第12話 境界の宵闇
クリスマスが終わって元旦までのこの数日間。毎年私はどうやって過ごしてきたのか、唐突にわからなくなった。
毎年それだけ無為に年を越してきたのだろうか。そんなつもりなど毛頭なかったのだが、いざこうして一人でこの期間を迎えると、何をしていたのかわからなくなってしまう。無為に過ごしていたのか、それとも流されるままに過ごしてきたのか。色めいていた街は日に日に静かになっていく。人々はせわしなく新しい年を迎える準備をしている。カラフルな店頭は赤と白に埋め尽くされ、お祭り騒ぎは跡形もなくなっていた。まぁ、もう直ぐ別の祭りが訪れるわけだが。なんて考えながら冬の寒空の下、コンビニで買った缶チューハイを飲みながら帰路についている。
「お嬢さん」
背後から男性の柔らかな声色で声をかけられる。答える理由もないし、こんな年の瀬の夜中に声をかけて来るのだから、不審者に決まっている。私は振り返ることなく、歩く速度を早 め先を急ぐ。
「お嬢さん」
明らかにさっきより距離を詰めてきている。私はさらに足を早めた。パンプスのヒールが地面を叩く音がする。
「お嬢さん」
男の声は近づいてくる一方。私は耳を澄ましながらさらに足を早める。あと少しで住宅街に入る。そしたら裏道に逃げてしまおう。この辺りの路地は入り組んでるからきっとこの男を撒けるはずだ。ギリギリ走らないぐらいの速度で住宅街に乗り込んでいく。
「った。すみません!」
夜道だからか目の前に人がいることに気がつかなかった。謝りながら顔を上げる。
「ああ、やっと見てくれましたね。お嬢さん」
私は血の気が引く音というのはこれか。とその声を聞いた瞬間、のんきにもそう考えた。私は慌てて踵を返し、走る。
「まって、そっちへ行っては……」
おかしい。おかしい。おかしい。おかしい。彼は確かに私の後ろから歩いてきていたはずだ。だって、声は確かに後ろから。後ろから聞こえていたはず。私は走りながら背後の気配に気を配る。飲んでいた缶チューハイはどこかへ投げ捨ててしまった。私はひたすらに足を進める。どこまで行っても、暗い道が続くばかりで、街灯の一つも見つからない。
「ああ、やっと追いついた。お嬢さん足早いんですね」
後ろから、抱きしめるように男に捕まった。耳元で男の声がする。
「話してください。警察呼びますよ!」
私は混乱しながらも叫ぶ。暗いとはいえこの辺にはアパートが建っていたはず。大声を出せば誰か……
「ああ、ダメじゃないですか。そんな大声出して。気づかれたらどうするんです」
「じゃあ、放して!」
私は彼の制止を気にもとめずに声を荒げる。
「ほら……言ったのに」
男はそう言って右腕を解くと私たちの正面を指差した。私はその腕に導かれるまま視線を動かす。
「な、なに……あれ」
そこには、無数の提灯とブラックホールのような黒が、あった。どうも、あれらから、言いようのない視線を感じる。
みられてる。
「あなたが大声出さなければ、無事に帰れたのに……私まで巻き添えですよこれ」
後ろの男は私を解放し、そう溢した。落とした携帯は最後の日を表示していた。
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