フキノトウのせい
~ 二月五日(火) 3.4 対 1.4 ~
フキノトウの花言葉 待望
軽い色に染めたゆるふわロング髪をエビにして。
頭のてっぺんに、フキノトウを一つ乗せた
まるで渓流のごとき激しい清さで叱りつけるのは。
「非常識です! なにがチョコ募集の選挙活動ですか!」
三年生。
元生徒会長の、
こんな時期に。
しかも、他所のクラスで。
あなたの方が非常識です。
「なんでこんな時期に学校にいるのです、会長?」
すでに三年生は自由登校期間でしょうに。
「秋山道久! いつまで私を会長呼ばわりなさいますか、非常識な!」
「いえ。俺にとって会長は会長ただ一人ですので」
もう、他の呼び方も面倒。
お叱り覚悟で言ってみたものの。
珍しく、なにやらもごもごとつぶやくと。
それならやむなしと許可を下さいました。
「それより、藍川穂咲。聞けば校内をねり歩いてチョコをせがんでいるとのこと。私がしばらく学校へ来ていない間になんという事をしていますか」
「だって、これは勝負なの。聖戦なの」
「と、バカなことを言わないよう俺も目を光らせておきますので。会長はどうか受験に専念なさってください」
会長の妹の葉月ちゃんから。
バイト先で聞いています。
これから国立大学の二次試験があるとのことで。
今は重要な時期のはず。
「あと、出歩くのはいいですが、人の多いところは避けた方がいいです。風邪を貰ってしまいますし」
心からの心配は。
どうやら会長の心に刺さってくれたようで。
珍しく、優しい笑顔を俺に向けると。
流麗なお辞儀を下さいました。
「気を使ってくれてありがとう。実は、担任にも同様のことを言われていてな。気晴らしに登校してみたものの、見つかると大目玉を食らうことになろう」
会長が先生に逆らうなんて。
そんな意外なことを言いつつ。
さらに意外なことに、小さく舌を出した後。
「……時に、秋山道久。お前もバレンタインチョコなど募集しているのか?」
「選挙活動はしてませんが。こいつと勝負になっているのです」
「ふむ、そういう事なら、私もお前に肩入れしてやろう。だが、あくまで肩入れだからな? 勘違いするなよ?」
なんと。
意外な所から味方が現れました。
でも俺がお礼を言おうと立ち上がったところで。
こんな学校にしか流れないような。
妙な校内放送が流れました。
ピンポンパンポーン
『あー、全校生徒に告げる。今しがた、校内に不審者が紛れ込んだらしいので、各自即刻クラスへ戻り、待機するように。迷彩服に、マシンガンのようなものを持った人物を見かけても騒がない事。以上』
ピンポンパンポーン
「…………ええと、会長。なんでしょうね、今の」
「うむ。不審者とは非常識な。ここは私が正義の鉄槌を……」
「いえいえ、それこそ大人しくしていないと。見つかった日にはお説教が待っているのでは?」
「う、うむ。確かに……。でも、ここにいたところで見つかってしまう」
では、掃除用具入れにでも隠れていてもらおうかしら。
そんなことを考えていたら。
お昼休みの教室へぞろぞろと戻って来たみんなに紛れて。
非常識な不審者も一緒に入って来たからさあ大変。
にわかにパニックに陥ったみんなですが。
教壇から響くハスキーボイスに。
一瞬で静かにさせられます。
「全員、静かに席につけ。逆らったらこいつをぶっ放す」
会長も青ざめながら見つめる不審者ですが。
いやはや。
不審者って、あんたでしたか。
「…………何しに来たんです?」
「ごあいさつだなぁみちこ。わざわざ会いに来てやったってのに」
穂咲がガルルと威嚇するのは。
俺たちの天敵。
東京でミリタリーショップを経営するお姉さん。
榊原ゆうさんなのです。
いつもの迷彩服に身を包んで。
作り物のマシンガンをかざして。
ニヤリと微笑む切れ長の瞳。
そのすぐ下に、印象的な二つのほくろ。
「まさか客を不審者扱いとは。ひでえ学校だな」
「そんなの肩から下げて無許可で入ってきたらそうなりますよ」
クラスのみんなは、俺が平気な顔でゆうさんと話しているのを見て呆然としていますが。
六本木君たち何人か。
ゆうさんを知っている人たちは。
最大限まで気配を消して。
関わり合いにならないように顔を背けています。
「それよりほんと、何しに来やがりましたか」
「世間はせめえってこった。お得意さんが何駅か向こうにいてな? 今日は大量に注文して貰ったから出張サービスしてやったんだ」
なるほど。
いつもは宅配で済ませるところを。
おてずから商品を持って来て。
その上で、世間的には大迷惑な納品の仕方をなさったのでしょうね。
「聞きたくないですけど。どうやって商品を渡したのです?」
「地元のサバゲチームの皆さんと協力してな。そいつの家を爆破ターゲットに見立てて……」
「聞いといてなんですけど、もういいです」
「なんでだよ」
「どうせなんでもかんでもぶっ壊したんでしょ? 共犯にされたらたまらない」
「壊してねえよ。……なんでもかんでもは」
じゃあ、ちょっとは壊してるじゃない。
そして俺の隣に座って不機嫌MAXになっている。
穂咲をいつものようにからかいます。
「咲太郎も元気だったか?」
「その変な名前はやめて欲しいの。ゆうさんが来る前までは元気だったの」
「言うじゃねえか。まあ、てめえはいいや。今日はみちこに用があって来たんだ。お前、卒業したらウチで働けよ?」
「まだ言っているのです? 俺は、ゆうさんの店でバイトなんかしませんから」
「バイトじゃねえよ」
「就職しろってことですか?」
「いや。ただの捕虜だ」
呆れた。
ほんと面倒な人です。
そして、この会長ですら。
ゆうさんへ、どう対処したものか悩んでいるようですが。
「グダグダうるせえなあ。手付金として、バレンタインデーにはチョコを送り付けてやるから必ず来いよ?」
なんと。
またもチョコが貰えることになりましたけど。
とは言えこいつは危険すぎる。
俺は丁重にお断りしようとしたのですが。
……どうして今日はこう。
次から次へと面倒なことになりますか。
「み、道久君! かくまって!」
「今度は
泣きそうな顔で。
クラスへ駈け込んで来たのは
学校のご近所さんで。
バイト仲間のお姉さん。
線の細い美人さんは。
二人の異邦人にも気付かぬ様子で。
俺の席に駆け寄るのですが。
「ご近所を散歩してたのよ! で、学校懐かしいなあって、ふらっと入ってみたら、なんだか不審者を探せって先生方がねり歩いてて!」
「ああ、なるほど。そして逃げる方向間違えてここに来てしまったと」
「そうなの! 先生方、もうそこまで来てる!」
やれやれ。
晴花さんにはお世話になっているし。
仕方ないですね。
「助けてくれたら何でもするから!」
「いえ、何でもはいりません。……バレンタインデーにチョコ下さい」
「え? う、うん。元々あげるつもりだったけど……」
そうなのですか?
まあ、義理でしょうけれど。
それでも今日だけで大量の予約が入りました。
さて、そうと決まれば。
「しょうがない。皆さんを無事に帰すことにしましょうか」
「え? え? え? どうやって?」
晴花さんと会長が。
目を丸くさせていますけど。
結構簡単なのです。
俺はゆうさんから迷彩ジャケットと銃を借りて。
三人へ、びしいと敬礼したあと。
「俺を不審者と呼ぶ奴は誰だー!」
廊下へ突撃したのでした。
こうして、無事に不審者を捕まえた警備隊はその場で解散。
散々叱られた俺の元に、後になって届いたものは。
会長と晴花さんからの、お礼の連絡と。
ゆうさんからの、目が飛び出るような額の請求書でした。
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