ニワトコのせい


~ 一月十六日(水) .1 対 0 ~


  ニワトコの花言葉 熱心/愛らしさ



 昨日一日で。

 都合、五度にわたって落とし玉を頂戴したせいで。


 背中の筋を違えたようです。


 伸ばしたり叩いてみたり。

 無駄な抵抗をする俺の隣で。


 熱弁を振るうのは藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を、頭のてっぺんでお団子にして。

 白い小花が群れ咲くニワトコの枝を。

 一本ぶすっと斜めに突き刺していますが。



 ……手に取るように分かりますね。



 おじいちゃんのお相手で神経の全部をすり減らしたおばさんが。

 夜になったら浴びるようにお酒を飲んで。


「で、この結果と」


 多くの伝承が残る木も。

 この雑な扱い。


 かたなしなのです。



 それにしても、朝っぱらから。

 教壇に立って。


「アピール凄いね」


 まるで選挙運動。

 たすきにハチマキ。


 一体何事かと目を丸くしていた皆さんも。

 穂咲ならではの、誰も考えないような話に。

 気付けば夢中なのです。


「……そん時ね、おみくじで大凶を引くと、後は上がる一方なんだから良いことなんだよって言われて、分かったの。じゃあ大吉引いたら、そん時以上には幸せになれないってことなの。そんなのゴメンなの。だからみんな、大吉を引いた時はそのあと一生のうち、いつか感じる幸せを軽々と凌駕するほど幸せに打ち震えないといけないの」


 そして超幸せですとか言いながら天を仰いで小芝居してますが。


「大吉を引いた時は、いっつもマックスに幸せになっておけば、結婚式ぐらいせいぜい小吉程度のレベルになるの」


 穂咲のお話に。

 おおと湧き上がるクラスのみんなですが。


 ねえ君たち。

 俺、クラスで成績最下位。

 それを分かったうえで言うよ?



 …………みんな、バカだなあ。



 とは言え、突拍子もない演説は。

 この直後、あまりにも予想外なオチを迎えて。

 全員苦笑いです。


「でね? そんないいことを教えてあげたので、バレンタインの日にはチョコが欲しいの!」


 いやいや。

 なにそれ図々しい。


 誰も君のことを相手にせずに。

 授業の準備を始めましたけど。

 当然でしょうね。


「……おかしいの」

「正常です。むしろ罵声が飛んでこないことが奇跡です」

「美貌が足りない?」

「タレ目が真剣さを削いでいるかもしれませんね」

「敵に送ってもらった塩をこの際使わせていただくの」


 え?

 そのタレ目をどうする気です?


 などと聞く間もなく。

 穂咲はお団子髪を上に引っ張ると。


 タレ目が真横になりました。


「こうすると、タレ目じゃなくなるの」

「そうですね。結果、不細工になりましたが」


 ここまでくると同情票が集まったようで。

 宇佐美さんと神尾さんが、楽しみにしててねなどと言ってくださいました。


 けど、宇佐美さんはともかく。

 神尾さんは、いつも俺に下さいますので。

 これで三対一と言ったところでしょう。



 今日のアピールは失敗だったというのに。

 未だに頑張ってお団子髪を引っ張り上げる穂咲ですが。


 もうこれ以上増えないものと思っていたら。

 意外な所から声がかけられました。


「僕も、逆チョコあげるよ」

「ふに!? 近藤君が?」


 どうしたのでしょう。

 穂咲が、なにやら慌てていますが。


「近藤君、あのね? 迷惑じゃないけど、こないだも言ったけど、お返しは期待しないで欲しいの」

「そんなのいらないよ」


 爽やかな近藤君の笑顔に。

 穂咲は複雑そうな顔をしていますが。


「本日のアピールでは三個獲得ですか?」


 俺が声をかけると。

 こくりと頷いて。


 そして再び鼻息を荒くさせて。


「さらに、もう一個確保なの!」


 扉を開けた先生に駆け寄ると。


「バレンタインの日、先生もあたしにチョコよこすの!」

「立っとれ」


 自分が教室へ入るのと入れ替わりで。

 穂咲を廊下へ放り出しました。


 穂咲さん。

 熱心が過ぎます。


 そして教壇の横に突っ立っていた俺に。

 一瞥をくれた先生ですが。


 ちょっと聞いてみたいことがあったのです。


「先生は、よく俺たちを立たせますけど。これって反省になるのですかね?」

「本人は恥ずかしく、そんな姿を見る者はもっと恥ずかしく感じるのだ。どちらにとっても良い効果があるではないか」


 そう言いながら、俺を手で追い払う仕草をなさいます。


 見る側が恥ずかしい。

 そんな感覚は良く分かりません。


 だって、そんな経験をした時は。

 俺自身も立たされていますから。


「それにしても、さっきのあれは何の真似だ?」


 本鈴前ですし。

 先生は廊下の方を見ながら俺に聞くのですが。


「チョコを貰える数で、俺と勝負になったのです。でもあいつ、こんな感じの選挙活動をひと月続けるそうなので、勝ち目なんかありません」

「最初からそんなことでどうする。下らん事だが、その気概は良くないぞ。反省して、勝てるように頑張ってみろ」


 そう言って。

 岩の様な顔で俺をにらみつけるのです。



 なるほど。

 目からうろこが落ちました。


「競争して、己を磨けと。そういうわけですね?」

「遊びでも何でも、勝利を目指して努力するのはいいことだ」


 なるほどなるほど。

 確かにそうですね。


 この、やる気のなかった俺にも。

 ちょっぴり炎が宿った気がします。


「俺が間違ってました! 頑張ってみます!」

「うむ。勉強の妨げにならん程度にな」

「はい! じゃあ先生、俺にチョコ下さい!」

「トイレの鏡の前で立っとけ」



 穂咲は熱心が過ぎた結果立たされたようですが。

 俺の場合は。

 多分。

 愛らしさが足りなかったのでしょうね。


 そして、なるほど。

 立たされている人を見ると。

 確かに恥ずかしいものです。


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