ギョリュウバイのせい
~ 一月二十八日(月) 1.6 対 1.2 ~
ギョリュウバイの花言葉 質朴な強さ
先週末から、土日も含め本日まで。
頂戴したチョコを、食べきれないので皆に配ってしまったと。
お詫び行脚をするのは
へこへこと頭を下げて歩く姿に。
遠巻きに見ていた何人かの方が。
本当は、チョコが欲しくないものなのかと噂をし始めたので。
現在、当日貰えるであろう推定個数は。
十五、六個ほどとなっています。
今も、ピンクのギョリュウバイと共にぺこりと下げる頭に。
厳しい声がかけられました。
「どういうつもりさ。俺がどんな気持ちでプレゼントしたのか分かる?」
「ごめんなさいなの」
「挙句に、バレンタインデーに改めてよこせって? 図々しい!」
「うう、おっしゃる通りなの。ごめんなさいなの」
現在頭を下げるお相手は。
お隣のクラスの、ちょっとかっこいいスポーツマン系男子。
これが、ご覧の通りのご立腹なのですが。
対する穂咲と言えば。
心労はともかく。
ここ数日、チョコをよこせとねり歩いていた時の倍は歩き回っているので。
すっかりへとへとなご様子。
……ですが。
それでも、神経が図太いと言いますか。
心臓が毛深いと言いますか。
改めて、バレンタインチョコを要求しては。
呆れられたり。
叱られたりしているのです。
「でもね? チョコをくれた気持ちはほんとにうれしかったの。だから、こちらは心からのお礼なの」
そう言って差し出した手提げ籠の中に。
ごろごろと詰まっているのは、できたてのかりんとう。
「なにこれ、レンジであっためたのか? なんで湯気が出てるの?」
「作ったばっかだからなの、かりんと」
「……え? かりんとう、作れるの?」
「作れるの、かりんと」
そして彼は、興味津々。
出来立てのかりんとうに手を伸ばし。
芳醇な香りと優しい甘さに。
険しくさせていた表情を緩めるのでした。
「このほんわかした味、困るな」
「美味しくなかった?」
「いや、逆。怒りが消えちまう。もっと貰っていいか?」
「もちろんなの。かごの中にあるだけ食べ放題なの」
穂咲の返事に気をよくした彼は。
クラスのお友達にも声をかけて。
みんなで穂咲の籠からかりんとうを摘まむのでした。
「あれ? お花の子改め、チョコの子じゃん」
「これ食ったらチョコあげなきゃいけねえの?」
「それとは別件なの。だからかりんとはさておいて、チョコの件は改めてご考慮願いたいとこなの」
「へんな選挙活動だな。結局収賄じゃん」
「別件なの」
とは言え、かりんとうを貰ったくらいでお礼にチョコなんて。
そんなことを口にしながらも。
一口かじれば。
だれもが幸せな笑顔を浮かべて。
美味しいねえ、ではなく。
ああ、これは困るとか。
なんかいいとか。
舌ではなく。
心に美味しさを感じていらっしゃるご様子なのです。
「随分美味しく作れましたね、これ」
「ごめんなさいな気持ちと、楽しい気分になりますようにって心を込めたの」
なるほどね。
気持ちが、最大の調味料でしたか。
結果、お詫び行脚は大好評。
笑顔で籠に手を突っ込む皆さんに混ざって。
最初、怒っていた男子は。
チョコの件は考えておくと。
保留にしてくださいました。
……良かったですね。
ひとまず、ちゃんとごめんなさいを言って回れて。
教室に戻って、席に着くと。
俺も改めてかりんとうをいただきます。
見た目は微妙なのですが。
実に美味しい。
「かりんとうって、材料費安いんでしょ?」
つい手が止まらず。
二つ目を口に放り込みながらたずねてみれば。
「超高級なの」
「はい?」
そんな馬鹿な。
こいつの材料って。
小麦粉と、黒糖だけじゃなかったっけ?
「こないだ、チョコ配ったじゃない? そのお礼にクラスの皆が何かくれるって言うから、高級な黒糖といい香りの小麦粉を準備してもらったの」
…………おいおい。
「これだけいい素材で作ったら、誰が作ったっておいしいはずなの」
なにそれ。
ではええと。
チョコをあげた人が。
チョコを貰った人から。
かりんとうを貰ったという結果になってます?
「結局、一周まわっている気がするのですが。誰か損していませんかね?」
どう考えても。
間に挟まった人が苦労して大量のかりんとうを作っただけなのですが。
「そんなのはどうでもいいの。あたしは、最近チョコばっかで、かりんと食べたくなっただけなの」
自分で蒔いた種とは思いますが。
一人だけ大変な思いをしたことに気付いていないご様子の穂咲さん。
籠の底に残った、最後のかりんとうを頬張ると。
細いタレ目をこれでもかと見開いて俺を見て。
そしてこの一言。
「んぜっぴん!」
「知ってますから。口の中にかりんとう入ったまま大口開けなさんな」
まったくこの人は。
たった一口のために。
よく頑張りましたね。
「せっかくもらったチョコもかりんとうも、みんなあげちゃうのですね、君は」
「そう? この上ない幸せを手に入れたの。それに、幸せは次の人に渡すと、くるくるまわってみんな幸せなの。そうすると、あたしはもっと幸せなの」
君を通すと。
幸せは、どんどん加速していく。
そんな人に、俺もなれたらいいなと。
舌に残るほのかな甘みを感じながら。
俺は考えるのでした。
……なーんて美談で結ぼうったってそうはいきません。
もともとは、君の妙な選挙活動が原因なんですから。
ちょっとは反省するように。
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