第3話
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班長がひたすら謝り倒し、粘り勝ちで女性が帰るまでにはたっぷり一時間を必要とした。移転に関する結論は先延ばし。次回までに再び希望に沿う物件を探すという話だが、はてさて。
あの様子では、同じ結果にしかならないのではないだろうか。
僕と班長は食堂で遅めの昼食を取ることにした。幸いなことに好物の唐揚げ定食はまだ残っていて、僕は少しだけ機嫌を直す。
「よくそんなものを喰えるもんだ」
班長はうんざりした顔で僕の前に置かれたプレートを見詰めた。
「まったく、歳の差ってのは恐ろしいな」
班長のチョイスは二種類のパンとサラダ。それに牛乳という簡単なものだった。
「そういえばさっきから姿が見えないようですけど、どうしたんですか?」
いつの間にか、望月さんの所在を確認出来なくなっている。
「ああ、帰ったよ」
ダイコンとカブのサラダにフォークを突きたてながら、あっさりと班長が言う。
「帰った? さっきの苦情が原因ですか」
「まあ、言ってみれば同じことなんだが」
班長は軽く溜息をつく。
「俺に無理やり交代させられたのが納得できないんだとさ」
確かに望月さんは強制的に退席させられた。だけど。
「つまり、あのまま自分が応対していれば、その後の交渉が上手く行ったと?」
「あいつに言わせると、そういう事になるらしい」
なんとまあ。まるで子供の言い訳だ。
「あの人、僕より結構年上ですよね」
「別に能力ってもんは年齢と比例しないぜ」
班長はちぎったパンを口に放り込む。
「仕方ない。まあ、長く持ったほうさ」
僕はこの数日感じていた疑問を持ち出す。
「もうちょっと楽な仕事を割り振ったほうがいいんじゃないですか? 窓口を担当するには、経験も技術も不足気味と思います」
「他に適性があれば最初からそっちに配属してる。あそこしか担当できる部署が無いんだ」
乱暴な話だなあ、と僕は思った。
「もう少し丁寧にやっても良いと思いますけど。人材を育てることだって大事じゃないんですか?」
唐揚げにかぶりつく僕。カリッとした風味が心地よい。
班長は少し視線を逸らす。
「やってるさ。ちゃんと正規職員とペアを組ませてる」
む。そういう言い方をしますか。
「僕は新人ですよ。言ってしまえば、ここでの経験はあの人より短い」
「そいつを言い訳にするなら、先達に意見をするにはちと早いんじゃないのか?」
「先入観の無い状態だからこそ、見えることもあると思います」
澄まして言った僕を班長は軽く睨んだ。ちょっとした威圧感。だが、僕もこの数日で多少は慣れてきた。雰囲気に負けず、自分の意見を口に出せた。
「確かに応対時の言動は問題がありましたけど」
僕は先ほど女性と行ったやり取りを思い出した。
「あの女性の言う事も理屈に合わない。僕も嫌がらせをされているようにしか思えませんでした」
「だとしたら、どうすべきだったと思う?」
「もう少し毅然とした対応を取っても良いと思います。拒否すべきは拒否する。その方向性もあった筈です」
希望を提示する権利はあるにしても、限度というものがある。度を越した要求はどこかで断ち切る必要があるのではないだろうか。
「公務員なんてものはな、結局は相手が望む形の解決を提示できないことがほとんどだ」
班長はコーヒーカップを持ち上げ、ゆっくりとそれを啜った。
「どうやっても解決方法を見つけられない。そんな時は、黙って相手の話を聞くのも職員の仕事さ」
「そういうものですか」
僕の言葉には、少々の反感が込められていた。
「市民の精神カウンセリングは立派な公務だ。せめて相手の話を聞いてやるって態度が重要なんだよ。機械には出来ない芸当だ」
「黙って話を聞くだけなら応接プログラムで十分じゃないですか。接遇能力だって、少なくとも僕達よりは上ですよ」
班長は静かに首を横に振った。
「機械じゃない存在に苦情をぶつけたい、って需要があるんだよ。感情の泥球を投げつけるための的。その役割を果たせるのが、職員が持つ最大の能力さ」
班長は皮肉な笑みを浮かべる。
「そいつは、機械には出来ない」
僕は溜息をつく。
「ひどい話ですね」
「それが最も効率的だって評価だからな。仕方ない、公務さ」
班長はもしゃもしゃとサラダに取り掛かる。
「まあ、俺たちの仕事はそんなのばっかりだ。午後は現場確認だからな。昼休みが終わったら、遅れずに三番ゲートに来いよ」
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