怪奇中毒

柴山ハチ

第1話 地下道ノ怪

旧校舎には出る。幽霊が。

 我が校の新聞部がネタに詰まった時の、伝家の宝刀だ。今も昔も怪談話は人気がある。

「守口、お前取材行ってこい」

 田中先輩が俺に消しゴムを投げた。

「先輩行ってくださいよ。俺オカルト興味ないです」

 人肌に温められた消しゴムをキャッチしながら抗議した。

「俺受験生だから。受験生ってあらゆる雑務から逃れる権利あるじゃん。今それ使うわ」

「勉強してないじゃないですか」

「だから本気で今から本気出さないといけない。しんど」

 先輩はさっきから全然進んでない数学の教科書に顔を押し付けた。

「明日までに提出の課題とかほんと無茶言う」

「時間あったはずなのにサボってた人が何ですか」

「部活動してましたー」

「じゃあ原稿見せてくださいよ」

「むり何も書いてない」

「先輩当てにしてたから俺も何も書いてませんよ。どうするんですか」

「お前も今週ずっと部室いたくせに何もしてないじゃん」

 パイプ椅子をきしませて、先輩は壁に椅子ごと器用に寄り掛かった。

「罰として取材行ってこい」

「結局最初に戻るんですね」

「写真二、三枚でいいからほら」

 先輩は手を伸ばすと部室の凹んだアルミ棚に載っている一眼レフを指差した。旧い型だか使う出番が少なすぎて、ピカピカに輝いて見える。

「写真取ってくる代わりに記事は先輩が書いてくださいよ」

 降参してクッションがへたり切った椅子から腰を上げ、カメラを首にかけた。


 怪談は伝家の宝刀とはいえ、校内の噂話となると数は限られてくる。

(旧校舎の屋上から飛び降り続ける転落死したヤギの話はちょっと前書いた。社会科研究室から異世界に飛べる話も、この前書いた)

「あ、さっさん」

 ちょうど社会科教師の佐々木が歩いてきた。

「お、守口。お前この前の新聞読んだで。勝手に俺の研究室異世界に繋げんなや」

 佐々木も同じことを考えていたらしい。

「あの部屋の隣の倉庫、わりと異世界じゃん」

「前の先生がアホほど置いてった古紙しかないわ。今日も取材か?」

「ネタ無さすぎてどうしようかなって。さっさんなんか知らん?」

「七不思議系か。俺この高校去年来たとこやから。あんま知らん」

「そっかー、俺も去年入学したとこ」

「担任やねんから知ってるわ。そういうたらアレとか良いんちゃうん、地下道」

「あー、あれか」

 入学したての頃、後輩にウンチク垂れたい当時二年になったばかりの先輩から、一番最初に聞いた話がそれだった。

「ここが戦国時代に城だった時、将軍が掘ったっていう地下通路」

「数百年経った今、入り口は女子トイレの中にあるっていう」

「絶対ムリ」

 全力で首を振った。

「一眼レフなんか持って入ったん見られたら、明日から学校来られへんな」

 佐々木が嬉しそうにニヤニヤしている。

「分かってて、なんで今その話したんだよ」

「地下通路の鍵、ちょうど今持ってるから」

 佐々木がチャラッとポケットから鍵を取り出した。

「なんで持ってんの」

「明日の朝、耐震工事の下見に業者が来るから、ついでに地下道崩落せんかどうか見て貰おうか、ってことになって」

「そんなヤバイモノの上にこの学校建ってんの、知らなかった」

「今まで大丈夫やってんから多分大丈夫や。写真撮るくらいやったら開けたるで」

「危なくない?」

「入り口から入らんかったら、別にいいやろ」

 そう言うと、佐々木は既に俺が取材することが決まったかの様に、スタスタと歩いていく。


 トイレの前に着くと、今まで賑やかだった佐々木が急に喋らなくなった。どうしたのか、と背中を見ていると、おもむろにトイレの中に入っていく。中は薄暗く、不気味だ。

 少しためらってから、続いて俺も入ってみた。地下道への入り口は、女子トイレの掃除用具入れの横、壁に取り付けられた金属扉だ。既に、地下道への扉は開いている。佐々木の姿はないが、おそらく中に入って行ったんだろう。安全確認もしていない地下道に入って行くほど職務への使命感を持ち合わせていない俺は、外側からパシャパシャと何枚か写真を撮り、満足した。

 一人でトイレから出て、トイレの入り口を念のため撮影する。すると急に後ろから声を掛けられた。

「良いカメラだな」

「うおっ、ビビった。門馬か」

 クラスメイトの門馬が立っていた。門馬について俺は、接点がなくあまり話したことがないため、時々学校を休むから身体が弱いのか、というくらいの認識しかなかった。

「このカメラか?部活の備品なんだよ」

 目の前に立っている門馬は、青白い肌を薄暗い照明に浮かび上がらせている。髪と目が真っ黒だから、余計にその白さが際立っていた。

「写真部?」

 動く唇には血の気がない。カメラに興味があるらしく、じっと見ている。

「新聞部。お前女子トイレの前で何してんの」

「一眼構えてる奴に言われたくないな」

「これ仕事。取材に来たんよ、心霊スポットの」

「わざわざ旧館の地下まで?」

「さっさんがなんかどうしても連れてってやるって言うから。そういや戻って来ないな」

 さっさんが入って行って、かれこれ五分くらい経っている気がする。まだ地下通路にいるのか。それかさっさん、女子トイレで何してるんだ。

「もしかして、開けたのか」

「何?」

「鍵」

「うん。さっさんが」

 頷くと、門馬は眉をひそめた。どうしよう、という顔をしている。

「中、危ないのに」

 じっと、様子をうかがうように黒い目をトイレの中に向けた。

「天井落ちてくるかもしれないしな」

「それもあるけど、あーどうしよ」

 何か迷っている様子だった。

「塩とか持ってる?岩塩でもいい」

「普通持ち歩かんだろ」

 だよな、と門馬は頷いた。

「まぁとりあえず、俺さっさん呼んでくる」

 女子トイレに向かって動いた俺の腕を、門馬が掴んだ。

「ちょっとまて。俺も行く」

 俺の腕をつかんだ門馬の手には、細い見かけの割に強い力が込められていて驚いた。

「あ、あぁ。わかった。一緒に行こう」


「さっさん!いる?」

 地下道の入り口から暗闇に声を投げるが返事は返ってこない。この暗闇の中進むのは気が引けたが、仕方がない。携帯電話のライトを点け、手に持った。

「気をつけろよ」

 門馬はそう言いながらポケットから小型のペンダント型ライトを取り出し、スイッチを入れ首に掛けた。

「便利な物持ってんな」

「逃げる時ちょうどいいんだよ」

「普段何から逃げてるんだ」

「色々」

 暗闇を逃げ回る生活って、やくざに借金でもあるのだろうか。

 地下道は一本道で、思ったより広い。四メートルくらいの幅の道が、続いている。二人とも、学校から上履きに指定されている白い運動靴を履いているため、足音はあまり響かない。

「行き止まりじゃん」

 二、三分進むと、岩盤が崩れて出来た、行き止まりに着いた。

「さっさん、先に出たのか」

「すれ違わなかっただろ。トイレ見たけど個室は全部空だったし、隠れられるようなスペースもなかった。多分この中だ」

 門馬は身体を反転して片手でペンダントライトを持ち上げ、左側の壁を照らした。

「ここに扉がある」

「よく気づいたな」

 扉には札が何枚か貼り付けられていたようだが、無理やり扉を開けたせいで引きちぎれたかのように、外枠にぶら下がっていた。

「なんか不気味」

 俺は触れるのが躊躇われて後ずさったが、門馬は無言で古びた金属製の扉の取っ手に手をかけた。それは長いこと手入れされていないのか、手前に引くとギィィィと音を軋ませながら開いた。

「なぁ、ここ進むの」

 霊感ゼロを自称しているが、明らかに扉の向こうから嫌な空気がこちら側に漏れ出すのを感じた。

「早くしないとヤバイから」

 門馬が押し殺した声で言った。

「あんまり音立てるなよ。行くぞ」

 二人で足音を忍ばせてゆっくりと進んだ。

 ぉぉああぉぉぁぁぁ

 風の音が反響している。どこかに出口があるのか。

「ここは昔、城だったってのは知ってるか?」

 門馬はささやくように話した。

「この学校で知らないやついないんじゃないのか」

「意外と興味ない奴は興味ないもんだよ。そういう話」

「うーん、確かにそうかもな」

 俺も新聞部でなければ聞き流してすぐ忘れていたかもしれない。第二次世界大戦でここら一帯は焼け野原になったため、わずかに残った城壁も、何もかもが取り壊され、この学校が建てられたそうだ。日常生活を送る上で、その過去を連想させるものは何もない。

「その城が建っていた時代、一人の姫がいた。殿様に輿入れしてきたばかりの、若い綺麗な女だったらしい。殿様にも愛され幸せに暮らしていた」

 淡々と門馬は城の逸話を語っていく。

「そんなある日、一人の召使が熱い湯の入った桶をひっくり返してしまった。そしてたまたまその場にいた姫が、その湯をもろにかぶってしまった」

「うわ」

 考えただけでつらい。

「姫の顔は焼けただれた。そして殿の寵愛が消えてしまうことを恐れ、嘆き悲しんだ姫は、誰も見ていない夜中に城の堀に身を投げてしまう」

「やるせないな」

 新婚生活からどん底に突き落とされたんだから、飛び込みたくもなるだろう。

「それからというもの、姫の幽霊が城の中でたびたび見られるようになった。顔を能面で隠し、何かを探すように城をさまよう姿が」

「何を探しているんだ?」

「自分に湯を浴びせた召使にちがいない、と城内の人間は噂した。その事件の翌日から、その召使は姿をくらましてしまったらしい。そして実は、召使は姫が来る前に寵愛を受けていた妾の手先で、事件は仕組まれたものだった、という噂がたつようになった。そしてそんな中、その黒幕と噂されていた妾が急死した。その死に顔は、何か恐ろしいものでも見たかのように、恐怖でゆがんでいたらしい」

「姫の祟りってか?」

「記録だとそういうことになっている。でも実際のところはどうなんだろうな」

「どうって?」

「できすぎてやしないか。大体、夜歩き回っている姫は、能面で顔を隠しているんだろ。ほかの人間が幽霊に成りすましていてもおかしくはない」

「生きてる人間が?何のために」

「姫と妾を疎ましく思っていた人間が、二人を消すために仕組んだとしたら。とか」

「なんかホラーから推理小説っぽくなってきたな。黒幕誰だろ、将軍かな」

「俺は姑に一票」

「そんなキャラ今まで出てこなかっただろ、ずるいぞ」

「ずるくない」

 門馬はペンダントライトをかざした。おれたちは狭い通路から、ぽっかりと広い空間に出た。ライトの明かりで岩肌が鈍く光る。

「ここだ、着いたぞ」

「ちっちゃい神社みたいだな」

「その姫の祟りを恐れた城主が、鎮魂のために作らせた場所だ」

 神社のミニチュア版、とまではいかないが二メートル四方くらいの大きさの祠が、岩肌がむき出しになった洞窟の中にあった。床には古くなって切れたのか、しめ縄が蛇のように横たわている。

「あ、さっさん」

 祠の近く、しめ縄の内側に佐々木が倒れていた。

「待て」

 駆け寄ろうとした俺を、門馬が制止した。

「なんで」

「近寄るな、しめ縄が切れている。祠に封じ込めた姫の結界が解けたってことだ」

「それって」

 おれが周囲を見渡すと、風のうなり声が聞こえた。

 いや、人の声だ。

 地の底から響くような低いうめき声が、洞窟の空気を徐々に大きく振動させていた。思わず、元来た通路のほうへ、後ずさる。

 すると、地面に倒れていたさっさんが、ゆっくりと身を起こした。

「さっさん?」

 恐る恐る声をかけた。さっさんがゆらり、と振り返る。振り返った顔には、ついさっき話に出てきた、白い能面が張り付いていた。

「だめだ。逃げよう」

 門馬はそう言うと、脱兎のごとく逃げ出した。置いていかれた俺も我に返って、後ろから全力で走った。門馬が扉の向こう側に飛び出す。俺もすぐあとに滑り込んだ。振り返ると黒い煙のようなものが迫っていた。門馬が扉に手をかけ閉めようとする。

「さっさんどーすんだよ!」

「後でどうにかする!」

 門馬は勢いよく扉を閉めた。そして急いだ様子で制服のポケットから細長い紙切れを取り出した。その裏のシールを剥がして、ドアの鍵穴を塞ぐ。

「なにこれ、お札?」

 達筆な字で何か書かれている。

「そう」

「シールになってるけど」

「便利だろ」

 息を切らせて門馬は後ずさった。

「とりあえずここ離れるぞ」

「先生閉じ込めちゃうとかヤバイだろ」

「命かかってんだよ、俺らの。逃げてそれから体勢立て直す」

 今日道具持ってないんだよ、とぼやきながら門馬は一階への階段に向かって走り出した。

「道具取りに帰んの?」

 並んで走りながら訊いた。

「そう」

「ああいう奴向けの道具とか持ってんだ」

 もしかしてゴーストバスター?と聞くと門馬は普通に頷いた。

「うちの家業」

「自営って大変なんだろ?」

「昔は良かったけど、今時客も大手に取られるしな」

「大手とかあるんだ」

「あるある」

 普通に話すことで紛らわせてはいるが、さっき見た、現実離れした光景に理解が追い付かない。地下道、仮面、姫の怨霊。非日常な光景がグルグルと頭の中を回っていた。


「地図じゃ近いけど、駅が近くになくて。不便なとこだから、電車で帰ったら歩く時間入れて片道一時間かかる。間に合ったらいいけど」

「俺、バイクで通学してるけど。後ろ乗ってく?」

「バイク?校則違反じゃなかったっけ」

「だから近所の公園に停めてる」

 学校の裏門から出たところに野球ができるくらいの広さの公園がある。毎朝そこの駐輪場に置いていた。

「この鉄道発達しつくした都会の高校生で、バイク乗りって珍しいな」

「たまたま貰ってさ、新聞部の去年卒業した先輩から。先輩もその前の先輩から貰ったって」

「新聞部の家宝か」

「ボロいけど」

 公演に停めてあるバイクに近づく。田中先輩を時々乗せて帰ることがあるので、予備のヘルメットも用意してあった。

「これ使って」

「サンキュ」

 門真はヘルメットを受け取った。俺はヘルメットをかぶり、バイクにまたがった。

「家までの地図とかある?」

「これ」

 門馬はスマホに地図を表示させた。それを受け取り、バイクの携帯スタンドにセットする。

「後ろ乗ってつかまって」

「事故るなよ」

「大丈夫、後ろに乗ってる人間のほうが危ないから、俺は助かる」

「絶対道連れにしてやる」

 門馬は手をまわし、しがみついた。エンジンをかけ、道路に出る。

「これ言い忘れてたけど」

 俺は風の音に逆らいながら、門馬に話しかけた。

「何?」

「俺無免許なんだわ」

「絶対事故るなよ」

 回された門馬の腕に力が入った。


「あれ、俺の家」

 二十分ほど走った後、門馬は古い洋館を指さした。道路から少し入ったところにうっそうとした木々に囲まれ、佇んでいる。確かに学校からは近いが、この市内には珍しく木のほかには何もない場所で、近くに住宅は見当たらない。


 門馬は庭にある古い鉄でできた門を開き、砂利を踏み鳴らしながら歩いていく。家の玄関の前まで来ると、ごそごそとポケットを探り、鍵を取り出した。

「ちょっといろいろ散らかってるけど、気にしないで」

「お構いなく」

 門馬は玄関の扉を開いた。

「お邪魔します」

 戸をくぐり、玄関へ足を踏み入れながら中に声をかける。静まり返っていて、返事はない。洋館の天井は高く、がらんとしていて、少し寒かった。

「親は?」

「仕事」

 門馬は広い玄関の隅に靴をそろえて寄せ、板張りの床に上がった。

「に行ったきり帰って来なかった」

 なんと言っていいのか分からないが、ヘビーな事情だった。

「こっちの部屋来て」

 門馬が玄関ホールを抜けた先の、部屋の入り口で手招きをしている。

「ヴンダーカンマーみたいだな」

 部屋に入って、天井の高い洋室を見上げて感動した。

「何それ」

「昔流行った貴族の収集部屋のこと」

「貴族性のかけらもないけど」

「収集部屋の方。これ全部コレクション?すごい」

 床から天井までみっちりと物が詰まっている。木箱に入れて分類しているようだが、貼ってあるラベルが達筆すぎて読めない。

「これとか、何に使うの」

 テーブルに置いてあった蛇の抜け殻をつまんだ。

「ペットの蛇が、綺麗に脱皮できてたから記念に置いておこうと思って」

「あー、ほんとだ。目のレンズまでついてる」

 一か所も破れたところがない、きれいな皮だった。

「蛇飼ってるんだ。かわいい?」

「かわいい」

「いいな。見たい」

「今時間ないから今度な」

 思いがけず出くわした和製グンダーカンマーにテンションが上がってしまい、さっさんの命が空前のともし火なのを忘れかけていた。

「さっさん助けに、早く戻らないといけなかったなそういえば。学校近いと便利だな」

「そうだな、特にこういう時」

 門馬は目的のものを探すため、机の上に立って棚をあさっている。

「俺、こういう時って人生で初めて」

「おめでとう。あ、あった」

 一抱えほどの大きさの箱をとりだし、机におろす。床に飛び降りると、その蓋を開けた。中にはしめ縄と御幣、日本酒、折り紙で折られた袋が詰められている。

「封印セット。これでいける」

「いけるの、これで」

 正月セット、と言われたらそうかなと思う。

「封印します、っていうのを形で示せればいい。相手が封じられた、と思えば効く」

「プラシーボ効果?」

「病は気から」

 門馬は箱を抱えて立ち上がる。

「守口は帰っていいよ。やることないし」

「え、気になるんだけど」

 今からあそこに戻って謎の儀式。白い能面との対決。どんな風にするのか気になる。

「あんなもの見て、怖くないのか?」

 不審そうに門馬が俺の目を見た。

「怖いけど、見たい」

「なんだそれ」

 門馬が笑った。無表情だと少し冷たい雰囲気だが、笑うとそれがふっと柔らかくなった。

「人って怖い物みると、脳から快楽物質出して誤魔化すらしい。それがクセになって中毒に変わるから、怖い話とかお化け屋敷とかって人気あるんだと」

 自分が全く興味を持てない怪談話をなぜ人が好むのかが気になり、前に検索した小ネタを披露した。

「へぇ、ジャンキーになるんだ」

 門馬はニヤッとした。

「俺あんまり幽霊とかそういうの、興味なかったんだけどな。本物やっぱすごいわ」

 芸術でもスポーツでも、どの分野でもまず言われる「本物見とけ」という言葉はこういうことかと実感した。

「そりゃ本物だからな。下手したら死ぬし」

「それが良いのかも」

「変態」

 門馬は鼻で笑った。

「じゃ戻るか」

「おう」

 第二ラウンドだ。


「なんかさっきより雰囲気悪くなってないか」

 女子トイレの前まで戻ってきたが、心なしか廊下が薄暗い。さっきまでは元気だった蛍光灯が、急に寿命が来たのかチカチカと点滅している。

「あー、これ、体に振っといて」

 小さく袋状に折りたたまれた折り紙を渡された。

「なにこれ」

「塩。中に入ってるから」

 言われて折り紙を開封した。試しに舐めてみたが、白い普通の塩だった。

「食うなよ」

「ちょっと舐めただけ」

 両肩に塩を振りかけた。量が足りず薄味だ。

 再びトイレの中に入り、扉の前に立つ。門馬はポケットから水晶の小さな球をつないで作られた数珠を取り出し、はめた。

「お、今から除霊しますって感じ」

「成仏させてやる」

「今の聞いて『貴様を蝋人形にしてやる』ってセリフ思い出した」

「『お前も蝋人形にしてやろうか』だろ。大雑把だな」

「あんまり細かい仕事向いてないんだよ」

「よく新聞部に入ったな。記事の編集なんか、細かい確認作業のオンパレードじゃん」

「俺が書く。先輩が編集する。ちなみに先輩も書く」

「先輩だけ仕事多いな」

「上司だからしょうがない」

 部下の仕事のクオリティチェックは上司の役目。本屋で立ち読みしたビジネス書に書いてあった。ちなみにその部下の成果は上司の成果にしていいとも書いてあった。

「お前来年上司じゃん」

「今年の入部者ゼロだったから大丈夫」

「部が大丈夫じゃねえな」

「門馬入らない?」

「俺仕事あるから無理」

 門馬は箱を地面に下ろしてしめ縄を結んだり御幣を結わえ付けたりしていた。

「いつもこんなことしてるの」

「親いなくなったから、金稼がなきゃだし。固定資産税高いし」

「あの屋敷大きかったもんな。もっと狭いとこに引っ越さんの?」

「あそこの土地は、この辺の鬼門になってるから、まずいものが来た時に、だれかが封じないといけない。だから引っ越しはできない」

「えー、なんか身体に悪そう」

 そんな場所になぜわざわざ住まなければいけないのか。ボランティア精神にもほどがある。

「親いたときは封じてもらってたからそうでもなかったけど。今は俺がやってるから、強い奴に当たった日とか実際悪い。そのせいで学校休む羽目になるし。でも補助金が国から出る」

 国家ぐるみの陰謀だった。そしてボランティアではなく営利目的だった。

「高い固定資産税払わせて、補助金出すって矛盾してね?プラマイゼロじゃん」

「部署が違うから。税務署はそんなこと頼まれてるなんて知らない」

「何部署から依頼来るの」

「超常現象対策課」

「え、何そのかっこいい組織。エックス・ファイルじゃん」

「高校出たら就職しないかって言われてるけど、行きたくない」

「なんで」

「給料安すぎ。労働に見合わない」

「公務員なのに」

「内容が内容だけに極秘部署だからな。それこそどっか他の部署の予算ごまかして運営してるんだろ」

 門馬が手に持ったしめ縄細工を見てよし、とうなずいた。

「行くぞ」

「よーし」

 門馬の後ろから、そろっと地下道に入った。さっきの黒い煙のような影も、さっさんもいない。

「さっさん無事かな」

「あのさっさんの顔に張り付いてた仮面、自殺した姫の遺品なんだ。祠に納めてあったんだけど。たぶん姫の霊に取りつかれたんだろうな」

「祠の中、開けたことあんの」

「俺の先祖が封じたんだ。あそこに」

「先祖代々ゴーストバスターか」

「家業だって言っただろ。俺がこの高校入学したのも、時々その様子見るためだよ。今日はたまたま通りかかったからいいものの、お前危なかったぞ」

「もうちょっと安全に封じられないのか」

「それは先祖に言ってくれ。俺が今から封じ直すけど」

 札のはがれた扉の前に立つ。さっき開け放したままにしたはずの扉は閉まっていた。それが目の前でギィィィ、ときしんだ音を立てて開く。

「誘ってるのか?」

 入ってこい、とでも言うようだ。

「みたいだな」

 門馬はためらいなく足を踏み出した。

「あれ」

 す、っと門馬は長い指で通路の先を指した。

「さっさん」

 さっさんが白い仮面をつけて立っている。顔をうつむけて立っている姿に、着物を着た長い髪の女の姿がうっすらと重なっていた。

「あ、女が見える」

「力の強い霊は、相性良ければ普通の人間にも見えることがある。姫と波長合うみたいだな」

「なんか複雑だわ」

 霊との相性ばっちり。

「来るぞ」

 ゆっくりとさっさん(姫)は、こちらに向かってゆらゆらと歩いてくる。

「そうすればいい?」

「相手の出方をうかがう」

 門馬はその場に立ち、姫が近寄ってくるのを見ていた。

「姫、聞こえるか。言葉がわかるか」

 呼びかけられ、姫の動きが止まった。

「その人を返してくれ」

『いやじゃ』

 か細い、女の声が聞こえた。

「さみしいのか」

『わらわだけ、このような目に合うのは理不尽じゃ』

「道連れにしても、気は済まんだろう」

『いやなのじゃ。わらわだけ、虐げられるのは嫌なのじゃ』

「悪さをするのなら、封印するしかない」

『そうではない。あれが、あの人がわらわを弄ぶ。死んでも地獄じゃ』

 か細い声が震えた。

「あの人って誰だ」

『わが夫。恒貞じゃ』

「殿様?あんたもしかして殿様に殺されたの?」

 俺が口を挟むと、姫は恐怖から身を守るかのように、手を身体に回した。

『そうじゃ。あのものが、わらわを堀から、つきおとした』

 姫が身体を震わせ、頭を抱えた。

『来る、あの人が来る』

 そしてさっさんの身体ごと、地面に崩れるように倒れた。


「犯人、殿様だったな」

 門馬が悔しそうに言った。

「ほら俺当たってたじゃん」

「絶対姑だと思ったのにな」

 その時、さっさんの身体が再びうごめき始めた。倒れた顔を上げると、白い能面が般若のような鬼の形相に変わっていた。

『真相を知られたからには生かして帰せぬ。覚悟しろ』

「うわ、出たよ殿様」

 一人何役さっさんにさせるつもりなんだ。

「もう関係者全員死亡してるから意味ないよ」

 門馬は数珠をはめた手を掲げた。

「悪しきもの、そのあるべき場所に還れ。この世は人の世、生者の国。命尽き、死したるものは、黄泉の国へと、還るべし」

 呪文のようなものを唱え、門馬は数珠をはめた手でさっさんに近づいていく。それをあざ笑うかのように般若の面は顔をゆがめた。

『術者風情が。このわしにかなうとでも』

「思ってない。だからこれを使う」

 門馬はポケットから何か小さな筒状のものを取り出した。それをさっさんの顔に向けると、噴射した。

『っげっほ!なんだこれは。目が焼ける!』

「それ何?」

「催涙スプレーだ」

 般若はしばらくのたうち回り、苦しんだ。狭い空間なので俺もちょっと目が痛い。そのうちにさっさんの身体から、黒い靄のようなものが染み出し、空中に人のような形を作り出した。

「あれが本体だ」

 その影は、逃げるように洞窟の奥へと去っていく。

「追いかけるぞ」

 門馬はその影を追って走った。俺も門馬のすぐ後ろに続く。

 洞窟の中に出ると、黒い影は社の中に入っていくところだった。

「しめ縄の片方、そっちに回して」

 長いしめ縄の片方を持った門馬が、もう片方を俺に差し出した。

「社をぐるっと結んで」

 二人で左右それぞれに社の裏から回り込み、表側で合流した。

「端っこ貸して」

 持っていたしめ縄の片方を門馬に渡した。それを器用に結ぶと、祠は完全に縄でラッピングされていた。

「あとは」

 持ってきた日本酒の瓶の蓋を、一緒に持ってきた栓抜きで開けた。その瓶から酒を垂れ流しながら、祠の周りを一周する。

「これで仕上げ」

 制服の胸ポケットから、マッチを取り出した。一本取り出したあと、箱の側面で擦り火をつけた。そのままピンと指先からはじく。落下していったマッチの火はこぼした酒に引火し、一気に駆け巡ると祠の周りを囲んだ。

「悪しきもの、そのあるべき場所に還れ。この世は人の世、生者の国。命尽き、死したるものは、黄泉の国へと、還るべし。汝の魂、輪廻の業を浄化し、再びこの世に生を受けるその日まで」

 パンパン、と柏手を打ち、門馬は俺を振り返った。

「これで終わった。またこんなことになったら危ないし、ついでに燃やすから、さっさんのところから、仮面持ってきて」

 倒れているさっさんを指さし、門馬が俺に指示を出した。

「触って大丈夫?顔に張り付いてはがれなくなったりしない?」

 緑のマスクに取り憑かれた男の映画を思い出した。

「そうなったらはがしてやるから」

 門馬は早よ行け。というように手を振った。

「さっさん、生きてる?」

 仮面が張り付いたさっさんの表情は当然の如く見えない。張り付いた仮面の顔は、最初に見た白い女の顔をした能面に変わっていた。身体を見下ろすと、わずかに上下する胸が、呼吸をしていることを示していた。おっさんに人工呼吸する羽目にならなくてよかった、と俺はひそかに胸をなでおろした。

「失礼しますー」

 手を伸ばし、仮面をはがそうとした。

「ん?」

 さっさんの首がわずかに動いた。その途端、仮面は命を持っているかのように俺の手をすり抜けると、視界いっぱいに広がる。

「んん!」

 口を開けることができず、声にならない悲鳴を上げるおれに向かって、門馬が何か叫ぶのを聞いた。そして視界を闇に覆われたまま、おれは意識を暗闇の中に落とした。


 パラパラと画像がうつり変わっていく。ざわざわと話す人の声が一体となっていて、何を言っているのか聞き取れない。それがカメラのピントが合うように、徐々に意味のあるものへと変わっていった。


『姫様、ようございましたねぇ。この度の御縁談、おめでとうございます』

 赤い大輪の豪華な花が活けられた床の間の前で、姫と老婆が向かい合って座っていた。

『ありがとう、ばあや。しかし、わらわにこの大役、つとまるかどうか』

『きっと姫様なら、成し遂げられますよ』

 姫の目の前に座った老婆が、薄気味悪く笑った。


『おぬし、わしを殺すために輿入れしたのか』

 場面が変わり、布団が敷かれた和室が映った。寝込みを襲おうとしたのか、姫の手には短刀が握られており、口髭の男が壁際に追い詰められている。

「殿、起きてしまわれましたか。寝ているうちに、済ましてしまいたかったのですが」

 姫の目は、月明かりを受けてギラギラと光っている。

『ばれてしまっては、致し方ありませぬ。わが父、兼続を裏切り、殺した貴様を殺すため、私はこの城に来た。ご覚悟!』

 手に持った小刀を、丸腰の殿に向かって振り下ろそうとした。

『ふん。小娘が。お宮!』

 殿様が姫の背後に向かって声を上げた。

『ここに』

 暗闇から背後に現れた女が、姫の身体に後ろから体当たりをする。よろめき、二人は床に転がった。女が離れると、血しぶきが部屋の中に飛び散る。

『おのれ、無念』

 女に背中を刃物で刺し貫かれた姫は、着物を赤く染めながら、荒い息をついていた。

 殿は冷たい目でそれを見下ろし、暗闇から姫を刺した女に言った。

『姫は顔に湯をかぶり、二目と見られぬ姿になってしまった。そしてわしの寵愛を失うことを恐れ、自害したと噂を流せ』

「御意に。姫の召使が粗相をしたということでよろしいでしょうか?」

 お宮は殿に向かって問いかけた。

「いや、その召使もこの際殺してしまいたい。妾であるお前は姫を妬み、付き人にわざと湯を被せさせた、という筋書きにする」

 殿はめんどくさそうに手を振った。

「あの姫の召使いの老婆は、危険じゃ。殺せ。そして姿が見えないのを怪しまれぬよう、やつはお前と通じている手先だった、だから逃げたのだ。とお前の召使共に噂させるのだ」

「御意に」

 お宮は殿に向かって頭を下げた。


 また場面が切り替わり、暗い城の堀にお宮と殿が建っている。付き人の下男が姫の死体を引きずる。そして持ってきた器から姫の顔に熱湯をかけ、ただれさせた。その顔を見て、殿は顔を背けた。

『能面を持ってこい。見てられん』

 殿の指示によって姫の顔には白い仮面がつけられた。そして下男は死体の足に岩を括り付け、暗い堀へと投げ込む。

 水辺に誰もいなくなった後、白い仮面だけが浮かび上がり濃紺の水面に漂った。


 俺が目を開けると、暗くて浅い、水辺の上に立っていた。目の前には白い仮面をつけていない、美しい姿の姫がいた。

「あやつを主らが封じてくれて、助かった。礼を言う」

 姫は深々と頭を下げた。

「最後にわらわの話を聞いてくれるか」

 姫は顔を傾け、言った。

「真実を、長い間秘めながら苦しんでいた。誰かに知ってほしいのじゃ」

「別にいいよ、聞くくらい」

 誰にも見られず、誰にも聞こえない。それなのに意識だけはあるというのは、ひどくつらいことだっただろう。

「わらわの自害の知らせが流れた後、城の中で人々は 姫の無念、怨霊の存在を噂した。何時しかそれは塊となり、わらわは意識を持つようになった」

 静かな声で姫は語りだした。

「おのれ、ゆるさじ。同じ苦しみを、味合わせてやろうぞ。そう思ったのじゃ。そしてまず、お宮を取り殺した。それから殿。わらわに取りつかれ、日に日に衰弱していった。しかし術師に仮面を封じさせたことで、わらわの力は弱まった」

 門馬の先祖か。余計なことをしたな。

「そしてわらわの力にさらされ続けた殿の魂もまた、怨霊へと堕ちたのじゃ。弱っていたわらわは取り込まれた。そうしてわらわ達は地下の世界をうごめくものとなったのじゃ」

 これでおわり、というように姫は微笑んでうなずいた。

「大変だったね」

 月並みな言葉だが、本心だった。姫は十代半ばくらいの年齢ではなかっただろうか。仮面をつけていない姿はまだあどけない。当時、今の俺とあまり年は違わなかっただろう。

「世話をかけた。せめてもの礼に、そなたにも力を分けてやろう」

 姫がゆっくりと、おれに近寄ってきた。

「え、知らない人からもの貰うのはちょっと」

 遠慮する俺の目の上に、姫は手をあてた。

「恐れるでない。真実を見る目を授けよう」

「ちょっと待って姫」

 まぶしい光が瞼越しに差し込み、意識を白く塗りつぶした。そしてそれは暗転し、消えていった。


「守口、守口」

 門馬の声がする。

「守口、起きろ」

「門馬、このやろ」

「よかった、目が覚めたか」

 ほっとした様子の門馬に食って掛かった。

「大丈夫って言ったじゃん」

「まさかまだ力が残っていたなんてな。さすが長い間魂を宿していただけある」

 俺は顔を触った。

「仮面は?」

「勝手に割れた」

 門馬は地面に散らばった仮面の破片を指さした。

「もし顔に張り付いたら、ちゃんと取ってくれるって言ったじゃん」

「取る前に割れたんだ」

 門馬は仮面の破片を拾い集めると、今度こそ火にくべた。パチパチと音を立てて仮面が炭に変わっていく。

「この火、どうするんだ」

「水も持ってきてる」

 門馬は床に置いた一リットルのペットボトルを取り上げると、消火作業を始めた。

「こんな洞窟で火つけるとか、一酸化炭素中毒まっしぐらだな」

「はやく出ないとな」

 二人で片づけを終える。そして地面で気を失ったままのさっさんの元に戻り、門馬が両手、俺が両足を持って地面から持ち上げ、一列になって通路の中を進み、女子トイレへと戻っていった。


「マジ疲れたー」

 俺はさっさんを廊下に置き、伸びをした。

「俺もこれ以上無理」

 門馬もうんざりとした顔をしている。

「救急車呼ぼう。外傷なくて事件性薄いから、ここで倒れてましたーっていえば、通るだろ」

「死んでなくてよかったな」

 俺は心底胸をなでおろしながら言った。

「一時はどうなるかと思ったけど、意外とどうにかなるもんだな」

「俺がどうにかしたんだよ」

 門馬は俺の言葉に不服そうに言った。

「あれ、お前、その犬何?」

 門馬の横に寄り添うように、灰色の小さい犬がいた。

「見えるのか」

 門馬は驚いたのか、目を見開いた。

「え、ばっちり見えるけど」

「俺の式神だ」

 門馬がしゃがんでよしよしと頭をなでると、そいつは嬉しそうに目を細め、手に頭を擦り付けた。

「式神?犬の?」

「犬じゃない、狼」

 そして門馬は不審そうにおれの顔を見た。

「こいつが見えるって、もしかして姫に何かされたのか」

「された。目に手を当てて、お礼に真実を見えるようにしてやろう、とかなんとか」

「ありがた迷惑この上ないな。お前この先苦労するぞ」

「えっ、どういうこと」

「波長が合えば、普通のやつでも霊体が見えることもあるって言っただろう。お前の目は何もしなくても、自動で波長が合うようにチューニングされたんだ」

「え、幽霊見えるようになったの俺」

「そうだ」

 と門馬は神妙な顔でうなずいた。

「それって困るのか」

「困る困る。俺も同じようなもんだけど、時々困る」

「たとえば」

「見えてるのに見えないふりしてても、ばれるんだろうな。やたら絡まれる」

「うわ、面倒くさそう」

「面倒くさいんだよ」

 門馬はうんざりした声で言った。

「元に戻す方法、ある?」

「あったらとっくに使ってる。ない」

 寄りつく島もない。

「でも対処法は学べる。お前、時々俺の仕事手伝う気はないか」

「仕事の中で学べ、ってこと?」

「そうだ。俺にも今回のことは責任あるし。教えてやるよ」

「分かった。よろしく頼む」

「お前、嬉しそうな顔してるな」

 どん引いた顔で門馬が俺の顔を見ている。

「今回の、結構面白かったんだ」

 人は恐怖にさらされると、脳から快楽物質を出すことで中和し、やがてそれが中毒になる。

「ジャンキーめ」

 門馬は口の端をあげて笑った。

「そのうち楽しいとか、言ってられなくなるぞ」

「どうだろうな」

 少なくとも今は、この先どんな奇怪な現象が見られるのか、期待で胸が躍っている。

「じゃ、俺救急車呼んでくる。お前ここでさっさんたのむわ」

「おう」

 門馬は軽く手を挙げて、廊下の向こうに消えていった。


「守口お前、記事良いの書けたな」

 田中先輩が、俺の提出した原稿を読みながら唸った。

「この姫についてとかさ。なんか調べたの」

「クラスメイトがこの辺の歴史に詳しかったから、いろいろ教えてもらったんですよ」

 姫本人から聞いたと言っても信じてもらえないだろう。

「いいなぁ、今度紹介してくれよ」

「忙しい奴だから、どうでしょうね」

 あれから数日、門馬は学校を休んでいた。交換していた連絡先にメッセージを送ってみたが、今度は家の鬼門から来た怪異の封印で忙しいそうだ。俺が手伝えそうな仕事が入ったら、また連絡するという。

「よし、お前。オカルトコーナー毎月書け。新聞部心霊部門係に任命する」

「人数いないのに、部門も何もないでしょ」

 先輩は椅子にふんぞり返った。

「器が人を作るのだ。毎月絶対書かないといけないとなれば、張りが出るだろ」

「はぁ」

 しかし、門馬といるとネタには事欠かなさそうだ。記録がてら書いてみるのもいいかもしれない。

「じゃあいっそ、どうせフィクションなんですから小説風にしましょう。連載小説。ゴーストバスターが霊を倒していく系の」

 門馬を思い出しながら思い付きで言ってみたが、先輩は気に入ったようだ。

「いい考えだな。分かった。できるだけ派手に書いてくれ」

「派手なホラー」

 スプラッタ表現を足す方向か。逆にじわじわと恐怖を誘う系統でもいいかもしれない。しかしざっくばらんに除霊する門馬の姿には、どちらも似合わない気がした。

「善処します」

 日本人らしくその場での回答を濁す。すると机の上に置いた携帯が震え、メッセージの受信を知らせた。

『今日の放課後、空いてるか』

 門馬からだった。鞄を取り上げる。

「もう帰るのか?今日は暇だってさっき言ってたのに」

「今急に忙しくなったんです」

「そうかー。んじゃ、気つけて」

 先輩に別れの挨拶をして、部室を後にした。

 公園に停めてあるバイクにキーを指し、エンジンをかける。自然にこぼれる笑みをヘルメットで隠し、森の中の洋館へと走った。


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