」

 幽霊見えるし、あのマッチョならふんじばるのも余裕なんじゃなかっただろうか。握りつぶすだけでいけそうな気がする。

「封印しただろ」

 門馬がシャカシャカと瓶を振った。

「ヨガしてた時間の方が長いぞ」

「まぁ、解決はした」

「お待たせぇ」

 釜田が駆け寄ってきた。私服のレザーのパンツがピチピチしてる。

「さてと、解決したことだし。グッボーイ諸君。打ち上げ行きましょ!」

 ちょうど正面にいたため、俺は釜田のウィンクをまともに食らった。


「なんでスイパラなんだ」

 スイーツパラダイス、略してスイパラ。甘味系バイキング店の名称である。

「甘いもの嫌い?パスタもあるわよ」

「そうじゃなくて」

 店は若い女の子たちでいっぱいだ。男子高校二人とマッチョなオネエの組み合わせは目立ちすぎる。店内の女の子達にチラチラこちらを見てはヒソヒソクスクスされる。いたたまれない。

 しかし門をくぐってしまった以上、ここは楽しまなくては損だ。腹をくくろう。

 皿に全種類のパスタを盛り、席に戻る。釜田は両手にパスタとケーキをそれぞれ盛り上げた皿を持ち、ウキウキと浮き足立っていた。

「バランスよく食べなきゃね!」

 炭水化物しかないだろ。

「門馬は?」

「ケーキコーナーで真剣に選んでたわよ。あ、帰ってきた」

 門馬の皿にはケーキとケーキとケーキ。ミニパフェとアイスとケーキしかなかった。

「甘党か」

「酒もタバコもやらないんだ。これくらいの楽しみがないと生きていけない」

 そうは言っても、俺たち未成年ですから。

「それでは、若きゴーストバスターズに乾杯!」

 三人でグラスを合わせ、乾杯する。

 

「一生分のパスタ食べた」

「生まれて初めてもう甘いもの食べたくないと思った」

 門馬が呻いた。

「そりゃ、三皿お代わりしたらそうなるだろ」

「でも思ったより悪くない」

「次は一人で行ってこい」

 もうあの空間には足を踏み入れたくない。

「そのおっさん、どうするの?」

 スポーツバッグの中にしまわれた瓶を指さした。

「明日回収業者に渡す。気になるなら見に来るか?」

「うん」

 魂の回収業者。死神っぽくてなんかかっこいい響きだ。


 次の日の夕方、門馬の家に行った。業者の居る場所はそこからそんなに遠くないと言う。

てくてくタロを連れて歩いていくと、リアカーが見えた。焼き芋屋みたいだ。というか、いいにおいがする。本物の焼き芋屋だ。

「おぉ、門馬の坊ちゃん」

 頭に鉢巻を巻いたおじさんが顔を上げた。

「坊ちゃんっていうの、やめてくれ」

 門馬は嫌そうに顔をしかめた。

「坊ちゃんは坊ちゃんでさ。で、またあれですかい」

「あぁ。これ、焼いてくれ」

 門馬は昨日の茶色の瓶を取り出した。

「分かりやした」

 鉢巻おじさんは瓶を受け取ると、リアカーの下のほうについている側面の蓋を開いた。中には炭火がたかれており、瓶の中身をそこに放り込む。そして瓶は傍の屑籠に捨てた。

「これでよし」

「これでいいの?」

 下でたかれた炭火の熱が伝わり、上の焼き芋を蒸し焼きにしている。

「魂は火で浄化され、天に上る。世の理でさ。ところで坊ちゃんたち、ついでに食べていきますかい」

 鉢巻おじさんから芋を二つ買い、門馬と道路わきの花壇に座った。アルミ箔をはがすと、サツマイモの皮がこんがり焼けていた。ぺりぺりと皮をはがし、ほくほくほおばる。焼きたての芋はあつあつで、ぎゅっと甘味が凝縮されていて、うまい。

 おっさん、次こそは成仏しろよ。俺はリヤカーから夕焼け空へと上がっていく煙を見上げた。

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