タネツケバナのせい
~ 一月二十四日(木) 1.7 対 1.0 ~
タネツケバナの花言葉 君に捧げる
さて。
先生はあの後、教頭先生に叱られて職員室前の廊下に立たされるという珍しいことになりましたが。
学校中の学級日誌に、急きょ作られた『先生が立たされた理由』欄。
そこに熱く書かれた全校生徒の嘆願により。
おとがめなしとなったご様子。
一躍、株をあげた先生ですが。
こちらはもっとすごい反響なのです。
お花の先輩へ。
チョコの人へ。
選挙の子へ。
素敵でした。
最高です。
応援してます。
……山のようにチョコが積まれた机の前で。
頭と膝を抱えてうずくまるのは
軽い色に染めたゆるふわロング髪をつむじの辺りにお団子にして。
そこにタネツケバナをこれでもかと植えています。
水辺の雑草といったイメージですが。
白い小花が可愛らしいタネツケバナ。
それも、こううな垂れるでは。
穂咲の頭を覆い隠すのれんの様なのです。
しかしこのチョコ。
どうしたものでしょう。
「芸能人か」
ぱっと見で、三十個くらい。
こんなチョコの山。
お店でしか見たことありませんよ。
「それより君は、膝を抱えてなにを拗ねているのです?」
「違うのー! 今日じゃないのー!」
……ああ、そうですよね。
バレンタインデーにいくつ貰えるかという勝負なわけですし。
君が主旨をまるで説明しないもんだから。
こんなことになったのです。
しかし良かった。
今日の分は無効と自分から宣言してくれて。
じゃないと、既に負けが決定なのです。
それでもいくつか、バレンタインデーにも差し上げますねと。
事情をご存じの方がメッセージカードに書いて下さっていますので。
ひょっとしたら、当日もこんなことになりそうです。
と、いうわけで。
最悪、昨日こいつがとった行動は私利私欲だったと暴露しましょう。
「いやはや。ほんとに負けそうになってまいりました」
「これが当日だったら余裕で勝利だったのに。でも、確実に票数を伸ばしたの。きっとバレンタインデーでも負けないの」
そんなことを言いながら、ようやく立ち上がった穂咲は。
ようやく、事の深刻さに気付いたようです。
「…………こんなに貰っても食べきれないの」
「頂いたものに失礼な言い草だとは思いますが、同感です。一日一つ食べてもバレンタインデー過ぎちゃいますよ。…………なんですか、その目は」
手伝いませんよ?
まあ、一つ二つなら貰ってもいいですけど。
「消防車で運ばれた道久君は、きっとカロリーをたくさん使ったの」
「昨日一人で走り続けた君の方が消費してるでしょう。……こら、俺の机に乗っけなさんな」
「はい、消防車大好きな道久君には赤いパッケージ」
「男子はみんな、はたらくくるまが好きなものです。……白も混ざってるじゃないですか」
「それはパトカーの下半分」
「上です」
ああもう、とうとう机をくっ付けて両手で山をスライドさせ始めましたが。
それじゃブルドーザーなのです。
そんなやり取りをしていたら。
最近聞き慣れた声が背後から届きました。
「すごいね。僕も持ってきたけど、今日は迷惑かな?」
チョコのパッケージをその手に揺らすのは、近藤君。
俺と穂咲は、同時に彼が持つ黄色い包みを指差して言いました。
「「パワーショベル」」
「え? 何の話だ?」
近藤君は眉根を寄せた後。
穂咲へ優しい提案をしてくれたのです。
「チョコをくれたみんなにはお礼を言って来るといい。そのついでに謝るんだ」
「何をなの?」
「一人じゃ食べきれないんで、クラスの皆に配りましたって」
「いいアイデアなの。でも……、なんか、悪い気がするの」
「気持ちは分かるけど、一人じゃ食べきれないだろ?」
言うが早いか、近藤君はチョコを抱えると。
クラスのみんなに配り始めます。
「助かりましたね」
さすがは近藤君。
穂咲がいじめられていたのを救ってくださった話も聞きましたし。
本当に親切な方なのです。
「あ、待って! メッセージカード回収しなきゃなの!」
「そうでした。お礼に行けなくなっちゃいます」
そして近藤君の後ろをついて歩く俺たちに。
みんなはメッセージカードや手紙を外して渡してくれたのですが。
今更気付きましたけど。
お手紙、可愛い便せん。
差出人が男子というものがちらほらとあるのです。
……これって。
ラブレター?
「どうしたの? カードとお手紙渡すの」
「え? あ、ああ。そうですね」
つい躊躇してしまいましたけど。
渡さないとおかしなことになります。
まるで。
俺がやきもちを焼いているようではないですか。
穂咲が両手に乗せたお手紙の。
その上に、落っこちないように俺が集めた手紙を乗せて。
何となくもやもやとした気持ちで席へ戻ると。
「三つだけ残ってるの。丁度いい感じなの」
そう呟いた穂咲の机に乗った三つの小箱。
そのうち一つは。
黄色い包みだったのでした。
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