セツブンソウのせい


 ~ 二月一日(金) 2.5 対 1.3 ~


   セツブンソウの花言葉 拒絶



 今日は帰りが遅くなるから、と。

 改め。

 きょうわ帰り掛け恐ろしくなるかは、と。


 酔い具合を余すことなく伝えるメッセージを受け取った俺は。

 あつかましくもお隣さんで夕食です。


 そんな俺の正面に座るのは。

 残り二週間となった選挙活動に闘志を燃やす藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪が、夜を迎えてちょっと崩れて。

 そこに小さな小さな白い花。

 はかなげで可憐な、セツブンソウを活けています。


 そんな君に。


「言いたい事ってなんなの?」


 それはもちろん。


「二日早いのです」


 セツブンソウを知っている人が誰もいなかったので。

 学校で突っ込まれることは無かったのですが。


「豆まきの日? そうなの、今年もついに来たの。道久君に豆をぶつけられるの。合法的に」

「違法です」


 あと、もひとつ。

 違法と言えば。


 君の頭に咲くお花。

 準絶滅危惧種。



 ……まあ、それはさておき。

 日曜日は大変なことになりそうです。


 お隣から二匹の鬼が襲ってくるのを。

 俺一人で防衛しなければならないので。


 その、もう一人の鬼が。

 ポトフを俺に手渡しながら。

 こたつへもぐりこみます。


「おお寒いっ! 今年はやばいわ……」

「そうなのです。これだけ寒いのですから、今年の節分は是非とも家で温まっていてください」

「なに言ってるのよ。道久君に豆をぶつけてスカッとできる年に一度のチャンスじゃない。合法的に」

「違法です」


 まったく。


 この親子。

 毎年毎年。


 力の限り俺に豆をぶつけるのです。


 家から出ようが出まいが。

 どれだけ逃げようが。


 だから俺は。

 諦めて、部屋で本を読んでいることにしています。


 そんな話をしていたら。

 いただきますと、穂咲が手を合わせたので。

 俺も慌ててそれに倣います。


「おお、あったかい。ポトフ、体の芯からあったまりそうですね」


 俺がお皿を両手で挟み込んで。

 香る湯気に鼻孔と頬を温めていると。


「でも道久君、この寒空に消防車に掴まってたの。変態なの」


 穂咲が赤いスープをすすって。

 口の周りをぺろりと舐めながらひどいことを言います。


「変態とは何です。あれと寒さとを比較しないでください。土俵が違います」

「一緒じゃないのよ。変な子ね」


 なんと。

 おばさんにまで変な子扱いされました。



 ~🌹~🌹~🌹~



 ほくほくと甘いニンジンさん。

 大きく切った玉ねぎさん。


 美味しく食べたその後には。

 やはりというか、チョコが並ぶのですが。


 普段ならご遠慮するところ。

 最近は、つい手が出てしまいます。


「うん。ちょっとほろにがで美味しいのです」

「あたしは、もうちっと甘い方がいいの」

「あなたたち、なんで最近欠かさずチョコ買って来るのよ?」


 おばさんが。

 チョコを一粒、口へ放り込みながら聞いて来たので。


 事情をかいつまんで説明すると。

 穂咲を必死に応援し始めました。


「絶対負けちゃダメよ! どんな卑怯な手を使ってでも勝ちなさい!」

「もとよりその意気なの」

「勘弁してくださいよ。この寒いのに、しかも敵なのに毎日遅くまで選挙活動に付き合わされる身にもなって下さい」


 俺が、ビター目のチョコと日本茶の苦さと二人の言い草に。

 渋い顔をさせていると。


「寒いのは、消防道久君なら平気なの」

「ですからそれは別枠ですって。憧れのために我慢とか、そんな安い感情ではなくてですね……」

「そう言えば道久君、よく消防車持って歩いてたわよね」

「ええ。おじさんに買ってもらったのだと思うのですが」

「そうだっけ?」


 おばさんは、出し過ぎたお茶のせいで端正な鼻に皺を寄せながら。

 首を捻り始めました。


「消防車なんて、あの人買ってたかしら? お家の人に貰ったんじゃないの?」

「それが、おじさんからもらったはずだと母ちゃんは言うのです。お礼に缶ビールのケースを持って行ったら、エビで鯛が釣れたっておばさんが喜んでたって」

「う」

「……今思えば、ミニカーはおじさんのお小遣いで買ったのに。ビールはおばさんしか飲まないのに」

「ほら道久君。口じゃなくて手を動かしなさいな」


 そんなことを言いながらチョコをすすめられましても。

 口も動かさなきゃ食べることなどできないのです。


「ああ、そう言えば確かにビール貰ったわね。クリスマスの時?」

「覚えてませんって」

「たしかそうよ。道久君に買ったのは、赤いスポーツカー。ほっちゃんにはバン」

「でもそうなると、穂咲と交換したわけなので、俺がバンを持っていたはずなのですが……、やっぱりバンで遊んだ記憶ないのです」

「そんなもんじゃない?」


 そんなもの。

 そうでしょうか?


 だって俺。

 消防車で遊んだ記憶はあるのですよ。


 ……そう言えば。


 穂咲が口も挟まず。

 もくもくとチョコを食べていますけど。


「それ、何かを言いたいことがある時の感じなのですが」

「そんなこと無いの」


 怪しい。


「ほんとは?」

「チョコっと。……チョコだけに」

「やっぱり。何を隠しているのです? 言いなさい」

「食器を運ばなきゃ。よいショコラしょ。……チョコだけに」


 なかなかうまいことを言った後。

 誤魔化すのが苦しくなってきたようで。

 二階に逃げてしまったのですが。


「ほっちゃん隠し事してたの? 道久君、よくわかったわね」

「出るんですよ、なぜカカオに。……チョコだけに」

「夫婦喧嘩?」

「ないです」

「犬も食わない?」

「……チョコだけに?」


 おかしい。

 今のは会心の出来だと思ったのですが。


 おばさんは。

 ビターな表情のままチョコを口にするのでした。

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