ユキヤナギのせい
~ 一月二十一日(月) 1.2 対 .5 ~
ユキヤナギの花言葉 気まま
自生は絶滅危惧種ですが。
公園の花壇や園芸店でもよく見かけるユキヤナギ。
コゴメバナとも言いますが。
ユキヤナギの方が綺麗なのです。
柳が雪をかぶると。
ちょうどこんな感じ。
真っ白で。
実に綺麗な。
「前が見にくいの」
…………先週末聞きました。
なんで三日前の反省が生かされないのでしょう。
この、忘れっぽい子は
軽い色に染めたゆるふわロング髪を、つむじの辺りにお団子にして。
そこに、ぶすっと挿したユキヤナギが。
顔の前に穂を垂らしているのですが。
見てる方がうっとうしい。
「さて、ロード君!」
「いつもながら、急にスイッチを入れないでください教授」
「うむ! 実は先ほどから気になっているものがあってね!」
「はあ」
「お寿司を作るこれ。名前を忘れちったの」
「今度は急にスイッチが切れましたね、穂咲。それの名前は……」
うぶっ。
口を手でふさがれました。
「待つのだよロード君! ここまで出ているので答えは言わないでくれたまえ!」
「ぶほっ! 了解です、教授」
とは申しましたが。
ここまで出ていると言っておへその辺りを指差されましても。
一生出なさそうなのです。
……ごはんの前ですし。
出すなら、上より下の方が近そうとか。
そういう事は言いますまい。
そして答えの方も。
言いたいけど言えない。
君が持ってるのり巻き用の四角いそれは。
まきすと言います。
「相変わらず騒がしいなお前らは」
「それの答え、言っちゃいけないのね?」
今日はお寿司をたくさん作るからと。
朝のうちに、教授がおしょくじけんを渡していましたので。
そちらを掲げて、六本木君と渡さんが俺たちの向かい側に腰かけたのですが。
「汚職事件ですか」
「間違えないように、携帯で調べたのだよ!」
教授は、いつものペラペラなまな板の上に。
まきすを広げて置きながら。
鼻息荒く言いますが。
下手に調べて。
この体たらく?
小学生よりバカなのかな君は。
「この子が心配になるわね」
「ほんとなのです。この間だって、国士無双のこと間違って覚えてたし」
「間違ってないの! Eスポーツ研究会でゲームやった時に覚えたの!」
まきすの上にのりを敷いて。
ごはんを敷いて。
きっと巻き寿司になるのだろうと思っていたのですが。
夢中になって文句を言うので。
ごはん。
のりの上全体にてんこ盛りです。
「なんだ、藍川もゲームで覚えたのか。俺もだ」
「そうなの。間違ってないの」
「間違ってますから」
「ろぬのなの」
「
「役満だろ?」
「…………驚いたわ。全員が何を言ってるのか分からない」
あれ?
渡さんが肘をついた手で眉間を押さえてしまいました。
「合ってるの。みんなが、さすが国士無双って呼んでたの」
「お名前の読み方が違うのです」
「読み方は合ってるだろ。役満だ」
「君の場合はゲームが違うのです」
とは言ったものの。
「でも、俺も間違っているのですよね?」
「斉王、
「ああ、なるほど。合点がいきました」
俺の場合はマンガで覚えた知識ですが。
そこで初めて見たから。
三国志随一の豪傑こそが国士無双の人だと思ってしまったようです。
「それにしても、アクションゲームですよね? 教授が呂布と戦ったなど、にわかに信じがたいのですが」
「あたしは見てただけ。もっと最初の方でやられちったの。頸動脈って人に」
……なぜでしょう。
どういう訳か急に。
心からこいつの非礼に頭を下げたい気持ちになりました。
さて、国士無双の件は片付きましたが。
未だに難問が一つ残ります。
教授は今も。
ちらちらとまきすを確認しながら。
「なんだっけ……、こいつの名前」
ぶつぶつ言いながら。
さらに酢飯を盛るのです。
「ほら教授。お二人からチョコを貰うためのワイロを作るんですよね」
「はっ! そうなの、こっちに集中しなきゃなの!」
「なんだ、そういう魂胆だったのか」
「じゃあほんとに汚職事件なのね」
呆れる二人に見守られ。
ようやく意識を手巻き寿司に戻した教授ですが。
その山盛り酢飯は、もはや手遅れ感。
いつもはこういう時。
つい手や口を出してしまいがちですが。
先週の消防訓練で学びました。
こいつにぎゃーぎゃーと言うのは逆効果。
勝手に失敗して。
勝手に成長するので。
放っておくのが一番なのです。
とは言え、溜息は零れます。
まるでおにぎりの様な手巻きずしが完成しそう。
半目で見つめる先で。
タッパーから取り出した具を。
教授は、これまたたくさん並べていきますが。
……いえ。
たくさんと言うか。
酢飯を。
具で埋め尽くされましても。
もはや、まきすを使おうにも。
半分折りが関の山。
「逆に見ものです。どうなさるのですか、教授」
「もちろんこうするのだよ!」
鼻息も荒く。
まきすの両端を掴んだ教授は。
ふんすとそいつを持ち上げて。
そのまま、まきすごと四角い寿司桶の中へ落としました。
それって。
まさか。
「ちらし寿司ですね」
「ちらし寿司なの」
だったらそれは。
まきすではなくて。
「…………上げ底なのです」
俺が呆れながら呟いたら。
教授は目を見開いて。
「そう! それ!」
「正解なんかい!」
当ててしまいました。
そして、覆水は盆に返らず。
俺は教授が言うなと釘を刺した答えを言ってしまった罪により。
食後、調理実習室で。
立ちっぱなしで寿司桶を洗うことになりました。
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