「秋山が立たされた理由」欄のある学級日誌 18冊目🍫

如月 仁成

チオノドクサのせい


~ 一月十五日(火) ゼロ対ゼロ ~


  チオノドクサの花言葉 たくましさ



「お帰り穂咲ちゃん!」

「ただいまあーんど、あけましておめでとうなのおじいちゃん!」


 爺、孫。

 がしっと合体。


 まあ、おじいさんと言っても。

 この方、筋骨隆々。


 そんなたくましいおじいちゃんが。

 お花屋の前で大騒ぎ。


 普段なら、そんな方を見たら厳しく叱りつけるおばさんも。

 おじいちゃんに逆らうわけにはいきません。


 ですので。

 苦笑いで二人が踊る、変なダンスを眺めています。


 そのダンサーの片割れ。

 不器用極まりなく、ドタバタと踊る方が藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を、エビのしっぽのように結って。

 そこに青いチオノドクサをこれでもかとちりばめております。


「そうじゃった、あけましておめでとうじゃったな! ほれ、お年玉をぷれぜんとじゃ!」


 そう言って、なんだか随分と丸く膨れたポチ袋を渡していますが。


 おじいちゃん。

 詰め込み過ぎ。


「お年玉? それなら、道久君にもあげて欲しいの」

「俺はいいですよ」


 そんな図々しい真似できません。

 丁重にお断りしたのですが。


 おじいちゃんは、俺に抱き着くほど接近すると。

 両腕を掴んで。


 その姿勢のまま足をかけて、浴びせ倒しの要領で。

 受け身も取れない俺を背中から地面に叩きつけました。


「ぐはあ!」

「お前さんには、カワズ落としをぷれぜんとじゃ!」

「うおおおおおん! 後ろ体の全部がいたあああい!」


 お年玉とカワズ落とし。

 『おとし』がかかってるとか。


 そういう問題じゃありません。

 これ、禁じ手!


「穂咲ちゃんの隣を歩こうなど百年早い! 年収が一億を超えるようになったら、朝の挨拶までなら許可してやるわい!」


 悶える俺を指さして。

 おじいちゃんは、おばさんにかみつきます。


「こいつ、モチヒコ君と言ったか! なんで穂咲ちゃんにまとわりついておるのじゃ!」

「道久君ですよ、お義父様」

「道久君なの、おじいちゃん」

「そんなことは聞いとらん」


 いつものやり取りを耳にしつつ。

 俺は痛む後頭部をさすりながらなんとか立ち上がると。


 鬼の形相だったおじいちゃんに付けられた、袖の形のスイッチをくいっと穂咲が引っ張って。

 福禄寿の顔にカチリと切り替えました。


「おじいちゃん、分かってないの。あたしはお年玉はいらないの」

「何じゃと!? 現金より、品物をプレゼントされたいという事か?」


 穂咲はまん丸に膨れたポチ袋をおじいちゃんに突っ返すと。


「ほんとに分かってないの」


 そう言いながら。

 少し寂しそうな表情を浮かべました。



 ……穂咲の心は。

 ところどころ子供で。

 ところどころ大人なマーブル模様。


 そんな『大人』色に塗られたまあるい部分。


 家族との時間を。

 お金なんかで買えないものを。


 君は、何より大切にするのですね。


「おじいちゃん。あたしは、こんなんが欲しいんじゃないの」


 優しくおじいちゃんの手を両手で握って。

 それを胸に抱きしめながら。

 穂咲は言います。


「あたしは、チョコが欲しいの」

「さすがに今後一生君のことを褒める気がなくなりました」

「ベルギーチョコか! 穂咲ちゃん、分かってきたのう!」

「そんな遠くじゃなくて、近所のスーパーでいいの」

「なあに、数日待てば届くじゃろう! 新堂!」


 そして執事さんに、いったいいくらするのか見当もつかないチョコを注文させながら。

 家族三代。

 お花屋の中へ入っていきました。



 せっかくの時間。

 邪魔をしてはいけません。


 俺はおばさんに、手で合図を送って。

 お花屋に入ってエプロンをすると。


 レジに立ったところでおじいちゃんに腕を掴まれて外へ連れ出されて。


 さっきのヤツをもう一度食らいました。


「ぐおおおおおお! 痛いのですこれ!」

「当然じゃ。それよりなんで勝手に店に入ってきたのじゃ、ヨリミチ君」

「道久君です」

「道久君なの」

「そんなことは聞いとらん」


 痛む後ろ部分を全面的にさすりながら。

 おばさんが、俺の立ち位置を説明している中。


 穂咲はとことこそばに近寄ると。


 ……この世のものとは思えないほど。

 嫌味な笑顔を浮かべながら。

 ぽつりと言いました。


「一対ゼロ」


 まさか。

 勝負は、もう始まっているのです!?


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