アブチロンのせい


 ~ 一月十八日(金) .7 対 .2 ~


 アブチロンの花言葉 真実は一つ



 ウキツリボクの異名を持つアブチロン。

 木からぶら下がって咲く花が。

 ウキのように通りすがりの人を釣り上げる。


 大輪のお花は。

 透け感のある淡いオレンジ色。


 それを、髪で器用に作った釣り竿の下にぶら下げていますが。


「もう。今日は一日、前が見にくいの」


 誰を釣るおつもりなのか。

 ウキをうっとうしそうに手で払うのは藍川あいかわ穂咲ほさき



 今日は寄り道。

 いつもの駅を通り越し。

 百貨店の地下、食品売り場へ足を運んでみたのですが。


「ママに寄り道してるって電話したら、晩御飯は二人で夜景の綺麗なレストランで食べてきなさいって」

「……ああ、電話の向こうから母ちゃんの声も聞こえますね」


 今日は用があって出かけるからって言っときな。

 大きな声が聞こえてきますが。

 

 また、そんなウソをつくと。

 面倒なことになりますよ?


「お出掛けするならご一緒したいの。きっとみんなの方が楽しいの」

『いや! それはあれだから! ほっちゃんの苦手なものやるから!』


 おばさんも慌てて。

 声が大きくなってますけど。


「あたしが苦手なもの? なあに?」

『そ、それは……』

「それは?」

『バ、バーリトゥードよ!』


 …………パルクールより過酷なものが出てきましたね。

 母ちゃんの笑い声も一瞬で停止してますが。


「じゃあ、やむなしなの。怪我しないでね?」


 心底心配そうにしながら。

 携帯を切った穂咲ですが。


「とは言え、そろそろ晩御飯もいらないくらいの腹具合なの」

「ほんとですね。ワンコバーガーでブリトー買って、家で食べますか」


 夜景もきっと綺麗です。

 今日は『美』の研究をすると息巻いて。

 穂咲がアイドルのDVDを柿崎君から借りてるので。


「しかし、どうしましょう。みっともないとは思うのですが」

「これはしょうがないことなの。本能に従うがいいの」


 既に始まっているバレンタインフェア。

 この一帯は甘い香りと、そして。


「ああ、つい手が出てしまうのです」

「そっちのミルクチョコ、あたしも試してみたいの」

「では俺は、そちらのビターチョコを」


 試食という。

 甘い誘惑に満ちているのです。


 ダリアさんから聞いたことがあるのですが。

 この、試食というものにはもちろん購入していただく方へ納得していただくという目的もあるようですが。


 まず、お店の前に来ていただくこと。

 さらに、お店の前に人だかりを作ることが目的らしいのです。

 なぜ人だかりを作るかというと……。


「ん! あっちのお店、随分にぎわってるの! 有名店かもしれないの!」


 こうなるわけです。


 そして人の波にのまれながら。

 ショーケースの前まで来ると。


「これ! こういうのを求めていたの!」


 どうやらよっぽど気に入った品があったらしく。

 穂咲がはしゃいでいたのですが。


 げ。


「ウソですよね!? これ一粒で三千円?」


 少し大振りではありますが。

 美しいチョコだとは思いますが。

 いくらなんでも高いのです。


 そして、いいチンドン屋を手に入れたと言わんばかり。

 店員さんが、サンプルらしきハート形のケースを取り出して。

 その中から透明プラスチックの小箱に入った実物を穂咲へ渡します。


「ほわあああ! キラキラしてるの! きっと夢のようなお味なの!」


 まるで実演販売員。

 手にした透明ケースの中。

 チョコを四方八方から眺めて大騒ぎ。


 ……早速、二つ売れました。


「デザインはともかく。チョコの味なんてそれほど変わりますか?」

「きっとチョコとは思えないようなお味なの!」

「それは、チョコとは呼べないのではないでしょうか」


 しかしどうやら。

 今年は俺が買ってやらねばならなそうですので。


 俺も横から摘まめるような。

 お徳用パック的なものがいいのですが。

 

「穂咲。こっちの十個入りとかどうです?」

「……悪くないけど、さっきのに比べると見劣りするの。ケースも四角いし。さっきのは、ハートのケースも可愛かったの」

「なら、こっちの十五個入り」

「不思議なことに数が増えるとお値段が下がっていくの。そして可愛さもなくなってくの」


 穂咲は、俺の後ろについては来るものの。

 誘導には引っかかりません。


「やっぱりさっきのやつには勝てないの。最近勉強したあれなの。国士無双」

「凄いアーバンネームをつけましたね、チョコに。しかしマージャンゲームも役に立つものです。あれのおかげで歴史上の人物を一人覚えたのですからね」

「ろぬの」

「りょふです」


 ちゃんとして。

 三国志ファンは世間に多いのですよ?


 でも。

 ちょっと口に出して言ってみたい。


「どれを見ても魅力を感じないの。やっぱ、さっきのが一番……? あれ?」

「どうしました?」

「泥棒が現れたの!」

「え?」


 大慌てで人を掻き分け。

 先ほどのハート形ケースの前に戻って来た穂咲は。


 からっぽの箱の中を覗き込んでから。

 右手を高々と振り上げて。

 大きな声をあげます。


「全員、そこを動くななの! この中に犯人がいるはずなの! だれかがこのチョコを盗ったはずなの!」


 ……久々に現れた迷探偵ホーサキ。

 その声が届いたお客様。

 あと、店員さん。


 全員が見つめるのは。

 穂咲が高々と上げた右手に。

 しっかりと握られたチョコ。


「……君ねえ」


 おなかを抱えて笑う店員さんに見守られながら。

 丁寧にケースへチョコをしまった穂咲は。


 そのまま両手で顔を隠してうずくまると。

 犯人扱いされたみなさまも大笑い。


「やれやれ。真実は一つなのです」


 俺は穂咲の頭からコートをかぶせると。

 たくさんのフラッシュの中、犯人を連行して行きました。


 しかし、三千円ですか。

 こいつはいよいよ。

 俺も気合を入れないといけませんね。


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