第4話 晴天色の魔女
重い身体を布団から出して、重い身体を持ち上げて。ずるずると引きずるように支度をして、重いカバンを肩にかけて、重い扉を開いて、家を出る。怪獣の被害をまだ受けていない、整った道を重い足取りで進んでいく。
この道も。この町も。魔女が負けたら、全部消える。
そう脳裏を横切っただけで、重かった身体がさらに重くなる。引き返して、学校をさぼろうか、と考えたが、それもやめた。逃げるみたいで、かっこ悪いし、何より、それは俺の日常じゃない。風邪をひかない限り、学校に通う。学校で、友だちと、バカみたいに騒ぐ。授業は怒られない程度に真面目に受けて、適当に部活をこなして帰る。これが俺の日常。俺の愛するものである。
が、そう考えて、さらに重くなる。
学校に行く。いつも通り。そこで友だちに会う。どう接すればいいんだろう。昨日の戦いの後。親友の紫苑 レンが、ただの親友じゃなくなった。いつも、どうやって挨拶していたっけ。どうやって話しかけていたっけ。もう覚えていない。レンに、いつも通りの振る舞いができる気がしない。もう一人の親友、橘 大那はどうする?俺がレンに不自然な接し方をしたら、気付かれる気がする。そうしたら、どう説明すればいい。
俺が魔女なんだ。
いやいや、信じられないだろ。俺はれっきとした男。中学生男子。アプリで変身して魔女になるとか、信じてもらえるわけない。まず、恥ずかしいから。そんな説明したくない。
嫌だ嫌だ。学校行きたくない。子どもみたいに、脳内で駄々をこねる。
それが晴天色の魔女・青木 唯月の正体であった。
そうは言っても、歩いていれば学校に到着する。残念だが、そういうものだ。仕方なく門をくぐり、仕方なく靴を履き替え、仕方なく教室に入る。
「あ、唯月おはよう。」
しれっと、いつも通り挨拶をしたのはレン。何も変わった様子は無く、いつも通り。
「おはよ」
案外、あっさりと返せるものだった。
「ん、おはよぅ。青木くん。」
隣の席の赤城さんが、眠たそうに挨拶をする。特に仲がいいわけでもないので、適当に「おはよう」と返して、いつもの溜まり場、教室の角へ向かうことにした。
「おー唯月、今日もおはよう。」
独特の言葉で挨拶をするのは、大那だ。こいつは、いつもと変わらない。ひたすらに元気。クラスの中心的なメンバーであるのも納得の明るさ。先生や女生徒からの人気も高い。そういうやつ。
「昨日の戦い見たか?やっぱりブルー、かっこいいよな。新技も決まった。ピンクも守ってさ。女とはいえ、あこがれるぜ。」
大那がいつものように、熱く語りだす。なかなか熱心な魔女のファンらしい。大那の手に持った携帯には、魔女の画像やら動画やらのデータが詰まっている。じっくりと戦闘を見られていると思うと気持ち悪いが、あれだけ有名になってしまえば仕方ない。第一、俺の正体はバレていないから、まあいいか、という感じ。
「あの技はピンクの魔法があるから出来る技でしょ。ブルーだって、いつもはピンクに助けられているし。」
ピンクは、技が決まれば笑顔で褒めるし、何をしてもお礼を言う。戦っていて気持ちがいいし、もっと頑張ろうと思える。隣の席の人が、小テストの点数にコメントを添えてくれる感じ。あれに似ている。もっと高い点とったら、もっといい反応くれるのかな、とか。俺の中のささやかな喜びを、大きくしてくれる感じ。伝われ。まあ、正体を感付かれたら面倒なので、そんな説明はしないけれど。
「唯月もピンク大好きだよな。」
そう言いながら、大那が俺の背中をバンバン叩く。痛い。バンバンと数回叩かれた後、ドンという衝撃が身体に伝わる。
「何?」
俺が驚いて、周りを見回すと、耳元で
「怪獣!」
と大きな声を出される。いつも、こうやって大那が叫ぶ。すると、皆テキパキと避難を始める。一種の号令のようになりつつあるのだった。
「なあ、レン。」
大那が廊下の人波に入ったのを確認してから、レンに小声で呼びかける。
「やっぱり、なんでもない。」
言いかけていた言葉を取り消して、俺はいつも通り教室に残る。
誰もいなくなったのを確認してから、教室のカーテンの中に入り、窓枠に足をかけ、例のアプリを起動する。携帯の暗い画面に映った魔女を確認して、
「いくぞ、せいんとりぃブルー。」
そう呼びかける。一応、魔女の名前。アプリによると、そういうらしい。全く定着していないけれど。
「ブルーちゃん、今日も頑張ろうね。」
合流したピンクが言う。二日連続だからかもしれない。少し疲れている様子だった。
「昨日の話聞いてから、眠れなくてね。」
困ったように、そう説明された。
「じゃあ、なるべく自分が守る。」
負けたら困るし。俺だって、この日常を壊されるわけにはいかない。もしも次、ちがう世界に生まれ変わって、そこが、こうやって適当に生きたいように生きていける世界とは限らない。この比較的自由な世界がいいんだ。神様に終わらせてやるもんか。
「ブルーちゃんは優しいね。そういうとこ好きだよ。」
ピンクが笑顔で、何の躊躇もなく言う。正体を知らないけれど、もしかしたら俺みたいに中身は男かもしれないけれど、とにかく、今の見た目は同じくらいの歳の女の子。そんな人に、好きなんて言われたらドキっとする。恋愛的な感情を持っているつもりは無いけれど、とにかく、そういうものなんだ。
「今日の作戦は?」
んん、と考える。二日連続の戦闘は、よく考えたら初めて。昨日は作戦を考える余裕も無かった。
「もう直接地面に埋めてやろうか。」
思考が雑になってきている。俺も眠い。ピンクも眠そうだし。今日の力で怪獣にトドメを刺せるとは思えない。そういうわけで、怪獣には、さっさと帰っていただこう。
「いいね、それ。」
ピンクがそう言って、足を止める。もう魔法が届く距離。俺は高さのあるビルを飛び移って、怪獣の上まで跳べる高さに登る。
「どりぃみぃタライ落とし。」
センス無い技名を聞くと同時に、地面を蹴って上空へ。俺も、そのセンスの無さを見習ってみようか。もう、思考のすべてが雑な自覚があった。
「せいんとりぃカカト落とし!」
怪獣へ特大のカカト落としをお見舞い。魔法の威力と合わさることで、怪獣はメリメリと地面に沈んでいく。
「うおおおおおおおおおおおおおお」
叫んで力を込めると、怪獣は地面の下へ帰っていった。
「すごかったな。ブルーの雰囲気、いつもと違ったし。あんな大声、はじめて聞いた。発想も面白かったし。やっぱりすげぇ。」
学校に戻ると、大那は楽しそうに感想を話していた。あの叫び声が届いていたと思うと、恥ずかしい。あまり女らしい声でもなかった。夢を壊してしまっていたら、申し訳ない。大那の様子を見る限り、杞憂に終わりそうだけれど。
「もー、二人ともどこかいっちゃうから、心配したんだよ。」
教室では、クラスメイトの女子が抱き合っていた。レンの双子の妹、紫苑 ユイ。それから、赤城 星香と太田 碧だ。
「ごめんごめん、つい人の流れに流されちゃってね。」
「ちょっと怪獣の様子を見ていたら、迷子になっててさ。」
そんな様子を見ながら、そういえば、俺っていつも戦いに行っているのに、心配されたことないよな、などと思い出す。避難する途中で姿が見えなくなったら、それなりに焦る気がするけれど。まあ、大那は魔女の戦闘に夢中になりそうだし、レンも戦闘の関係者だし。俺のことを気にする余裕なんて無いのかもしれない。
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