第75話 気持ち
僕はノアファミリーを置いて一足先に城の中に戻り、ミーナを探し始める。
台所でマミーと一緒にお菓子作りに挑戦しているミーナを見つけた。
「ドゥボ、ドゥボ。」
と声をかける。
「あ! ドゥティ、おかえり!」
とミーナは太陽のような笑顔を僕に向ける。眩しい。
本当に、ミーナは可愛い。可愛すぎるんだ。僕に、こんなミーナの未来を奪う権利があるのだろうか? ……あるとは思えない。もし僕がミーナのことが本当に好きだったら、絶対に今よりも幸せにするという自信とともに、こんなことは気にもしないはずだろう。そう言いきれない僕は、本当にミーナが好きだと言えるのだろうか?
「はいっ、これ作ったの!」
ミーナは僕にマドレーヌのような焼き菓子をくれる。
僕はミーナと出会ったときのことを思い出した。あの時もミーナは僕にカピカピのパンをくれた。自分の食べる分を削ってまで。
あの時から、僕はミーナのことが好きだ。そのはずだ。
それともこれは、あの砂漠の王国のクズ共と同じ、ただの性欲なのだろうか? 可愛い少女を自分の思い通りにしたいという、ねじ曲がったただの独占欲なんだろうか?
……だからこそ大人の女性でなく、ミーナなのか? ミーナが弱い存在だから、僕の思い通りになる存在だから、僕はミーナが好きと言い張っているのだけなのだろうか? 別にミーナが弱い存在だなんて思っていないつもりだったが、根本的なところではそう思っていたのではないか?
その場合、もしもミーナが成長して大人になったらどうなるんだろうか? かつて女勇者が言った通り、僕はミーナのことが嫌いになるのだろうか?
「美味しそうな匂いがするわね。」
とノアママが現れて勝手にマドレーヌをつまむ。後ろには佐助もいる。
「は、はじめまして!」
ミーナが挨拶する。
「はじめまして、おちびちゃん。ノアのママと……」
「パパです。」
とノアママと佐助が返す。
ノアママは、ふーんと言って、僕とミーナを交互に見る。そして、何かを納得したような顔をして、
「ちょっとこの子、借りるわね。」
と言って僕を別室に連れて行った。
ノアママは部屋に椅子もあるのに、当たり前のように四つん這いになった佐助の上に座る。
「あなたは、あの子のことが好きなの?」
とノアママは僕に聞く。
喋れない僕を見てノアママは、ちょっと失礼するわね、と手を伸ばして僕に触れる。
あ、触ると危な……と思ったところでノアママの手のひらが僕に触れる。
ノアママに触れられた場所から、生温い水が流れ込んでくるような感覚に襲われる。その生温い水は僕の中をあっちこっち駆け巡ると、急に消失した。
「ちょっとだけあなたの心の中を見せてもらったわ。なるほどね。なんか変な
僕は心の中を読まれたということに少しだけ気恥ずかしさを感じたが、ノアママならいいか、と何故か思えた。ノアママは何があっても否定しない、柔らかな雰囲気があったからかもしれない。
あなたは順番を間違えてるだけなのよ、とノアママは言った。
「好きっていうのは感情よ。好きの理由なんてものは、あとから勝手にでっち上げられるものなの。一番最初に、好きに理由なんか探しても意味ないし、見つかるわけがないわ。あなた、物語でしか恋愛に触れてこなかったんじゃない? 物語では、聞き手を納得させるために好きの理由が色々語られるけど、そんなのは全部嘘っぱちよ。いい? 本当の好きっていうのは、感情なの。理由なんかいらないのよ。」
……僕は自分の感情に自信がない。これが好きという感情だなんて、一体どうやってみんな知るものなんだ?
「あなたの好きという感情は、本物よ。それは私が保証するわ。心を読んだ私が言うんだから、間違いないんじゃない?」
と言ってノアママはウインクする。なんて可愛いババアなんだ。
そうだ。僕はいつも同じことを言われているのだ。
――好きっていうのは感情よ。
というノアママの言葉。
――もっと自分の気持ちを中心に置くのじゃ。
というノアの言葉。
僕は昔から何も変わっていない。
だが、変えるべきところはわかった。
どうしたら変われるのかはまだ何もわからないが、それでも僕の気持ちは軽くなった気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます