第7話 百合の娘
静かに香り立つその姿は、見たものを虜にする。そこに、何一つの例外はなく。ただその事実だけが、奇怪で唯一だった。
私がそんな噂を聞いたのは、ある寂れた町の人気のない酒場だった。
「ここ、いいかい」
男は他に空席が多くあったにもかかわらず、わざわざ私の隣に腰掛けた。
私は「ああ」と短く返事をした。男は、カウンター越しに並ぶボトルに視線をやると、人影が描かれたそれを指差した。年若いバーマンは何も言わず、流れるような動作で男に酒を提供する。
次の酒を考えながらぼーっと眺めていただけだったが、その滑らかさに「なるほど」と一人納得する。この場所に長くいるのか、それとも転々としているのか、聞きたい衝動にかられながらも、想像するに止めることにした。そんな野暮な話をするのはいささか勿体無い気がしたのだ。
手元に視線が注がれているのに気づいた。目の前の若人のものかと思い、視線を正す。彼と目線がかち合うことはなく、別人のものだと感づいた。
「なあ、おまえさん」
隣からかけられた声に顔を向ける。この男のものだったか。
「なんだ」
無愛想に答える。
「おまえさん、こんな辺鄙な場所に旅行かい」
幾分か訝しげな顔をしていたのだろう。男は笑って両手を挙げ、「警戒しないでくれ」と言った。あまりにも、手慣れたその動作に、いつも疑われているのかと思い思わず吹き出した。
「あんた、いつもそうなのか」
私は、ほおの筋肉を緩めながら呟いた。
「疑われるのには慣れてるんだよ。ちょっと大きい街に行けば5mごとに警察に声をかけられる」
冗談めかしていうその声色がやけに愉快に感じられ、私は「旅行だ」と答えた。特にあてのない旅。仕事に疲れ、ただ逃げるためだけに飛び出した旅だ。と続けた。
「そうか、なら旅の土産に面白い話を教えてやろう」
私の反応が気に入ったのか、飲んでいる酒が由来か、男は上機嫌に話し始めた。
「この街の入り口と反対側、まあ街の中心から東の方へ抜け、村を2つ超えた先にある街のことだ……」
その街の真四角の石造りの建物の地下に、見たもの全てをその虜にする娘がいるらしい。なんでも、白い陶器のような肌に陽の光を写したかのようなブロンドの髪を腰まで下ろし、彼女はいついかなる時でも穏やかな笑みをたたえているのだという。彼女がいつからそこにいるのかはわからないが、四角い建物の地下でずっと過ごしているのだと、次に立ち寄った村で聞いた。次の村では、部屋に窓なんてないのに、陽の光がいつでも降り注いでいるのだと聞いた。……そうして、今私は件の街にいる。
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