イタリアンルスカスのせい


 ~ 一月十七日(木) .4 対 .1 ~


 イタリアンルスカスの花言葉 陽気



 イタリアンルスカス。

 ダナエという名の方が有名かもしれませんね。


 フラワーアレンジメントの葉物として使われますが。

 オレンジの実が可愛いので。

 俺は、物と思っているのですけど。


 そんな豪快な鉢を頭に乗せて歩くこいつは藍川あいかわ穂咲ほさき


 学校の連中は慣れているのですが。

 消防署員の皆さんが。

 ぎょっとしています。



 年明けから、学校近隣で火事が多く発生しているとのことで。

 今日は消防の講習会が。

 寒い中、校庭で開催されています。


 それにしても。

 急に授業を取りやめてまで開催されていますので。

 真面目に取り組む必要があると思うのですが。


「ドンどこ集まってるの。もうすでに、道久君の十倍なの」


 こそこそと。

 俺に話しかけてくる面倒な子がいます。


 本当に面倒なので。

 俺はこいつを黙らせるために。

 苦手な数学で相手をしてあげることにしました。 


 ……本末転倒という言葉には。

 今は目をつぶって下さい。


 だって、講習が。

 本当に退屈なので。


「十倍ですか」

「十倍なの」

「ほんとに十倍?」

「そうなの。十倍なの」

「じゃあゼロ個じゃないですか」


 ゼロ×十は。

 ゼロなのです。


 解の方を言っているので。

 じっくり考えれば分かるはずの所。


 こいつはこんな簡単な計算からも。

 こそこそと逃げ出すのです。


 あ、しまった。

 あとで神尾さんに。

 チョコはいらないと言っておかねばなりませんね。


「それにしても、君が日がな一日チョコの話ばかりするので、昨日テレビを見ている間に母ちゃんが食べてるチョコを無意識で摘まんでいましたよ」


 目の前に転がっていた包み紙を見てびっくりしました。


「むう、そんじゃあたしもお邪魔しとかないと。ひとまずおばさんの分は同点にしとくの。何個食べたの?」


 同じ数だけ食べる気ですか?


「四つですが」

「じゃあ、あたしは五つ食べるの」


 あわれ。

 母ちゃんのチョコが。

 変な勝負のせいで食い荒らされてしまうことになりそうです。


「さて、おばさんの分は同点として。勝負はいまのとこ順調なの」


 今日も何人か、チョコを貰う約束を取り付けていましたが。

 白い手袋で。

 両手で握手して歩くのはやめなさい。


「みっともないので、一年生の教室には行かないでくださいね?」

「そんなこと言って自分が行く気なの。そうは問屋が卸さないの」


 やれやれ。

 俺は行かないつもりだったのですが。


 変な人が来ますので驚かないでくださいって。

 予め行く必要が出てきました。


 そのために行くのですよ?

 チョコをせがみに行くのではないですよ?


 ……昨日、先生から努力しろと言われましたが。

 結局何をどう努力したらいいのか分かりません。


 しかも。

 クラスの小さな親切係である穂咲が選挙活動に出向いている間。

 俺が面倒ごとを全部引き受けているので。


 同じようなことをする時間もありませんし。



 そんな、妙な悩み事について考えているうちに講義は終わり。

 消火器の実演へと移ります。


 みんなで列を成して。

 五台ある、中身の入っていない消火器を正しく操作。


 実際に火事を見た時に。

 使えないと意味がないので。


 自分一人でこいつを扱えるように。

 ちゃんと覚えておきましょう。


 とは言え講習をまるで聞いていなかったので。

 ここはズルをすることにしました。


「穂咲、下手くそで時間かかりそうだから。俺の後でいいよね?」

「むう! チョコ勝負に負けそうだからって、こんなことで勝とうなんてセコ久君なの!」


 ちょろい。


 酷い名前で呼ばれたことには腹が立ちましたが。

 案の定、俺の前に並んだ穂咲が。

 呆れる消防署員の方から。

 まるで一から説明を受けます。


 ……よし。

 覚えた。


 穂咲の動きを見て復習です。


 まずは、消火器を火から七メートルほど離れた地面に安定させます。

 次に黄色いピンを引き抜いて。

 ホースの先端をしっかり握って火の根元に狙いを付けたら。

 振り返って、ホースの先を俺に向けます。


「……まじめにやろうと心にともった炎が見事に消されましたよ」


 何やってるのさ。

 消防のお兄さんも。

 ちゃんと叱って下さい。


「忘れてたの。明日、勝負の商品を見に行くの」

「それを言うために、ホースを俺に向けなさんな」


 高級チョコでしたっけ。

 負けた方が買ってあげる品。


 ……君が、逆に言っていたやつ。

 

「やめなさい! あなたが持ってる消火器、本当に中身が入っていたら大変なことになるぞ!」

「え? だって、さっきからっぽって言ってたの」

「そういう事を言っているんじゃなくてだね!」


 消防署の方も、さすがに怒り始めたので。

 ここはフォローしないと。


「すいません。俺が話の相手をしたばっかりに」

「そうなの。道久君が悪いの」

「……なんだ、秋山がまた悪さをしていたのか」


 げ。


 いつの間にやら。

 先生が後ろに立っていました。


「いえ、それはですね……」

「騒がしいと思って来てみれば」

「いえいえ、ちゃんと言い訳を聞いて下さい」

「秋山」

「へい」

「消防車の、手で掴まって乗るところに立っとれ」


 …………困りました。

 俺のせいにされるのはしゃくなのですが。


 次の瞬間。

 スキップしそうになる気持ちを抑えながら。

 消防車へ向かう俺がいました。




 まあ、そのせいで。

 こうして今。


 消防署からの長い道のりを歩いているわけなのですが。

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