第19話 甘美な毒
「ああ、美しい」
指先から一滴一滴と落ちるその雫を複雑な意匠のあしらわれたゴブレットに落としていく。女はそれをただ恍惚とした表情で眺めていた。新月の晩、その室内の明かりは、たった一本の蝋燭だけだった。橙を帯びた薄明かりの足元には、とうに茶色く枯れ果てた花束。
本当は、幸福であるはずだった。ここの主人である男と出会った瞬間から、女はただ幸せであった。それは、彼自身が憂鬱な世界から彼女を連れ出したからに他ならなかった。
「私は、幸せだった。……いいえ、今も幸せだわ。だって、こんなに素敵な場所に居られるのだもの」
格子をはめられた採光窓を見上げながら彼女は呟く。幸せの絶頂であるその日、彼女は屋敷の奥深くこの部屋に閉じ込められた。望めば、望むだけ欲しいものは与えられた。彼女が求めるものはなんだって正しくこの部屋に届けられた。それは、ここの主人の命であり、何よりも優先されるべきものであったからだ。女は、部屋の片隅に積み上げられた箱から一つ取り出し、ゴブレットの上に運ぶ。力を込めた指の隙間から滴り落ちるその雫に恍惚とした表情を浮かべる。そうして、それを繰り替えすうちに満たされたそれを、口元に運び煽る。白い肌に赤い雫が鮮やかに一筋の線を描く。女は飲み干したゴブレットをテーブルの上に戻し、体を横たえた。
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