第2話 桜色の魔女

 そして、噂の魔女の正体は、私、赤城 星香なのでした。特に面白い自己紹介ができるわけでもない、中学3年生。自分かわいい、なんて自画自賛は無理だけど、罵倒できるほど酷い容姿もしていないと思う。マジメともギャルとも呼べない、公立の中学校に通う本当に普通の女の子。好きなことは、友だちと遊ぶこと。休日に街まで出てショッピングもいいけど、放課後に近所の公園やファストフード店でだらだら喋っているだけでも楽しいから好き。クラスのかっこいい男の子の噂話や、昨日見たテレビのうんちくを話す。そんな日常を愛しているわけで。


 「どこか遊びに行きたい。」

 休み時間に、机に突っ伏して、そんなことを呟く私なのでした。

 「それ昨日も聞いた。」

 「毎日言ってるよね。」

 友だちにも呆れられる。そう言いながら私の頭を撫でる太田 碧は、本当に素晴らしい友だちだと思う。女の子らしい顔つきに合わない、ボーイッシュな短髪と、肩幅を余らせた男子制服。それでも中身は乙女なわけで、

 「星香はかわいいから許す。」

 という甘い性格。大好き。

 「じゃあ遊びに行こう。」

 「僕、金欠だから~。」

 この上げてから落とす作戦。碧のいつものパターンだ。むぅ、と不満げに声をあげても、慣れた手つきで、「かわいいなぁ」なんて言いながら髪を撫でる。

 「じゃあユイ。遊びに行こうよ。」

 「じゃあ、って言われた…。」

 しょぼん、と呟くのは紫苑 ゆい。内側に巻かれたボブカットと、小動物のような丸い黒目。絵に描かれたような女の子。

 「ごめんよ、ユイも大好きだよ、デートしよう。」

 抱きついて、そんな冗談を言ってみる。

 「私忙しいから…。」

 引き気味に断られる。残念。今週も遊べそうにない。

 「それに、怪獣が危ないから、あまり遠くへは行けないよね。」

 ユイが残念そうに言う。断るための後付けの言い訳にも聞こえるけれど、正論だった。


 「はやく魔女が終わらせてくれればいいのに。」

 碧が言った。ただの愚痴みたいなものだけど、私にはその言葉がグサッと刺さる。本当に不甲斐ないです。私だって、はやく終わらせたいけど、あの怪獣ってば地面に逃げてしまうから。なんて言い訳を心の中で展開してみる。当然、直接言うことは出来ない。正体は友だちにだって秘密だから。

 「でも、魔女さんかっこいいよね。」

 ユイが会話の空気を入れ替えるように言った。謎の多い魔女という存在は、アイドルのようになりつつある。見ているだけの人にとっては、かわいい恰好で怪獣を倒す魔女は、パフォーマーと大差ないのかもしれない。少し照れ臭いけれど、これも一種の応援のカタチとして受け入れているつもり。

 「うん。私、ブルーが好き。かっこいいよね、直接怪獣に攻撃して、囮役も自分から志願したり」

 「そうなんだ。」

 つい熱くなっていると、碧が隣から不思議そうに言った。しまったな、と心の中で反省する。

 

 私は、ブルーの正体を知らない。いつも一緒に戦っているけど、会うのは魔法の力で変身した後。だから、変身前の姿を知らない。でも、いつも私を守ってくれる。危険なことは積極的に請け負って、止める前に行動を始めるから、いつも止められない。申し訳ないなあ、とは思っているけど。だから私はブルーが好き。同じ女の子なのに、クールで、強くて、でも、どこか無理しているみたいで。だから私も、ブルーのこと守らないと、って思う。大切な仲間。


 「僕はピンクが好きだなぁ。魔法ってロマンがあるでしょ。それに、笑顔がかわいいからね。」

 碧はそう言いながら、ポケットから携帯電話を取り出して、画像フォルダを見せる。そこには、びっしりと私の写った画像が保存されていた。やっぱり恥ずかしい。

 「ブルーもピンクも、一緒くらい人気なんだよね。お兄ちゃんが言ってた。」

 ユイの言う、お兄ちゃん、というのは、クラスメイトの紫苑 レンのこと。ユイの双子の兄。教室の隅、出入り口の辺りで、私たちと同じように、三人程度で丸くなって騒いでいる。

 「唯月くんがレッド派で、大那くんはブルー派って言ってたかな。」

 レンを囲むクラスメイトの名前を言う。


 「ブルーの方が、かっこいいと思うんだけどな。」

 レッドが好き、と言ってくれるのは嬉しい。でも、比べたら圧倒的にブルーの方がカッコイイと思う。守ってくれるなら、私よりもブルーの方が頼もしいよ。



 そう言おうとしたとき、突然床が揺れた。

 「怪獣だ!」

 クラスメイトの橘 大那が声を上げる。窓の外を見ると、確かに怪獣の姿があった。この場合、グラウンドへ避難することになっている。しかし、私は避難している場合ではない。変身して、魔女になって、怪獣を倒す。まずは、どうにかして人目に付かないところへ行きたい。

 「はやく逃げなきゃ。」

 そう言って廊下に出る。そこは、川のように人が流れていた。その人ごみに自ら飲み込まれ、碧とユイとはぐれたのを確認してから、女子トイレへ滑り込む。


 廊下から見えないように、壁の陰に入り、ポケットから携帯電話を取り出す。指紋認証でロックを解除し、いつも通り二回左へスワイプ。桜色のアプリアイコンを触って、起動させる。これは、初めて怪獣が現れた時に、気付いたら入っていたアプリ。起動させると、どういうわけか私の姿は例の魔女に替わる。もう何度も経験したけれど、変な感じ。身体が軽くなって、髪の長さや顔つきも変わる。鏡に映る私に、赤城 星香は残っていなかった。仕組みは知らないけれど、骨格や筋肉から変わっているのではないだろうか。

 「魔法少女・どりぃみぃピンク、今日も頑張ろう。」

 鏡の向こうの自分を応援してから、トイレの窓を開ける。勢いよく吹き込む風に抵抗するように、窓枠を蹴って宙を舞った。

 「怪獣はあっちだったかな。」

 教室の窓から見た様子を思い出しながら、地面に着地し、行先を定める。怪獣に辿り着く前に、後ろから、もう一つの足音が近づいてきた。


 「ブルーちゃん!今日もよろしくね。」

 軽く振り返って挨拶。挨拶は仕事の基本だから。

 「よろしくお願いします。」

 ブルーもいつも通り丁寧に返す。ブルーも同じくらいの歳だと思うけれど、どういうわけか敬語である。なんだか無理をしているような下手な敬語で、あまり好きではないけれど。お互い、あまり干渉するつもりも無いので、何も言っていない。

 「今日の作戦どうしようか。」

 「試してみたいことがあって、」

 「おお、私はどうすればいいかな。」

 「怪獣の真上から攻撃してほしいです。」

 ブルーの作戦は全く想像がつかないけれど、説明されて理解できる自信もないので、「了解」と返しておく。ブルーが作戦を持ち掛けてくるのは、珍しくない。私も考えてみるけれど、思いつくのは不可能な作戦ばかりで。数回、ブルーを困らせる結末を迎えたので作戦担当は諦めた。

 「ピンクさん。」

 もうそろそろ怪獣の間合いに入るところで、ブルーが呼んだ。

 「あまり近づくと危険だから、魔法で遠距離攻撃でいいです。」

 そう指示をしながら、本人は怪獣に近づいていく。また危ないことを任せてしまった気がする。申し訳ないなあ、と思いつつ、どうしようもないので足を止めた。指先で宙に紋様を描く。アプリが教えてくれた、魔法陣というやつで、この図形の組み合わせによって魔法が発動する仕組み。

 「必殺・どりぃみぃタライ落とし。」

 即席で考えた技名を唱えながら、低い円柱と矢印を組み合わせたものを描く。それは巨大な形で怪獣の頭上に現れ、勢いよく落下した。

 それに合わせて、高く跳んだブルーが下から怪獣を蹴り上げる。上からは私の魔法。下からはブルーのキック。見事な挟み撃ちというわけだ。

 「大成功だね!さすがブルーちゃん。」

たまらず怪獣の尾が暴れる。慌てて防御の魔法を展開して、町の被害を抑えた。ギリギリセーフという感じ。

 「ピンクさん!そこ危ない!」

 上からブルーの声。見上げると、ブルーは怪獣の背の上に立っている。そして、怪獣の目が私を捕らえて、口を開いていた。ビームだ。口から炎とも光とも呼べるような、高温で眩しいビームを出す。いつも避けているから、正確な威力は知らないけれど。あれでいくつもの建物が破壊されている。いくら魔女の身体でも、耐えられるとは思えない。

 が、防御魔法を出すには、数十秒の時間がかかる。間に合わない。このような時に、足というのは、もつれるもので。右に避けるか、左に避けるか、そんな一瞬の迷いが足に伝わり、上手く走れない。


 もうだめ。そう思ったとき、私に体当たりしてきて、ビームの筋が大きくずれた。ブルーが怪獣を蹴って、勢いをつけた状態で私を押したのだ。おかげで、私は攻撃をよけられた。

 「ナイスだよ、ブルーちゃん。ありがとう。」

 「手荒で悪い。」

 ブルーもずいぶんと焦ったようで、息がやや荒く、口調も自然。ブルーの素の口調は、少し男の子みたいで、頼もしい感じがして好き。

 怪獣は、私たちが攻撃を避けたのを確認して、つまらなそうに地面へ潜っていった。

 私たちの戦いは、まだ終わらないというわけだ。はやくトドメを刺してしまいたいけれど、逃げ足ばかり早くて困る。

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