リューココリネのせい


 ~ 二月四日(月) 2.7 対 1.3 ~


   リューココリネの花言葉 慎重な恋



「バニラアイスです」

「桜餅なの」

「バニラアイスです」

「桜餅なの」


 昨日の夕方。

 穂咲の頭用に、おばさんが仕入れて来たリューココリネ。


 この、バニラアイスの香りがするお花を、


「桜餅なの」


 …………この、バニ


「桜餅なの」


 

 ほのかに甘い香りのするお花をツインテールに活けて。

 自分の主張を曲げない頑固な子は藍川あいかわ穂咲ほさき


「どう嗅いでもバニラでしょうに」

「どう嗅いだって桜餅なの」


 昨日から、休まずたゆまず言い合って。

 なんなら授業中も言い合いをして。

 立たされた廊下でも繰り返していましたけど。


 そんな穂咲と俺の一騎打ち。

 下校時刻に。

 正門を挟む形で対峙です。


 西方、穂咲軍。

 みんなのお母さん、神尾さんの手を借りて。

 桜餅を無料配布中。


 東方、俺軍。

 カンナさんをだましてほとんど準備してもらい。

 バニラアイスを無料配布中。


 お好きな方を手に取って。

 その品が気に入った方は。

 バレンタインデーにチョコでお返ししてくださいという。

 そういった魂胆も兼ねての対決なのです。


「神尾さん、ごめんなさいなのです。用事があったと言っていましたよね」


 クラスメイトの頼みとあらば。

 自分を殺して助けてくれるお母さん。


 そんな神尾さんが。

 いつもの引きつった笑顔を浮かべる横で。


 穂咲は、正門をくぐる皆様へ。

 清き一票をと。

 清くない賄賂を配ります。



 さて、飛ぶように売れる穂咲の桜餅。

 対してこちらのバニラアイスと言えば。 


「…………てめえ、バカだろ」

「気づいていますので言わないでください、カンナさん」


 夏にお店で売る新商品。

 その試作品を配りませんか?


 そう言いくるめて。

 カンナさんを引っ張り出したのですが。

 二人して、一番厚いコートを着込んだ今日。



 屋外で。



 アイスは無い。



「ほんとてめえは…………っ!」


 ……今思えば。

 アイスか桜餅かと口喧嘩していたところ。


 下校するみんなに配ってどちらが多くさばけるか勝負だと穂咲が言った時。


 俺が勢いに任せて。

 望むところと勝負を受けた瞬間。

 妙にいやらしく微笑んでいましたけど。


 なんたる策士。


 ほんとに昔から。

 悪知恵だけは働くやつです。 


「てめえらもうじき三年だってのに、いつもこんなことして遊んでるのか?」


 手に取ってくれるはずのない試供品を前にしたカンナさんが。

 盛況な敵方へ声をかけると。


 ライブクッキングでさらにお客を集めながら。

 穂咲が返事をしてきます。


「遊んでるわけじゃないの。こいつは聖戦なの」

「バカ穂咲の主観を聞いてるんじゃねえ。世間一般的に見たら子供の遊びだ」

「子供の遊びはそういうんじゃなくて。霜降りとかなの」


 カンナさんも神尾さんも。

 そして西軍の長机を囲む皆さんも揃って眉根を寄せていますが。


 そんな顔しないで上げてください。

 ただの言い間違えです。


「あたしは大人になったから、たまにしか霜降りしないの。洗濯物をお庭に出す時仕方なく霜を踏むことがあるけど………、あ!」


 どうやら自分で気づいた穂咲さんが。

 顔を抑えてうずくまるのを見て。

 合点のいった一同が、あははと笑っていたのですが。


 ようやく復活した穂咲の顔が。

 餅の打ち粉で真っ白になっていたので。

 今度はお腹を抱えて大笑いなのです。


「…………そういう飛び道具で人気を稼がないように」

「飛び道具って何のことか分かんないけど、確かにカンナさんの言う通りなの。もうすぐ三年生だし、ちゃんとしなくちゃなの」

「君が殊勝なことを言うとかえって怪しいのです。試しにお聞きしましょう。何をちゃんとするおつもりですか?」

「恋とか?」


 がっくし。

 やっぱりなんにも分かっていません。


 などと思って、俺は肩を落としたのですが。

 意外にも。

 

 カンナさんも神尾さんも。

 穂咲の返事に食いつきます。


「そうそう! あたしが言いたかったのはそういうこった」

「いよいよその気になったのね! 応援するから!」

「あれ? 全員敵?」


 もうすぐ高校三年生。

 遊んでないでやらなければいけない事。


 ……恋?

 そうじゃなくないですか??


 あるいは。

 俺だけおかしな感性を持っています?



 味方を求めて視線をさまよわせてみれば。

 真面目なご意見をくれそうな人が穂咲の長机のそばにいたので。

 声をかけてみました。


「近藤君。今の聞いていました?」

「ああ」

「おかしいですよね?」

「そうか? この時期、一番大切なことだと僕は思うが」

「なんと。敵でしたか」


 四方から聞こえる楚の歌。

 なるほどこれは諦めもつくというものです。


 俺にとどめを刺した近藤君。

 手伝うよと穂咲へ声をかけて。

 女性客へ、笑顔で桜餅を配り始めると。


 お客さんの列が。

 あっという間に倍になりました。


 近藤君の、クールなかっこよさ。

 一年生の間でも、それなり話題と聞きますし。

 納得の結果なのです。


「まあ、近藤君効果はさておき、この寒さに甘い香りが湯気に乗って漂う桜餅は確かに美味しそうなのです。カンナさんの分、貰ってきましょうか?」

「秋山ぁ……」


 いけね。

 そうでした。


 お忙しい中、わざわざアイスを運んでもらったのに。

 無駄足で帰すわけにはいきません。


 とは言えどうしたものか。

 頭を捻っていた俺の耳に。

 爽やかな掛け声が届いたのでした。


「おや、サッカー部。ロードワークから帰って来たようです」


 珍しく、校外を走って来たサッカー部が。

 汗びっしょりで校門をくぐるなり。


「え? これ、タダ?」

「貰っていいのか?」

「どうぞどうぞ」


 我先にと。

 冷たいアイスへ飛びつきます。


 そんな中。

 こと、スポーツについては頭の固い六本木君の叱り声と。

 慌てて感想を聞いて歩くカンナさんの声が辺りを賑わせると。


 穂咲の列から俺のテーブルへと。

 男子ばかりとは言え、幾人かが移って来たのです。


「ちっ。道久君にお客を取られたの」

「でもこれ、チョコ勝負のための宣伝を兼ねているのですよね? 俺の場合、女子に売れなきゃ意味がないのです」


 そう。

 穂咲の場合。


 友チョコと逆チョコ、つまり女子男子共、配る意味はあるのですが。


 男同士で友チョコは無いので。

 宣伝効果としてはゼロなのです。


 ですので、にわかにできたこの行列。

 意味がないと思っていたのですが。


「意味ならあるよ!」


 否定してきた大声の主は。

 神尾さんでした。


 そんな彼女が。

 目をキラキラと輝かせて。

 鼻息を荒くさせながら。

 俺と、サッカー部の男子一同を見てますけど。



 それって。

 そういう意味ですよね?



 俺はもう、体の芯から。

 凍える心地がしたのでした。




「……もうすぐ三年生になるから、道久君も慌ててアピールなの」

「君までおかしなことを。これ以上俺を凍えさせてどうしようというのです?」


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