第3話 魔女と怪獣の神様
「ねえ、ブルーちゃん。」
いつもなら、怪獣が帰ったらすぐ解散。でも、今回はブルーを呼び止めてみた。どうして、なんて聞かれたら答えに困る。気が向いたから、というのが正しい。
「その敬語、無理しなくてもいいよ。」
この機会を逃したら言えない気がした。一般人は避難していて、誰もいない低層ビルの屋上。落ち着いて話をする、絶好の機会だ。
「自分、ピンクさんみたいな話し方できませんから。そんな女子みたいな話し方は…。」
少し照れ気味に言う。照れている顔も素敵です。恥ずかしがることでは無いと思うけど。
「話し方なんて自由でいいんだよ。周りの評価とか、気にすることじゃないでしょ。私はブルーちゃんの素の口調、頼もしくてカッコいいと思うし。もしも無理しているなら、辞めよう。」
わざわざ魔女らしい口調にする必要なんてない。私だって、気にしていないし。私たちは魔女を演じる役者じゃない。本物の魔女なんだから。私たちのすべてが、魔女の定義。誰かが決めることじゃない。
ブルーは少し考える素振りを見せてから、
「じゃあ」
と短く言って、
「そうする。」
と決めてくれた。
「お二人が親睦を深めているところ、悪いんだけどさあ。」
後ろから声。振り向くと、見覚えのある姿がいた。ちょうど屋上へ来たところらしい。扉の前でニコニコと意味深長な笑顔を見せている。
「し」
「レン」
彼の名前を呼ぼうとしたとき、私よりも先にブルーが言った。紫苑 レン。私の親友であるユイの、双子の兄。男の子にしては長い髪と、ユイに似たかわいらしい顔つき。間違えるはずもない。
「僕が君たちのアプリを作ったんだよ。って言ったら、信じてくれる?」
レンがニコニコと言った。アプリというのは、きっと魔女に変身するときに使っている例のアプリのこと。信じられませんとも。と思ったが、こんな質問をするあたり、きっと事実なんだろうな。
「じゃあ、これも信じてくれるかな。あの怪獣を作ったのも、僕なんだ。」
笑顔を絶やさずに言う。そちらは信じられなかった。怪獣の存在は、自然災害の一種くらいにしか思っていなかった。考えてみれば、たしかに不思議なものだけれど。誰かによって作られた存在だなんて、全く浮かばなかった。だって、何のために?
「いつか説明しようと思っていたんだ。ほら、誰もいないビルの屋上なんて、絶好の機会でしょ。だから、今日教えてあげる。」
説明する理由は平凡だった。そんな軽い雰囲気で聞いてしまって良いものなのか。そう言いたいところだけど、話には興味があるので黙っておく。
「この世界には、神様がいるんだ。この世界を創り出した神様。当然、この世界を終わらせるのも、神様の仕事だ。」
わけのわからないところから話は始まる。
「神様は迷っていた。この世界を終わらせるべきか、存続させるべきか。そこで、試すことにした。世界の終わりを願う人には怪獣を操る力を、世界を愛する人には魔法の力を与えてね。怪獣と魔法使い、きっと気持ちの強い方が勝つだろう。神様はそう考えたんだ。」
レンがゆっくりと説明する。それでも、私の理解はギリギリ追いついている、という感じ。
「じゃあ、魔法も怪獣も、同じ神様が作ったものってこと?」
確認してみる。だって、おかしな話だ。対立する二つの力を、同じ人が作って、それを戦わせているなんて。
「僕は神様じゃないんだけどね。神様の指示で作ったものだから、その認識でいいと思うよ。」
そう訂正される。
「もし自分たちが負けたらどうなる?」
次はブルーが訊く。
「神様の力で、世界を終わらせるだろうね。」
レンが当たり前のように言う。「そうか。」とブルーは反応する。落ち着いた対応のように見えるけれど、つばを飲み込む音を鳴らしたあたり、私と同じように混乱していると思う。
たった今、私たちの戦いの意味が大きく変わった。ただ、守りたいものを守っていただけ。でも、これからは、そうはいかない。私たちの勝敗に、世界の命運がかかっていたんだ。私たちが負けたら、世界が終わる。大切な人たちも、大好きな人たちも、皆いなくなっちゃう。
「そんなの嫌だよ。」
「そうだねえ。だったら、三人の魔法使いで力を合わせて頑張ってよ。」
レンが心の篭っていないような応援をする。あくまで、立場としては中立らしい。怪獣の味方はしない、私たちの味方にもならない。そういう感じ。
「まって。」
聞き逃したようにブルーが言う。
「今、三人って言ったよな。」
「言ったね。」
レンが返す。気が付かなかった。確かに、三人と言った気がする。私と、ブルー。まだもう一人、魔女がいるの?
「僕が作ったアプリは四つ。一つは怪獣を操るもの。残りの三つは、魔法使いに変身するものだよ。」
あと一人。まだ魔女がいる。どうにかして見つけないと。きっと力になってくれる。そうしたら、怪獣を倒すのだって、夢じゃないから。
「レン。最後に、もう一つ訊きたいことがあるんだけど。」
ブルーが迷うように言った。レンが不思議そうに、その顔を覗き込む。
「どうしたんだい?」
「えっと」
やっと決心したようで、
「どうして魔女?恰好、すげえフリフリして恥ずかしいし、動きにくいんだけど。」
と、言われてみれば気になる質問。あまり気にしたことはなかった。フリフリのワンピース、かわいいじゃん。でも、たしかに。女の子でも、これが苦手な子がいるのは理解しているつもり。碧とか、嫌がるだろうな、って恰好だもん。
「ああ、それ。」
レンがニヤリ、と面白そうに笑う。さっきまでの笑顔とは、具体的な説明はできないけれど、何か違う感じ。
「かわいい方が、夢があるだろう。似合っていて面白い…じゃなくって、素敵だと思うよ。」
わざとらしく言い間違える。どういうつもりか、まったく理解できないけれど。
「じゃあ、僕は失礼するよ。ああ、楽しかった。」
とにかく、わけがわからないけれど。レンは満足そうに手を振って屋上を後にした。
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