試作 私小説風 『狭い世界』

 この向こうには一体何があるんだろう?

 

 閉じられた窓の内側、そこから外側へと続いていく景色を見ながらいつも思っていた。


 閉じ込められた部屋、六畳間の空間、それだけが幼かった頃の僕の全てだった。


 大人になり、免許を取ってからは毎日色々なところへと出かけた。


 海沿いの道を窓を開けて潮の香りを胸いっぱいに吸い込みながら。


 あるいは緑色にふちどられた山道をゆっくりと。


 またあるいはおもちゃ箱をひっくり返した時のような騒々しい都会の街中を。


 数メートル四方の壁に取り囲まれていたその時を取り返すように僕は毎日毎日走り続けていた。


 そして数年後、あらかたの場所を走り続けた僕はふとあることに気づいてしまった。


 それは世界はとても広いようで狭かったということだ。


 何のことは無い。 年齢を重ねて車を持ち、行動半径を広げたところでこの世界はあの檻のような部屋を等倍のまま広げただけの窮屈な場所だったのだ。


 それに気づいてしまってからの僕はまるで動物園の中にいる年老いたライオンのように日々をダラダラと怠惰に過ごすようになっていった。


 

「あなたが何を求めているのかわからないの」


 そういって僕を振った彼女は経済学部のチャラチャラした男と恋人になっていた。


 彼女の言うことはもっともだろう。 なぜなら僕自身が何を求めているのかわからないのだから。


 そう世界に、人に、友人、恋人にだって。


 毎日テレビを見て、そこに映し出されているものに嵌り、また別のものが出てきたらそれを買う。


 そのために本を買い、雑誌を読み、バイトをしてグルグルと円環していくのが僕には理解できなかった。


 友人からは面倒くさい考えだなとからかわれ、ダサイ奴だと同年代の知り合いからは笑われた。

 

 たまに流行に乗るなんて格好悪いと言う人間もいたが、それだってテレビの中やその中の著名人、ドラマに散々出ている言葉だということに気づいていない。


 結局のところ皆が皆、同じことを繰り返しているようにみえて僕にとっては他人とはそれ自体が異質な存在に思っていた。


 もちろん僕だって服は着る。 テレビも見る。 だがそれは人間関係というどうしても避けることのできない排泄にも似た宿命だと思って受け入れていた。


 先ほど挙げたような物は高価なので変だといわれない程度の『流行』風な格好をして話をしていた。


 なんだか滑稽ではあるけれど現実的に考えればそうしなければ不利益をこうむるのだから仕方が無い。


 それが世界なのだ。 この世は圧倒的に狭い。 せまっ苦しく窮屈だ。


 無限に広がるように思えた大空 そこに鉛筆で線を引いたような電線に止まった雀達はとても自由に見えた。 

 

 ゆらゆらとゆっくり青い空を滑っていく雲達は行き止まることなく進む。


 そう思っていたことは間違いだった。 子供は子供だったのだ。 こんなことならば知らないでいた頃のほうが幸せだったんじゃないだろうか?


 僕と彼女が別れた日、鏡と向かい合った僕はそう考えてウイスキーを飲んで横になった。

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