クロッカスのせい


 ~ 一月三十一日(木) ~


   クロッカスの花言葉

     あなたを待っています



 お仕事途中の木枯らしが。

 山を下る途中で寄り道をしたのは。


 走り回って真っ赤になった。

 風の子達のやわらかほっぺ。


 香るひなたとケチャップソース。

 ご馳走をふたつ味わいながら。


 ぽよんとぷるんと頬ずりすると。

 今日の仕事を思い出して。


 枯れ草どもをかさりと鳴らし。

 南を目指して荷物を運ぶ。


 お届け先は、初めてのデート。

 今日は寒いねとつぶやく少女。


 そんなあなたの左手を。

 赤く冷たく凍えさせ。


 きっかけと言う名の荷物を渡すと。

 彼の右手が、少女の左手と冷たい荷物に。


 受け取りのサインをしてくれるのです。



 さて、子供らも負けてはいられない。

 今はお仕事の真っ最中。


 息の白さをお互いに。

 指をさして笑い合う。


 沢山笑った風の子は。

 お外で走った風の子は。


 さてさて本日一番の。

 お仕事が出来た子は誰でしょう。



 三人の子らのうち。

 一人の子は、早くお家へ帰りたくて。

 一人の子は、もっと遊んでいたくて。


 そして一人の子は、おどおどとして。

 おじさんの大きな手を握っていました。


 ここは畔から登った小山の、ほんの中ほど。

 常緑樹が作る大きめのひなた。


 小さいながらも綺麗なお社。

 神様がそこにいらっしゃるせいでしょう。

 みんなの笑顔が絶えません。


 でも、笑顔にはいろいろと種類があって。

 寂しい時、辛い時にかぶる笑顔もありまして。


 今、おじさんがかぶるのは。

 困った時のお面です。


「えっとね、穂咲。大黒様は、地図の右上にいるよね? ここでスタンプを押すんだよ?」

「ちがうよ? この絵とおんなじなのはパパだから、パパがすたんぷなんだよ?」

「……おじさん。ほっちゃ、テレビ見たいから帰りたいみたいなの。あのね? 魔法のおねえちゃんのお話なの。あれ見ないと、僕、ぶたれるの」


 そんなやり取りと。

 男の子のくしゃみを聞いて。

 優しそうな二人の大人が笑います。


「ほら、ほっちゃんがもう帰るんだって。あなたもわがままを言わないで」

「だっておかーさん、もう一個探すんだよ? スタンプ、まだひとつあるからね」

「ゴールはおじさんなんだって。お礼を言って帰りましょ?」

「だって……」


 おじさんは、どうしたものか悩みましたが。

 タヌキが木陰を横切ったので。

 ゲームはおしまいに決めました。


「じゃあ、ここでゴールにしましょうか。寒い中お付き合いいただきありがとうございました」

「とんでもない、楽しませていただいたよ。なにかお礼をしたいのだが……」

「それはもう貰っています。先日、この社を探して迷子になっていた僕を案内してくれたのがお子さんでして」


 そう言いながら。

 タレ目のおじさんが男の子を見つめると。

 笑顔になったムササビが。

 太い幹に飛びつきました。


「あら、素敵な切り返し。……だいじょうぶですよ、あなた。うちで使うお花を藍川さんのところから買うようにすればお礼になるから」

「これはかえって済みません。では、近藤さんの所へは原価でお売りしますので」

「おいおい! それでは本末転倒じゃないか!」


 ああ、そうでしたと頭をかくおじさんを真ん中に。

 ひなたと笑いがくるりと丸を書いて。


 大きな笑い声はシャボン玉。

 どこまでも飛んでいくような。

 弾けて一つずつ消えるような。



 そして大黒様のおじさんが。

 サンタのおじさんに変身です。


 白くてまあるい袋から。

 良い子にしていたみんなへ。

 クリスマスプレゼントが届けられました。


 さて、聖夜のプレゼントには。

 小さな決まりがあるのです。


 一番いい子にしていたお友達に。

 一番いいプレゼントが配られます。


 真っ先にプレゼントを受け取った子は。

 髪のお花を揺らして大喜び。


 花の名前を、十ほど挙げてごらんなさい。

 そう言われた時、必ず入るクロッカス。


 薄紫のお花が嬉しそうに揺れて。

 白くて四角い車を掲げます。


 でも、他の子達が貰ったプレゼントを見ていたら。

 なにかをお父さんに言いたそうな顔になりました。


「みちーさくん、いいの?」

「うん。これでいいの。ほっちゃんのは、ほっちゃんちの車なの。かっこいいの」

「そう! かっこいい!」


 今日、初めてできたお友達が。

 かっこいいと言う車。


 男の子は、それが欲しくなってしまいました。


「いいなあ……」

「いいでしょ?」

「交換っこしない?」

「え~!? …………あ! そうだ! 交換っこしたげる!」

「ほんとに?」


 大人たちが、ちょっとびっくりすると。

 カケスがそれに合わせて。

 遠くでひとつ鳴きました。


「ありがとう! ……ほっちゃん、お姉ちゃんみたいだ!」

「え?」

「僕、優しいお姉ちゃんがいたらいいなって思ってたんだ!」

「う……。あ、あのね、それは……」


 女の子は、何かを言えずにもじもじとしましたけど。

 カケスの声が怖くて、思うように言えません。


「ゲーム、面白かった! 来年もやろうね!」

「え? う、うん。いいよ?」

「じゃあ僕、クリスマスになったらここで待ってるから! 約束だよ!」


 男の子は、優しいお姉ちゃんが嬉しくて。

 初めてのゲームが楽しくて。

 白いバンがかっこよくて。


 三つの幸せを求めて。

 次のクリスマスを待ちました。


 次のクリスマスを。



 何年も何年も。



 ずっと待っていました。



 ~🌹~🌹~🌹~



 そして、いつからか。

 クリスマスの日ばかりでなく。


 お姉ちゃんとお話した日には。

 朽ちた社へ会いに来ます。



 大人になった、かじかむ手には。

 くるくると回るクロッカス。



 一つの想いと。

 その花言葉とを胸に抱いて。



 今日も、次のクリスマスが来るのを。



 きっかけをどこかへ運ぶ。

 お仕事中の木枯らしに吹かれながら。



 ずっと、ずっと待っているのでした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る