ミズカゲボウシ

きし あきら

ミズカゲボウシ

 (そもそもが水辺で巫山戯て酒など飲むンじゃないと言ったのはムラの古い衆だったか。)

 昼過ぎの河原で、四五人の若いのが困っていた。

 きょうは冬晴れで河原の石もからから乾いていたので、かれら瓶を引っぱってきて騒いでいた。うまい酒は霜の酒、うまい酒は晴れの酒、などとうたう具合に。

 (そのうちのツギチという奴が、夢で嫁をもらったというンで妙に浮かれていた。これはちいとも女に縁がないので、そういうことに弱いのだった。)

 そうしたら、川からミズカゲボウシが這いでてきた。これはこの辺りに棲むらしいヘンなものの類だけれど誰も見るのは初めてだった。

 口からぺちゃぺちゃ水を吐き、瓶に寄りかかっていたツギチになにか訴えかけている。

 困っているといってもこれの言うことが判らないくらいのもので、みな内心楽しむ気持ちもあった。

 ツギチはもう酔いが回りすぎて半分アッチの世界に行っているのか、ミズカゲボウシの水音に首をぐにゃぐにゃさせている。と思えば突然、顔じゅう皺を寄せて怒りだした。

 「おらァの影のつッかたを、おまァにどうこう言われる筋ァいはないッ」

 カゲボウシと付くだけあって影には一言あるらしい。どうやら怒ったツギチが、よたりと立ち上がろうとする。その影にミズカゲボウシが素早く沈んだ。あッという間のことだった。

 ツギチはいちど身震いをして何事もなかったかのように千鳥足、「ウウンもよおした」と流れに近づいていくので、仲間があわてて止めるけれどもものすごい力で敵わない。

 けっきょくザブンと足から胸から頭から、沈ンでいく男を見ながら、あっけにとられて河原の衆は立っていた。

 (はてこの川はあンなに深かったかしらん。)

 ツギチはとうとう帰ってこなかった。冬晴れの河原でのことだった。


(了)

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