第4話

 それからというもの、僕は彼女と毎日会った。公園でただずっとしゃべっている日もあれば、電車に乗って遠くまで出掛けたこともあった。

 彼女は僕の居場所がすぐにわかるみたいで、集合場所を間違えてもそこへ現れる。初めて会った時も、集合時間とは違う時間にもかかわらず僕の元へ姿を現していた。

 その時僕はそれを特段不思議にも感じずにいた。そんな小さなことよりも、彼女といる時間を大切にしたかった。

 僕に現れた変化と言えば、本心で人と話せるようになったこと、人を好きになるという感情を手に入れたこと、そして学校へ行かなくなったこと。

 僕の両親は共働きで放任主義だからか、僕の素行は気にしない。学校の友達は特別気にしていないのか、彼らからのLINEも来ない。

 初めは少し期待した。両親が僕のことを気に掛けることを少しは望んだし、友達からLINEが来ていないか、ちょくちょくスマホの電源ボタンを押していた。

 そのしぐさを彼女は見ていたが、時間を見ているだけだ、と言ってごまかした。友達からの連絡が来ないのは、僕の存在がその程度のものだ、と言われているようで、僕はまたヘソを曲げる。その本性はまだ変わらない。

 彼女に会って、少しずつ僕の心は解けるけれど、南極と同じで大地はある。根底はどんなことをしても、されても、きっと変わらない。

 時々友達の一人、二人からLINEが来る。軽い業務連絡で、淡白無機質なものでも、少し嬉しかったりする。

 僕はとことん面倒くさいやつだ。

 彼女と会ってから2週間が過ぎた。相変わらず会話は楽しいし、僕は彼女のことが好きだ。恋愛感情を持っても、変に緊張することなく話すことができる。いつも女子相手に口籠ってしまう僕では考えられないことだった。

 いつものように公園の桜の木に登って話す。最近はここから星空を見るのが2人のブームだ。彼女は空気が澄んでいつもより見える星空を指さしながら、星座の名前を教えてくる。あれは何座、これは何座、と弾んだ声で話す。あっけらかんとしたいつもと変わらぬ口調で話す。

 一瞬の沈黙があった。空を見上げると流れ星が流れていた。

 彼女は目を瞑り、何か願い事をしているようだ。

 彼女はゆっくりと目を開けて僕をじっと見つめた。二重で強調された栗色の瞳は僕の頬を赤くする。

 ピンク色の唇が動いた。いつもと同じ明るい声が聞こえた。

 「あのさ、星になってくれない?」

 一瞬の沈黙が肌を刺す。

 「何を言ってるの、星になるって。」

 僕は彼女に言い返す。彼女がいつものように突拍子のないことを言い出した時、僕は軽く笑って言い返す。いつもは彼女も笑うのだが、今回は笑わない。

 僕は不思議に思って彼女の顔を覗き込む。あまりにまじめな顔だったから、バランスを崩して木から落ちそうになった。

 彼女は息をゆっくりと吸って、もう一度、

 「だから、死んでくれない?って言ってるの。」

 星が線を引いて燃え尽きたのを視界の隅で感じた。

 唐突なことだった。彼女はよく、話の腰を折ることを口にする。けれどその言葉はいつも僕を笑わせた。僕はいつも呆れて「しょうがないなあ」という笑顔を浮かべる。

 こんなことは、僕を笑顔にしない言葉を投げかけられたのは、初めてだった。

 何を…言っているんだ?

 僕はとんでもない顔をして彼女を見つめていたかもしれない。

 いつも本心では人を疑っている僕も、この時ばかりは真に受けてしまった。

 彼女は大真面目な顔で僕を見つめ続ける。

 僕は時が止まったように感じた。でも視界の端に映る住宅は明かりがともり、人影が動いている。無灯の自転車が通り過ぎる。いつもと変わらない日常が僕の足元にはある。彼女の声は僕の耳だけに聞こえたのだろうか。

 僕は久々に、現実を突きつけられるような、でも突き放されるような感情を覚えた。

 僕は心と頭が空っぽになった。

 そして初めて、その空虚という感覚に恐怖を感じた。

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