ヒメオドリコソウのせい
~ 二月六日(水) 3.4 対 2.0 ~
ヒメオドリコソウの花言葉 春の幸せ
昨日の帰り道から。
今に至るまで。
なにかとつっかかって来る不機嫌さんは、
おそらく嫌がらせと思われるのですが。
散々チョコを食わされて。
胃と体が大変重いのですけど。
ヤキモチでしょうか?
……いえ。
きっとそうではなく。
これは俺の戦意を喪失させるための計画でしょうね。
つまり。
チョコはもういらないと。
俺に言わせる気でしょう。
そうはいくか。
軽い色に染めたゆるふわロング髪を、大きく編んで肩から前に垂らして。
耳に、ヒメオドリコソウを挿す策士ですが。
そのお花を指差して。
「紫のラッコさんなの」
ラッコ?
ヒメオドリコソウが?
まあ、言われてみれば見えなくはないですが。
君はどうしてそうなのでしょうね。
だって。
「また貴様らか。今の話、聞いておったのか?」
授業中です。
「ああ、立たんでいいぞ秋山。もう授業は終わりだからな。それより連絡事項がある。先日ロケハンとやらに来たテレビ局だが、結局我が校で金曜日に撮影を行うことになった」
にわかにざわつくクラスの面々。
無理もありません。
あれだけ怒らせて帰したというのに。
この学校を選ぶなんて。
傍若無人な態度とは異なるところで。
モノづくりにかける情熱というものがあるとでもいうのでしょうか。
そんなプロ意識を垣間見た瞬間でした。
「撮影にあたって、校内からエキストラを雇うという話もある。身なりはきっちりさせて当日を迎えるように」
先生はそう結びながら。
穂咲のお花を見つめるのですが。
「ご安心ください、先生」
前にも思いましたけど。
うちのクラス、女子十六人。
どなたもお綺麗ですので。
「穂咲が選ばれるとしたら三十二番目に決まっていますから」
これには笑い半分非難半分。
とは言え先生は何となく納得したようで。
四時間目終了のチャイムと共に教室を後にしたのです。
……さて。
つい面白いことを言ってしまった。
そのツケを払うターンの開始です。
ぷりぷり膨れた穂咲さん。
昨日からの不機嫌をさらに倍化させて。
俺の腕を引いて。
連れてきたのは一年生の教室前。
ここ、たしか瑞希ちゃんと葉月ちゃんのクラスですよね。
「……教授。お腹が空いているのですが」
「教授は後回しなの。まずは、昨日とさっきの仕返しなの」
そう言いながら。
教室の扉を開け放って。
開口一番。
「道久君は悪党なの! でも、あたしが成敗するの!」
また、たいそう妙なことを言い出して。
教卓をばばんと叩いて皆さんにアピールです。
「……やめなさい。皆さん、良く言ってドン引きです」
悪く言えば。
総員、携帯を開いて。
「だから、道久君への投票はやめといて、あたしに投票すると良いの!」
「誰がこんな騒がしいお姉さんに投票しますか」
そして、いつもの良く分からない演説を始めたのですが。
まったく。
やりたいことは分かるのですが。
もうちょっと頭を使いなさいよ。
そんな中。
唖然とする一年生たちを割るように。
顔見知りが二人、慌てて駆け寄ってきました。
「秋山先輩! これ、なんです?」
「……金曜の、ドラマのお芝居でしょうか」
元気な方が、六本木瑞希ちゃん。
清楚な方が、
一年もの付き合いを経て。
随分仲良くなったものの。
未だに穂咲の奇行には。
慣れていらっしゃらないご様子。
「これはあれなのです。例の、バレンタイン総選挙」
「ああ、チョコをねだりに来たんですね?」
「違うのです。たぶん、俺に投票しないよう釘をさしに来たのだと思うのです」
そんなことしなくても。
一年生から貰えるなんて思っていなかったのですが。
「ええと……、それは難しいと思うんです」
「え? それ、どういうこと?」
「あはは! このクラス、隠れミチヒタンがいっぱいいるので!」
ああ、それ、あれですよね。
名物迷惑女、お花の先輩を。
かいがいしく世話する俺の姿を見てほっこりするという異常感性集団。
それがこのクラスにいっぱい?
ちょっと気味が悪いのですが。
「それと俺に投票しないようにするのが難しいというのがどう繋がるの?」
「いやいやいや! センパイ、そりゃ鈍すぎでしょ!」
「……秋山先輩にあげようか悩んでいる子が何人かいるのです」
「ウソ?」
どういう事?
俺の情けない姿を見ての同情チョコなのでしょうか?
「ウソじゃないです! 現にあたしも手作りにチャレンジしようとしてますし!」
「……ご迷惑でなければ、私も差し上げようかと思っています」
「まさか。そんなに同情されてるとは思わなかった」
俺が驚きの声をあげると。
二人は呆れ顔で、やれやれポーズ。
そうか、知らぬは俺ばかりなり。
俺の苦悩は、結構伝わっていたのですね。
でも、そんなやり取りを聞いていた穂咲が。
演説を途中で切り上げて、頬を膨らませます。
「むー! そんなのダメなの! 道久君は酷いヤツなの!」
「君の方が酷いです。何を言い出しますか」
「こないだなんか、てるてる坊主の格好でおもらししたの!」
「漏らしてねえ! 結構きわどかったけど!」
なんて恥ずかしいことを言い出しますかこの人は。
でも、慌てて言い訳しようとしていた俺を遮るかのように。
瑞希ちゃんが穂咲に言いました。
「え? やらかしちゃったの、藍川先輩じゃなかったでした?」
「そんなことするわけ無いの!」
「……えっと、バイトの時……。冬休みにやらかしたって、ご自分で……」
「だからそんなこと…………、あ」
あれだけ消し去りたいと言っていた体験を。
なんで他人に話しますか。
「しかも、それを負ぶって運んだの、秋山先輩だって話じゃないですか」
「う……」
「瑞希ちゃん、もうやめたげて。自分の蒔いた種とは言え、その一件を掘り下げるのは酷な話なのです」
俺は、慌てて止めたのですが。
そんな姿を見た一年生から。
きゃーきゃーと声が上がるのです。
「……今のは?」
「ええ。隠れミチヒタンです」
隠れてません。
騒いでます。
と、言いますか。
どこにきゃーきゃー言われる要素がありました?
「あの、秋山先輩。また株が上がったみたいです」
「いまので? なんで?」
「バレンタインデーは期待できそうですね!」
そんなことを言う一年生二人が。
両側から肘で突くのですが。
「なんか、納得いきません」
そして、どうやら敵に塩を送った穂咲さん。
下唇を噛んで教卓を叩いていますけど。
「くう……! 今にぎゃふんと言わせてやるの!」
……やれやれ、この調子では。
まだまだ嫌がらせが続きそうです。
「なんか、納得いきません」
「道久君はお昼抜き! ここで立ってると良いの!」
…………ほんとに。
納得いきません。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます