第2話 研修ノ日
「呼ばれて来た守口です」
「入って良し」
玄関の鍵が内側からガチャリと音を立てて開いた。
「門馬、久しぶり」
「そんなにでもないだろ」
出迎えた門馬は学校とは違って、私服だった。黒のスキニーにゆったりとしたライトグレーのセーター。家の中なのに寒いのか、濃いグレーの地に、白い線が入ったマフラーをぐるぐる巻きにしている。髪と目の黒さも相まり、全体的にモノトーンな配色だ。
「一週間くらい休んでたじゃん」
「それくらいだっけ」
「さっさんが、これ持ってけって」
偶然廊下で出くわした担任の佐々木に、しばらく学校を休んでいた門馬に会いに行くと言うと職員室に連行され、今週の配布物セットを渡された。
「学校だよりとか別にいらないのに。佐々木元気?」
「元気元気。病院も日帰りだったって」
佐々木は一週間前の事件に巻きこまれ、気絶したまま救急車で病院に運ばれていた。しかし目立った外傷もなく「何故か目がヒリヒリ痛い」が唯一の訴えだったので、眼科に回された後、病院を日帰りしたらしい。今は至って元気だ。
「そっか。まぁ、とりあえず入れ」
「お邪魔しまーす」
門馬の横をすり抜け、広い玄関口へと歩を進めた。
「何回見ても、広いなこの家」
「一回しか見てないだろ」
それでも広い。全部見て回ったわけではないが、外から見た感じワンフロアの面積が、俺の住んでるマンションの二、三倍くらいある。
「今日呼んだのって、仕事?」
門馬とはゴーストバスター業を手伝う約束をしている。
「急に仕事なんか、危なくてさせられない。研修だ研修」
「研修」
ゴーストバスター、新米研修。
「何するの?」
「封印術。今日は基本だけやって、あとは簡単な仕事の中で教えていく」
そして門馬はビシッと言い切った。
「あとこれが一番大事。体力」
「体力」
鍛えろと。
「筋トレメニュー、渡しとくから毎日やっといてくれ」
一枚の紙をペラっと渡された。
「部活よりキツイじゃん」
ずらっと筋トレメニューが並んでいる。
「門馬これやってんの?」
「やってる」
それでこの体形って、よっぽど筋肉付きづらいんだな。ちゃんと食ってるのか?
「やるかやらんかは任せるが、やっといた方がいい。でないと、いざという時動けなくて死ぬ」
死ぬ。じゃあやっといた方がいいな。
「わかった」
神妙に紙を折りたたんで学生鞄代わりのスポーツバッグにしまった。
「じゃあ今日は基本その一。まずは見ること」
「見えてるけど」
視力はバッチリ。健康診断では一番上の判定だ。
「荷物はその辺に置いて。靴持って、ついてこい」
脱いだ運動靴を拾い、洋館の中を歩いていく門馬について行った。そして裏口らしきドアの前で、門馬は置いてあった運動靴を履き、立てかけてあった黒い網の虫取り網をのようなものを手に持ち、そのままドアを開けた。
「外でんの」
「ここから近いとこに、ちょうどいいものがある」
俺も靴を履き終え、裏口から出た。家の裏は鬱蒼とした木々が生い茂っている。冬でも葉を落とさない針葉樹林だ。
「このまままっすぐ。次の道を右に」
人が歩いてできたような、舗装されていない道をさまよう。
「着いた」
「ひっ」
俺は息をのんで、後ずさった。
「死体じゃん」
首吊り死体が、角を曲がった先の目の前の木にぶら下がっていた。
「後で警察呼ぶから安心しろ」
今呼ぼうよ。
「ひとまずこれで研修。周りに何が見える?」
「何って」
死体?以外は木。
「あ、あれ」
木の陰に立ち尽くす、女性の人影があった。髪で顔がよく見えない。こちらには気づいていないのか、斜め横を向いて木立の奥の方を見ている。
「そう、あれ。他には?」
目を凝らして木立を探った。
「あれ、何?」
女の人の様子を伺うように数メートル離れた所にしゃがんでいる、黒い男の影が見える。いや、男?人間か、あれ。
「なんかチュパカブラみたいなのがいる」
チュパカブラ。南米とかアメリカで確認されてるとかいうUMAだ。全身が毛に覆われていて、赤い大きな目を持ち、牙が生えていて、背中にトゲ状のものがあると言われている。家畜を襲い、生き血をすするというその生き物は、時々テレビの特集で取り上げられていた。
「それだそれ。ちゃんと見えてるみたいだな」
門馬は感心したように頷いた。
「あの女が自殺した人間の魂。もう一つがその魂を狙って来る、ハイエナみたいなやつ。悪霊って言えば分かりやすいか」
「狙われてるの?あの人」
「食べたいんだろう。ああいう死んだばかりでどうしていいかわからず迷っている魂は狙いやすい。そして人間の魂を食べて、悪霊は肥え太っていく」
「どうにかしないの」
「ここで研修その二。どうにかしろ」
どうにかって、どうするのか。
「これ」
一枚の札を渡された。
「裏がシールになってない」
前使ってたのはシール状だったが、これはただの半紙だ。
「今回は貼らなくていいから。これで悪霊を封じる。ここの中に」
門馬の手に握られているのはアルミ缶、カフェオレの。砂糖・ミルク多めって書いてある。キュッと回して口を閉めるタイプのアルミ缶だ。
「それでいいの?もっとちゃんとした壺とか使うのかと思ってた」
「別に器は何でもいい」
門馬はキュッと蓋を開けた。
「カミで動きを封じて、札でこの中に閉じ込める」
「イマイチわかんない」
カミ?
「まずは見本見せる」
スタスタとチュパカブラ(悪霊)の方に門馬は歩き出した。一定の距離まで近づくと、悪霊の背後の死角に回り込み、黒い虫取り網を構える。そのまま近づいて行って、一気に網を振り下ろした。
「ギャッギャッ」
妙な鳴き声を上げる悪霊。
「来てみろ」
門馬に声を掛けられ、近づいてみた。黒い網に覆われた悪霊は、黄色い目で俺をみて鳴いている。
「次に、この網を枠から外す」
門馬は悪霊が逃げ出さないように網の口を片手でまとめ、もう片方の手で金魚すくいのポイのように、ぱかっと虫取り網のフレームを開いた。そして網の口をくるっと巻いて団子結びにすると、完全に閉じ込めた。
「あとは、こいつを缶に押し込む」
あらかじめ緩めていた缶のキャップを取り、悪霊の網詰をぎゅうぎゅうと押し込んでいく。悪霊はギャッギャッと相変わらず鳴いているが、その声が徐々に小さくなっていく。そして完全に押し込み終わると、缶のキャップを取り上げて蓋を閉めた。
「で、これで仕上げ」
札を細長く捩ってみせ、それを缶のキャップの上で結んだ。
「はい、終わり。簡単だろ?」
簡単かな。言われてみればそんな気がする。
「向こうの木の裏にもう一匹いる。あの悪霊で今度はお前、やってみろ」
門馬の指さす方向を見ると、確かに木に隠れるようにして黒い影がもう一匹いた。らんらんと目を光らせて、女性の霊を見ている。
そして俺は手に新しいアルミ缶を渡された。今度はコーラ。一緒に渡された札を捩ってスタンバイ。
門馬は新しい網をずるりとポケットから取り出し、網のフレームにセットして俺に渡した。
「なぁ、この黒い網、何でできてんの」
近くで見ると、黒い網は妙な光沢がある。
「髪の毛」
「へー。ホームセンターには置いてなさそう」
「そういう物ばっかり扱ってるオンラインショップがあってだな」
「怪しげだな」
「サイトのデザインはおしゃれだぞ。材料の出自もクリーンだ。伸ばした長い髪を売りたいって人から買いとって作っているらしい」
姉が一時期調べていたので、日本国内に長く伸ばした髪の毛を売ることのできる店、というのがあるのは知っていたが、かつら以外にこんな使い道があったとは。
俺は気を取り直して、チュパカブラ、じゃなくて悪霊の背後から、そろりそろりと近づいていく。よーし、気づいてないな。いいぞ。
バッと虫取り網を下ろす。
「ギャギャッ」
ジタバタと暴れる悪霊によしよし怖くない怖くないぞ、と話しかけながら、あらかじめ緩めておいたコーラのキャップを外し、虫取り網のフレームから網を外して端をまとめてから団子結びにした。そして質量が全然合っていない気がするが、コーラ缶の中に悪霊を網ごと押し込んでいく。
「入った」
キャップを閉め、その上から札を細く丸めたもので縛る。
「上出来。上手いな」
門馬がパチパチと手をたたいた。
「失敗したらどうなってたんだ?」
「ん?殺される」
「マジか」
「まぁ、その前に助ける準備はしてたけど。研修だし」
そして門馬はポケットから携帯を取り出した。
「さてと、警察呼ぶわ」
「めっちゃ疲れたー」
発見時刻やら何やら聞かれて書類を書かされ、警察から解放された時には、すっかり日が暮れていた。幽霊になった女の人は、警察に自分の身体が運ばれていくのを見届けると、すっと姿を消した。死んだことが実感できたんだろう。
「大分遅くなったな。外に晩飯食いに行こうと思ってたんだけど、お前も行く?」
「腹減ったし行きたい。どこの店行くの?」
「寿司。近所にある普通のチェーン店だけど、そこのアイスが美味い」
寿司屋に行って、アイスか。まぁ、デザートとしてはアリだと思う。寿司屋のアイス。
「赤出汁いる?」
「いるいる」
門馬がタッチパネルにメニューを追加していく。
「あ、あとポテト追加で」
写真をみると、急に塩味が恋しくなった。
「お前、寿司屋来てポテトとか。もう帰れ」
「メニューにあるんだから頼んでもいいだろ。お前だってソフトクリーム頼んでるし」
「これはデザートだ」
「初っ端からデザート食うなよ、寿司を食え」
しばらくして、頼んだメニューが運ばれてきた。カラッと揚がったポテトが外側はカリッと、内側はホクホクしてて美味い。
門馬も美味そうにソフトクリームを食べてながらタッチパネルを操作していた。
「抹茶アイスもあったんだな」
悔しそうに、さっきは気づかなかった期間限定メニューをじっと見ている。
「これ掛けたら?」
テーブルに置かれた粉末抹茶の容器を渡すと、門馬は容器に付属していた小さいスプーンでソフトクリームに抹茶を掛けた。
「悪くない」
一口食べて気に入ったのか、抹茶の容器を手元から離そうとしない。俺、お茶飲みたいんだけど。
一心地ついたところで、流れてくる寿司に手を出すことにした。トロサーモンの皿をすくい取り、箸を割った。
「門馬ネタ何派?俺サーモン以外愛せないんだけど」
サーモンさえあれば、それでいい。
「お子様だな。俺は白子ポン酢」
「あー、たしかにそれも美味い」
二人で皿を積み上げていく。このチェーン店は一定の枚数を返却口に放り込むと、席の上にあるモニターのルーレットが回る仕掛けになっている。
「なぁ、門馬。ルーレット回してもいい?」
「別に俺、ルーレット回したい欲ないんだけど」
門馬の許しを貰い、溜まった皿を放り込み、ルーレットが回るのを見守った。
「当たり!」
甲高い声でルーレットが叫んだ。そして吐き出されたのはガチャガチャのカプセル。
「何かな」
開けてみると、あんまり可愛くないマスコットキャラクターのキーホルダーが出てきた。
「こういうのってどこに付ければいいんだろ」
そういう処分に困ったキーホルダーが家にはジャム瓶一つ分くらい溜まっている。
「んー、貸してみろ」
門馬が手を伸ばしてきたので渡してみた。するとさっき悪霊を封印したアルミ缶と一枚の札を取り出し、口に結んであった札をずらして素早く蓋を開けると、キーホルダーと新しく取り出したほうの札を放り込み、再び蓋をひねって閉じた。
しばらくシェイクしてから蓋を開き、開いた手のひらの上にコロンとキーホルダーを取り出した。キャラクターキーホルダーがチュパカブラのような悪霊型キーホルダーになっている。
「さっきのやつじゃん。ミニチュア?」
「そう、キーホルダーを依り代に悪霊固めてみた。封印されて解けないようになってるから安全」
「これどこに付ければいいの」
「その問題は解決できない」
結局最初の問題に戻った。とりあえず、バイクのキーにでも付けておくか。
門馬と家まで戻り、解散した。敷地内に停めていたバイクのほうに歩いていく。封印しているから大丈夫、と安心安全の門馬印をもらったキーホルダーをキーに着けて差し込んで、エンジンをかける。
冬の冷えた空気を感じながら、揺れる悪霊型キーホルダーと共に家路についた。
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