7, 葬儀
目覚まし時計のベルの音がする。
午前七時半。カーテンの隙間から白い陽が差し込んで、掛け布団の上に光の影を落としている。
伸びをして、窓を開ける。心地よい晴天。外から入ってくる空気は少し冷たい。電線が少し上を横切っていて、正面には薄黄色の集合住宅、階下の道路には往来する人々がちらほら。この景色も、もうそろそろ見慣れてきた。
窓枠に置かれた淡い黄緑の液の水時計が、陽の光を跳ね返し、ゆっくりと何かの時間を刻んでいる。
髪を纏めて、洗面所へ。寝癖で左の髪が跳ねている、寝起きで瞼が少し厚い私の顔が、鏡に映る。
私はミカ。大丈夫、今日も覚えている。
案外忘れないものだなと思いつつも、たまたま今日はまだ忘れなかっただけかもしれないという考えに少し心がヒリつく。
この町に来てもう三週間近く経つ。
メノウの店にはいつも九時半には着くようにしている。店の開く時間は日によってまちまちだし、実際、メノウが起きているかどうかだって半々だったけど、とりあえず十時に店を開けようと思うとそのくらいの時間には店の支度を始めなければいけない。メノウが青の水時計と同じものを作ると言ってくれたのを、私は断った。貰ったところで、私にはまだ水時計を見るだけで朝寝坊が出来るかどうかの判断ができない。
今日のメノウはちゃんと起きていて、せっせと棚のホコリ取りをしていた。店に入ってきた私の姿を認めると「おはよう、ミカ」と軽く挨拶してきた。
「珍しいですね、この時間に起きているの」
メノウは起きていたところで、起きがけの寝ぼけ眼だったり、呑気にコーヒーを飲んでいることが大半で、今日の様に朝からしゃんとしているのを見るのは、多分初めてだ。せっかちな来客でもあるのかと水時計を確認するも、水時計の水が落ちきるまでにはまだかかりそうだ。
「なにか用事でも?」
うーん、とメノウは曖昧に頷いた。
「用事、と言うと少し違うんですけど。まぁ、今日は少し慌ただしくなると思うので」
首をかしげると、メノウは
「まだ時間はありそうなので、コーヒーでも飲んで待っていましょう」
と、私の椅子を引いた。
言われるがまま、メノウの淹れた少し苦いコーヒーを飲みながらボーッと何かを待つ。何があるのか尋ねても、メノウは頬杖をついたまま涼しい顔で薄く笑うだけで、何も答えない。
そうやって釈然としないまま十分程経った頃、店の黒電話のベルがジリリリと鳴いた。電話を取ろうと立ち上がりかけると、メノウは「僕が取ります」と私を遮った。
「時計屋のメノウです」
気になって聞き耳を立てるものの、メノウは二、三度、あぁ、とか、はい、とか相槌を打つだけで、内容はおろか誰からの電話かすらも分からない。
通話は二分ほどで終わった。無表情に受話器を戻してメノウは
「アザミからでした」
と言った。
「また何か……ありましたか?」
アザミさんからの電話。どうしても、あのときのことを思い出す。
私の表情を見て、メノウは柔らかい顔で首を振った。
「ミカが心配する様な話ではないです。悪い話ではありますけど」
「……悪い話」
「ヒタキのお父さんが、亡くなられたそうです」
誰かが死んだのならば、それは悼むべきだ。ただ、べき論でしかない。
面識もなく、顔すら知らない誰かの死に胸を痛められるほど、私は博愛的ではないし、そういう自分を特別薄情だとも思わない。
ヒタキのお父さんが亡くなったのは、本当に急な話だったらしい。ついこの間までヒタキと一緒にバラバラの悪魔を組み立て直していたはずだし、メノウも、ヒタキのお父さんが病を患っていたという話などは聞いていないそうだ。
メノウの言ったとおり、その日はドタバタと慌ただしかった。時計屋の仕事として何かがあったわけではないけど、電話はひっきりなしにかかってきたし、午後にはアザミさんに呼び出されて、あれこれ手伝わされた。彼女曰く、葬儀の準備らしい。
葬儀はその翌日に行われた。ヒタキさんとは既知だし、メノウに「この町の葬儀を、一度見ておくといいですよ」と言われ、私も出席することにした。
手伝いのお礼というわけではないけど、喪服はアザミさんが借してくれた。袖丈が私には長すぎて、着るとすごく子供っぽく見えた。喪服が入用になるなんてまるで考えていなかったし、次までにはちゃんと自分のものを用意しておこう。
教会へはメノウと行くつもりで朝から店に行ったら、メノウは、手伝いがある、と言って葬儀の時刻より大分早くに店を出て行ってしまった。仕方無しに、勝手に紅茶を淹れて、水時計を眺めながら暇をつぶした。
頃合いを見て、教会へ向かう。教会への道すがらも、喪服の人が多かった。すれ違う度に、ヤマネコさんとか、見知った顔じゃないかと横目に確認したけど、皆知らない人だった。
この前はあれほど寂れていた教会は幾人もの人でごった返していた。どうにか掃除も間に合って、あの咽返るようなホルマリン臭もしない。人混みの中で、どこに居ればいいのかすら分からず不安で途方に暮れていたら、見覚えのある赤毛の少女が、教会の中から小走りに駆け寄ってきた。
「久しぶりね、えぇっと……ごめんなさい、名前は何だったっけ?」
「ミカです」
ノイバラはそう言えばそんな名前だったね、と頷いた。
「今日は一人なのね」
「メノウは先に行ってしまったので」
「あぁ、そっか、メノウは今日は代理であっちにいるのか」
「代理?」
「今日の葬儀はヒタキが喪主だから、その代わり」
こっちおいで、とノイバラは私の手を引いて長椅子の間を進んだ。左の側廊の端あたりで立ち止まって「ここからなら見えるかな」と教会の奥を指差した。
ドームの真下の床板は、不自然に真新しいものに張り替えられている。ホルマリンを吸って、結局ダメになってしまったらしい。
普段巻き上げられたままの鎖は、今日は下まで降ろされている。バラされた『壊れた悪魔』は、私が初めて教会に来たときと同じ様に、複雑怪奇な形に組み上げられている。天使は流石にどうしようもなくて、今は空の標本瓶だけが、鎖に吊るされていた。それを見ると、やっぱりまだ罪悪感が首をもたげる。
二つのオブジェの前に、死に化粧の施された遺体の横たわる台があって、参列者の献花が供えられている。喪主のヒタキさんはその傍らで参列者と二言三言交わしたり、供えられた花を並べ直したりしていた。
もう一つ、遺体を乗せた台のとなりに天使の標本瓶と同じような空のガラス瓶が、蓋を開けられたまま寝かせて置いてあるのが目につく。
「ほら、あそこにいる」
ノイバラの指差す先、天使と悪魔のそばに、メノウとアザミさんが立っていた。二人とも喪服とは違う、黒くて長いローブのようなものを着ている。
「変わっていますね」
私の知る葬儀とは、何もかもまるで違った。かろうじて参列者の喪服姿が、私の見知った葬儀と同じであるくらい。聖職者もおらず、祭壇もない。異国の密教の冒涜的な儀式と言われたほうが、まだそれらしく思える。
「そっか、外だと全然違うんだっけ?」
「天使とか悪魔とか、ないですから」
「そう言えばそうだよね、じゃあ、外の人は何に祈るの?」
「何って、神様……でしょ」
「いないのに?」
虚を突く返しだった。神の姿は見えなくても、その存在を疑うことはない。私達はいつだって神に祈る。それが当たり前で、他に祈るべき対象などない。その当たり前が、ノイバラには――そして多分、この町で生まれた人は皆、分からない。
「まぁ、今は天使も悪魔もいないから、祈っても仕方ないんだけど」
「それは……ごめんなさい」
「……何度も言わせないでよ」
呆れ声で言われて、私は口をつぐんだ。
「でも、私たちは天使と悪魔に祈るしかない。ミカが居もしない神に祈るように。だから葬儀は必ず、天使と悪魔の管理者が執り行うの」
ヒタキが遺体の横を離れ、アザミさんになにか伝えた。アザミさんは小さく頷くと左手を上げて、誰かに合図するように軽く振った。
「始まるよ」
ノイバラがそっと私に耳打ちした。
教会の鐘が鳴らされた。ゆっくりと、三度。低い鐘の音が教会を震わせる度に、人々の雑話の声は小さくなり、最後には、水を打ったように静まり返る。
ヒタキは参列者の方を向いて、ゆっくりと一礼した。
最前の席から女性が一人立ち上がって、アザミの横を抜けて正面のチャーチオルガンへと向かう。椅子に腰を下ろすと、葬送曲を奏で始めた。
ゆったりとして、物悲しい旋律。でも、酷く違和感があった。不協和音のせいか、それとも金属パイプに響く音色のせいか、歪で、不安定で、私の焦燥感を煽る。
ヒタキさんが下がると、メノウとアザミさんがそれぞれ本を手に遺体の前へ出てた。お互いを一瞬見合って本を開き、何かの朗読を始める。声は聞こえるけど、チャーチオルガンの音にかき消されて内容までは聞き取れない。
「何を読んでるの?」
小声でノイバラに尋ねる。
「天使と悪魔に捧げるお祈り。死んだ人の記憶を奪わないでとか、そんな感じ」
「悪魔にも祈るの?」
ノイバラは首を傾げた。
「当たり前でしょ?」
悪魔が素直に私達の願いを聞き入れるとも思えないし、何がどう当たり前なのか私には理解できない。
メノウとアザミさんの祈りの朗読の声は、酷く単調だった。こちらからは顔を確認できないけど、二人とも、心底退屈な顔で読んでいるのだろうというのが容易に想像できる。同じフレーズを何度も繰り返すような葬送曲にも、眠気が誘われる。隣のノイバラも、つまらなさそうに天井を見上げている。
三十分は経っただろうか。もしかしたら十分かもしれないし、実は一時間以上経っているかもしれない。ずっと同じ調子の声と音楽に時間の感覚もよく分からなくなってきた頃、葬送曲が唐突に終わった。二人の朗読の声も聞こえない。
「終わり?」
「まだ。これからがいちばん大事なところ」
祈りを終えたメノウは細い
「何を刻んでるの?」
「悪魔の管理者は、死んだ人の名前を歯車に刻み込むの」
「それは……本名を? それとも渾名の方?」
どっちも、とノイバラは答えた。
「本名の方は、戸籍で確認しなきゃだけどね。でも、どちらも死んだ人の名前だから、ああやって刻んで、絶対に忘れないようにする」
「でも、歯車に刻んでもそのうち消えてしまうよね? 今は……違うけど」
「だから、歯車に刻んで悪魔に覚えさせるの。私たちはどうせすぐに忘れてしまうから。でも、悪魔は忘れない」
名前を刻み終えると、メノウは悪魔の横から一歩退いた。代わりにアザミさんが前に出て、ヒタキさんや、他に数人――多分、故人の親族だろう――を近くに呼び寄せる。
呼ばれた人々は、遺体を寝かせた台の周りに群がった。アザミさんは、蓋の開いた大きなガラス瓶を遺体の側まで転がす。
アザミさんが合図をすると、ヒタキさん達は、遺体を抱えて持ち上げた。
思わず目を疑った。でも、隣のノイバラも、参列者の誰も何も言わない。
呆気にとられているうちに、遺体は遺族によってガラス瓶に収められた。そのままアザミさんが蓋を締める。密閉されたのを確認して、ヒタキさんたちはその場を離れて元いた席に戻った。
アザミさんは、遺体の収められたガラス瓶の前で手を組んで、再び何か祈りを捧げた。祈り終えると、跪いて、ガラス瓶の表面に両手を押し当てた。
よく見ていて、とノイバラに言われるまでもなく、私は目の前の出来事に釘付けにされていた。
最初、何が起きているのか分からなかった。そのうち、遺体がゆっくりと浮かび上がってようやく、瓶の中でなにか液体が湧いてきていることに気づいた。
多分、液はホルマリンだ。遺体は刻々と、アザミさんのギフトによってホルマリン漬けにされていく。やがてホルマリンは瓶を満たして、遺体は、収められたそのままの姿を固定された。
アザミさんは瓶から手を離して、葬儀のはじまりと同様に合図を出した。鐘がまた三度鳴り響き、その余韻が消えると、参列者は三々五々、教会を後にし始めた。
葬儀が終わった。
私はノイバラとともに、メノウやアザミさんのいる方へ近寄った。
メノウは私たちに気づくと、軽く手を挙げた。
「どこにいるのかと思ったら、ノイバラと一緒にいたんだ」
「私がたまたま見かけて、声かけたの」
なるほどね、とメノウは頷いた。
「どうでした? 面白かったですか?」
「色々……驚かされました」
面白い、というメノウの言い方は分からないでもないけど、ちょっと不謹慎に思えた。
「標本葬、って言うのかな。遺体をホルマリン漬けにして保存する。しかも、ギフトのホルマリンで、だ。そこまで完全に遺体を保存しようって考えは、ちょっと僕にはわからない」
「忘れないため、だろ」
いつの間にか、アザミさんが隣に来ていた。無造作に流した長い黒髪と、足首まである真っ黒いローブの出で立ちは、近くで見ると白い肌が不健康に際立って、ややもすると今しがた標本にされた遺体よりも死人じみていた。
「形のないものは忘れやすい。それは何もこの町の人間に限った話じゃない。墓石に碑文を刻んだところで、死んだやつの顔も声も、アタシだって十年もすれば忘れちまうサ。覚えていられないのなら形を残す。至極真っ当な考え方だと思うけどネ」
「だからって標本にまでするかって話だよ。誰も彼もアンタみたいな標本蒐集家じゃあないんだ」
「アタシだって別に集めてるわけじゃないサ」
アザミさんは言い訳のようにそう言ったけど、メノウは彼女の言葉を鼻で笑った。
「そう言えば……遺体の標本は、どうするんですか?」
ホルマリンで満たされた大きな瓶は、式が終わったときのまま転がされている。
「勿論、墓に納めるサ。重すぎるからアタシ一人じゃ動かせないんだけどネ、いつも後でこういうのが得意な
「でも墓地って、このあたりに無いですよね、運ぶにしても遠くないですか?」
アザミさんは人差し指で床を差した。
「墓地はここの地下にある。あぁ……ここのっていうか、一体どこまで広がっているんだろうナ。まぁ、入り口はここにあって、だだっ広い地下空洞が広がっていて、コレみたいな遺体の標本がゴロゴロ転がしてある。興味あるなら見て行くか?」
「それは……また今度で」
転がしてある、っていうのは流石に冗談だろうけど、暗い地下に死んだ人間の標本が無数に並べられている光景は、考えるだけでも……その、端的に、気持ち悪いだろうなって思った。私の苦笑を見て、ノイバラはクスクスと笑った。
笑っていたノイバラが顔を背けて気まずそうに咳払いをしたのは、ヒタキさんがこちらへやってきたからだった。
「あぁ、えっと、お悔やみ申し上げます」
ヒタキさんは一瞬こちらを睨んで、私の言葉を無視した。
「メノウ、今日はありがとうございました」
彼の声色は暗いというか、冷たかった。
「管理者の代理って言っても、案外どうってことなかったね。祈祷文を読んで名前を刻むだけだし」
「あまり手を煩わせなかったのなら、よかったです」
ヒタキさんは奥へ回って、組み直された歯車のオブジェに近づいた。ヒタキさんのお父さんの名前が刻まれた歯車そっと触れて、刻印を指でなぞる。
「先週はずっと、父と一緒にこれを組み上げていました」
誰にともなく、ヒタキさんは言った。
「父は、『壊れた悪魔』のことを知り尽くしていた。父が居なければこれを復元するのは無理だった」
「じゃあ、亡くなる前に悪魔の修復が終わってよかったね」
ノイバラに別に他意は無かったはずだ。でも、ヒタキさんは苛立った声で
「本当にそう思うんですか?」
と聞き返した。
「本当に、ってどういう?」
「逆なんですよ、全部」
怒気を孕んだ声でそう答えた。
「三日前まで父は元気だった。「お前にも『壊れた悪魔』の構造をもっとしっかり教えてやらなきゃな」って笑っていた。それが昨日の朝には死んでいたんだ。体に悪いところもなかったし、本当に何の前触れもなく、だ。おかしいって思うでしょう?」
誰も、同意も否定もしなかった。メノウは冷めた目でヒタキを見つめ、アザミは呆れたような顔で黒髪を掻いている。
「父は、悪魔に殺された」
「そこまでにしておけよ、ヒタキ」
「メノウ、じゃあアンタは、たまたま悪魔が逃げ出して、『壊れた悪魔』を修復する知識と技能を持っている父が、たまたまこのタイミングで死んだって、本気で言うつもりなんですか?」
「他に何だって言うんだよ」
「偶然なわけがあるかよ!」
ヒタキさんは感情的に叫んだ。帰りがけの参列者たちも思わず足を止め、こちらへ振り向く。
「父はこの町で最も『壊れた悪魔』に精通していた。もう一度悪魔を捕まえられるとしたら、それが出来るのは父だけだ。だから悪魔に殺された」
「妄想が過ぎるナ」
アザミさんはヒタキさんの言葉を冷笑した。
「悪魔が人を殺すなんて話があったか? アンタの言うことは飛躍し過ぎで、根拠もないただの妄言だ」
「アンタが悪魔の何を知っているんだよ」
「それにここでする話じゃない、終わったとはいえ葬儀の場だ」
言われて、ヒタキさんは一旦口を閉じた。アザミさん、メノウと睨みつけ、最後の私の顔を見て、眉間に皺を寄せる。そして小さく、低い声で、でもはっきりと口に出した。
「でも、悪魔が逃げたのは偶然じゃない」
その言葉が自分に向けられたものだと、一瞬分からなかった。
私が言葉の意味を理解したのと、メノウが一歩ヒタキさんの方に踏み出すのは同時だった。でもそれより早く、ノイバラがヒタキさんの頬を殴った。
ヒタキさんは倒れこそしなかったものの、殴られた拍子に短く呻いて、頬を手で抑えた。
「最低だよ、アンタ」
ノイバラの声は、淡々と、ただ軽蔑と失望の色をしていた。
ヒタキさんは私とノイバラを睨むだけで、何も言い返さなかった。
黙りこくるヒタキさんにメノウは一瞬なにか言いかけて、目を閉じた深く息を吐いた。
「なぁ、ヒタキ、」
諭すようでも、詰るようでもなく、メノウの声に表情はなかった。
「あまりこういうことは言いたくないけどさ、アンタの父親は別に突然死んだわけじゃない。水時計の水は、ずっと前から同じ速度で落ちていた。あの水時計を作ったのも二年以上前だ。アンタの父親が昨日死ぬことは、水時計を作ったときにはもう決まっていた」
ヒタキさんは一言、「気味が悪い」と吐き捨てるように言った。睨みつけるヒタキさんに、メノウは視線を合わせようとしなかった。
「もう、そこまでにしておけ」
軽口を叩くように、アザミさんは二人の間に割って入って肩を叩いた。
「ヒタキは帰って、今日は寝てろ。アタシとメノウはアンタの言葉は聞かなかったことにしてやる。ミカには……菓子折り持って泣いて詫びでも入れるんだナ」
「わ、私はそんな気にしてないですから……」
「いらん遠慮だよ、貰えるだけ貰っておけ」
ヒタキさんは忌々しげに唇を噛みながらもう一度私を睨んで、黙ってその場を去った。様子を覗っていた参列者を押しのけるように、教会を出ていった。
「最低だ、って、言いたければ言ってやっていいですよ。ヒタキはそれだけのことを言った」
「そうだよ。ガツンと言い返さなきゃ」
メノウやノイバラはそう言うけど、私は首を振った。
「辛いのはお父さんを亡くされたヒタキさんですから。それに、『壊れた悪魔』の組み上げも頑張ってくれて。皆さんには悪くないって言ってもらえても、原因が私なのは事実ですし」
綺麗事じみていたけど、ヒタキさんを責める気は全然起こらなかった。
アザミさんは何故か、一瞬遠い目をしてこう言った。
「アンタの過度な優しさが、誰かを狂わせないといいけどナ」
メノウが物悲しい表情をした気がしたのは、薄明るい電灯の見せた、目の錯覚だろうか。
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