ディモルフォセカのせい
~ 一月二十九日(火) 1.8 対 1.3 ~
ディモルフォセカの花言葉 幸福
「教授。本日の、酢パイナップルが奇跡的に美味しかった件なのですが」
「あ、もうお片付け中だからいつも通りに可愛い穂咲ちゃんでいいの」
「そんな呼び方したことありません」
この図々しさが制服を着た生き物は
軽い色に染めたゆるふわロング髪を、ハーフアップにして。
結わえ目にオレンジ色のディモルフォセカを三本活けて。
酢豚のブタ部分をパイナップルに変えてみたという実験に大成功をおさめ。
今は後片付け中なのですが。
「……そんなことないの。ちっちゃい頃呼んでたの」
「俺が? ほんとに?」
「うん。あたしがそう呼べって言ってたから」
覚えていませんし。
しかも。
なんですかその強要。
呆れながらも、昔の記憶をたどっていると。
「道久君、はたらくくるま好きだったよね」
調理器具を雑にスポーツバッグへ突っ込みながら。
穂咲が聞いて来たのですが。
「男の子は、だれでもそうだと思いますけど」
「そんなことないの。道久君とはたらくくるまとの関係性は、きっと切っても切れないほどなの」
「勝手に決めなさんな」
「ほんとなの。例えて言うなら、へそのおくらい」
「…………切っちゃいますよね、生まれた時」
何ですか、そのへんなたとえ話。
相変わらず呆れたヤツなのです。
「じゃあ、ハンマーとハンマー投げの選手くらい引っ張り合っても離れないの」
「四回転の命です」
まったく。
「だって、消防車につかまったまま離れなかったの」
「それはまあ、確かに。小さなころに見たアニメの影響で、憧れでしたから」
穂咲が淹れてくれたお茶をすすりながら。
先日の道路交通法違反について思い出していたら。
「ああ、あのアニメ。結構面白かったの」
「二人で見てましたよね」
「でもね? もっと、こう、違う乗り方してなかった?」
してないです。
どんな乗り方があるというのです?
穂咲は、身振り手振りで。
俺に説明しようとしているのですが。
「こう……、よっ! はっ! ってやつなの」
「ああ、なるほど。ハズレですけど、惜しいです」
消防繋がりということでニアピンですが。
君がやっているのは消防車に掴まる人ではなく。
「……あれくらいの芸が出来れば、きっともっとチョコが貰えるの」
「出初式を芸と呼ぶのは抵抗がありますが、いずれにせよ君にはあんなことできませんよ」
「むう。……はっ! 思い出したの!」
そう叫ぶなり。
穂咲は新谷さんの腕をひいて連れてきてしまいました。
「何事よ、どうかした?」
「あのね? こころちゃんに、これを教わりたいの」
そう言いながら、穂咲が調理用品鞄から出したものは。
「ボーリングのピン?」
ここ最近、鞄がでかいと思ったら。
「何持たせてるんですか俺に」
「それより穂咲、あたし、ボーリングなんかできないわよ?」
「違うの。ジャグジーなの。教えて欲しいの」
……ええと。
多分ジャグリングなのでしょうけど。
穂咲は新谷さんの事大好きですし。
そのプロポーションに憧れているので。
言い間違えではなく。
本当にジャグジーという可能性が……、
「あのね。それを言うならジャグリング」
「そう! それなの!」
あるわけないですよね、やっぱり。
それにしても、新体操のクラブとボーリングのピンではまったく別ものですし。
さらには新体操とジャグリングは違います。
「穂咲。新谷さんにご迷惑ですからやめなさいよ」
「そんなこと無いの! こころちゃんのね? 腕がSの字にしなって、このピンがクルクルってなるのを見たいの! あれ、綺麗なの!」
いやいや。
君が見たいだけじゃない。
渋い顔をする新谷さんですが。
穂咲からピンを受け取ると。
「できるかなこんなので?」
お優しいことに。
我がままに付き合ってくださいました。
穂咲が、目をキラキラさせて見つめる先で。
先ほどの穂咲の言葉通り。
色気を感じる美しさで伸ばした腕にボーリングのピンを掴んでくるりと回すと。
…………まあ、こうなりますわな。
「ごひん! 痛いのです!」
「うわわわわ! ごめん秋山! ……うわ、鼻血出ちゃってる!」
新谷さん、慌ててちり紙など出されて。
しきりに謝って来るのですが。
「拭こうとなさらないでいいですよ、自分でやりますから。それに、こいつのわがままに付き合ってくださったのですから謝らないでください。その演技の美しさに見惚れて鼻血を出したことにでもしてくださいな」
まあ。
間違っていませんし。
「こころちゃんはやっぱり美しいの! ね、道久君!」
「ええ、そうですね。君も見習いなさいな」
「さっそく見習ってみるの! ……こんな感じ?」
穂咲は嬉々としてピンを手に高々と掲げるのですが。
それで真似をしているつもりなのですか?
どこが違うと、口で説明するのは難しいのですが。
なんで君が持つとタコの足に見えるのです?
「……全然違います。ねえ、新谷さん」
「そうね」
「そんなこと無いの! 完璧に真似してみせるの!」
鼻息荒く、タコが叫ぶと。
宣言通りにピンを回して俺の顔面にゴツン。
「そこは真似しないで! いてえええええ!」
「ふっふっふ。あたしの妖艶な動きにくらくらなの」
「確かにね! くらくらとはしていますが!」
出血はそれほどではないですけど。
痛さに目が回ります。
「ほんじゃもう一回なの!」
「穂咲ちゃんストップ! 秋山から離れて!」
この、法でさばけない理不尽な暴力を止めるため。
勇敢にも、新谷さんが穂咲へ近付いたのですが。
……まさか。
その優しさが。
血の惨劇への序曲だとは思いもしませんでした。
ピンを手にした穂咲が迂闊にそれを跳ね上げると。
新谷さんのスカートの裾をふわりとめくってしまったのです。
「ひやあああ!?」
「にゃあ! ごめんなさいなの!」
「ぶほっ!?」
前にも、こんな経験をしましたが。
俺はこの手のものに弱いようで。
明らかに。
鼻血の量が増しているのですが。
「…………み、見た?」
「見てません」
「絶対見たの! だって、増えてる!」
「鼻血の量で判断しなさんな」
正直、大事なものは見えていませんが。
太ももがあれだけ露になったわけで。
二人の疑い深い視線が、俺の鼻に集まると。
なんだかさっきより出血がひどくなってきました。
ここは怪しまれる前に。
退避です。
「ちょっと涼しいところに行ってきます」
「逃げたの! 怪しいの!」
「廊下に行ったってことはそういう事よね? ねえ、ちゃんと言いなさいよ!」
黙して語らず。
ここは、沈黙こそ金。
「変態なの!」
「むっつりスケベ!」
…………金、ですよね?
~🌹~🌹~🌹~
「なんだ貴様は、早く教室へ入れ」
「いいえ」
「鼻血など出して。ぶつけたのか?」
「いいえ」
「ではまさか、いかがわしいものでも見たのか?」
そんなことを言われたら。
思い出しちゃうじゃないですか。
「出血が増したようだが?」
…………やれやれ。
ここより涼しいところは。
屋上くらいしかないですね。
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