ムラサキオモトのせい


 ~ 一月二十二日(火) 1.5 対 .7 ~


   ムラサキオモトの花言葉 旅行



 選挙活動の熱量に反して。

 票数が思いの外伸びずに頭を抱えるのは藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を、いえ、今日は髪型などどうでもよく。

 豪快にたくさんの葉を広げるムラサキオモト。

 葉の裏側が紫色になる美しい観葉植物も。

 頭に植えたら、ちょっとしたサンバカーニバル。


 神尾さんに迷惑なので。

 穂咲の机を。

 三十センチほど前にずらしました。


 そして英語の授業が、珍しく時間より早めに終わり。

 先生が、教科書を閉じながら連絡事項を伝えます。


「明日、テレビ局からの来客がある。ドラマ撮影の下見に来られるそうだ」


 テレビ局。

 そんな言葉に反応しない訳はありません。


 にわかに騒然とするお祭り好きたちを。

 先生はため息交じりにたしなめます。


「ざわつくな。あくまで候補の一つらしいから、雨が降ったら来ないという話だ。……あいにく明日は晴れそうだがな」

「おや? その口ぶりでは、先生はテレビの人が来るの反対なのですか?」


 そう質問した俺に。

 先生が、腕組みと共に答えるには。


「授業の邪魔をしないとの約束なのだが、邪魔になるに決まっているからな」

「そんじゃ、後でてるてる坊主を吊るしとくの」


 え?

 俺の斜め前辺りから。

 文脈を無視した言葉が飛び出しました。


「藍川。人の話を聞いてたのか?」

「先生がどう思おうが関係ないの。あたしはテレビ局の人にスカウトされて、ドラマに出演するの」

「そんなうまい話などない」

「棚から偶然落ちてくる餅を、全身全霊かけて果敢に狙ってみるの」

「ねえ穂咲。それは積極的なの? 消極的なの?」


 変なことを言っていますけど。

 それにしても。


「君は芸能人になりたいの?」

「芸能人って、チョコがいっぱい貰えるらしいから」


 ウソでしょ?

 勝負に勝つために言い出したのですか?


 そんな本末転倒ありません。

 目的と手段の規模が逆です。


 三千円のチョコを一つ手に入れるために。

 大量のチョコを手に入れるとか。


 鼻息荒く、握りこぶしを作る穂咲ですが。

 君が声をかけられるはずないでしょうに。


「穂咲がスカウトされるとしても、最後になるでしょうね。このクラス、女子は皆さんお綺麗ですから」

「そうなの。だから、みんなでデビューなの。…………はっ! 温泉宿のドラマなら、みんなで温泉入り放題なの!」


 やれやれ。

 クラスの女子が揃って芸能界入りなんて大それた発想も。

 こいつにとっては旅行気分なようです。


 そして、先生が芸能界の厳しさについて語るあいだ。

 こいつは生返事をしながらイラストなど描き始めましたが。


「温泉ドラマ。これだけ美人が出たら華やかなの」

「君はさっきから何を書い……っ!?」


 うおう、渡しなさんなこんなもの。

 まともに見ることできませんよ。


 穂咲を中心に。

 クラスの女子が並んで湯船に浸かっているイラスト。


 ポップな絵柄ですが、特徴をよくとらえていて。

 ぱっと見で、どなたがどなたか分かるのですが。



 ……みんな揃って。

 胸の上半分をお湯から出しているじゃありませんか。



 そんなイラストの右下に。

 作者名など書いてありますが。


「にやにや見てるの。鼻の下が伸びてるの」

「伸びてません」


 それが狙いですか?


「伸びてるの」

「伸びてませんし。そして一か所、誤りがあります」


 罠にはめようともくろむこいつにちょっと腹が立ちましたので。

 俺だって反撃です。


 真ん中でニコニコ笑っている。

 頭の上にチューリップを挿した女の子。


 俺は、その雄大な北半球を全部消して。

 どこまでも永遠に続く地平線を真一文字に書き加えて。

 作者名の下に、監修者名を記入しました。



 さて、ムキになって反撃して来ることでしょう。

 そう思っていたのですが。


 穂咲は何も言わずにその紙を。



 …………宇佐美さんに手渡しました。



「最悪っ!」

「じっくり監修したらしいの。沙汰は、閻魔様にお任せするの」

「よし、授業が終わったら早速裁判員を集めようじゃないか」


 この非常事態に。

 もともと期待もしていませんでしたが。

 先生を含め、男子一同は沈黙を保つのでした。




 そんな日の放課後。


「学級日誌を確認してみたら、珍しく貴様が立たされていなかったから、もしやと思って来たのだが。それでは立ちようがないな」

「感想はいらないので引き上げてください。寒いのと痛いのと恥ずかしいのは我慢できるのですが、どうしても我慢がきかないものがそろそろ限界なのです」

「…………てるてる坊主が下に雨を降らすわけにはいかんからな」


 こうして俺は。

 窓から引き上げられると同時にトイレへ走ったので。


 『妖怪・もるもると叫ぶてるてる』という新たな噂が。

 学園七不思議に名を連ねることになりました。

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