第6話 見慣れぬ駅

「今日の天気は晴れのち曇り。夕方にはにわか雨が降る地域もあるでしょう。それでは、次は全国の天気です……」

「雨かー……。こんなに晴れてるのに、本当に降るのかなぁ」

ベランダの窓を開けながら空を見上げる。そこには、雲ひとつない青空が広がっていた。

雨の予報に若干の憂いを感じながらも、私は洗濯物を取り込むと朝ごはんの支度を始める。いつもと変わらない、そんな1日が始まる……筈だった。


見慣れぬ駅


「やっっばい! ここどこ!?」

終点だと車掌さんに起こされた駅で慌てて電車を飛び降りた。目の前には綺麗な青い海、青い空。ホームに他の人の姿は見えない。無人駅という事だろう。コンクリートで固められた、横幅2mほど、長さは電車2両分ぐらいの駅のホームに、駅名を示す看板と白いベンチが置かれている。映画やドラマに出て来そうなその景色をしばらく眺めていた。

ピピピピピピ

スマホからアラームの音がなる。家を出るギリギリの時間を示す音。この音がなったら、家を飛び出して、駅まで走らなきゃいけない。いつもは電車に乗る前に止めるんだけど、忘れてたのかな。それか、駅に着いたらちょうど電車が来たとか……? 私はふと、疑問が浮かびスマホのロック画面を見た。 表示された時間は8 :30 。最寄り駅の電車が出る2分前だ。いつも8 :32発の電車で会社に向かう。今日も間に合うように、余裕を持って家を出た筈なのだが、どうも家を出てからの記憶が曖昧だ。

「……というか、山手線に乗ってどうすればこんな場所に着くの!」

全く訳がわからない。不思議に思いながら、次の電車に乗って折り返す為、ホームの時刻表を探す。

「なんっで! どこにも! ないのよー!!!」

海に向かって叫んだところで、声が返ってくるわけもなく。私は、仕方なしに目の前の海岸に出て見る事にした。ホーム近くの階段を降りると、白い砂浜、青い海、青い空! そして燦々と照りつける太陽。慌てて日焼け止めを探すも、それは見つからず。そういえば、昨日使い切ったんだと思い当たる。私は、もう一度時間を確認し、諦め気分で現状を楽しむ事にした。今日締め切りの仕事があったなとか、新人は私が居ないからってあのクソ上司にいびられてないかなとか、気にかかることはキリがないけど、私は、パンプスを白い砂浜に脱ぎ捨て、鞄をそこに置くと、穏やかな波が寄せては帰る海辺へ駆け出した。

気づかぬうちにストレスがたまって居たのだろうか。青い海ではしゃぎ続け、疲れて寝転んだ砂浜で顔を液体が伝うのに気がついた。それから私は、人目をはばからず、大人気なく泣きじゃくっていた。どれほどそうしていたのかわからないほど、日頃の不満を吐き出して流してしまう事に一生懸命だった。 

「お嬢さん、こんなところで寝ていたら、風邪をひくよ」

そう紡いだ優しい声に目を開ける。 寝てしまっていたらしい。私の顔を覗き込んでいた紳士は、目が合うとホッとしたように目尻を下げた。はっとして、あたりを見回した。変わらず青い風景が広がっている。

「あの……ここは、どこですか? 私、会社に行くために電車に乗ったんですけど……」

私の言葉に一瞬驚いた顔をしたものの、彼は答えをくれた。

「ここは……見たままの通り、海だよ。いろんな人の悲しみと喜びを溜め込んだ終点だ」

水平線を眺めながら彼は紡ぐ。

「空の青は喜びを、海の青は悲しみを。白い砂浜は、人々を。ここは疲れた人たちがたどり着く最後の楽園なんだよ」

そう言って彼は、私の手を取って海へと歩きだした。

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