第73話 両親

 成層圏を我が物顔で突き進むノアの胸元で揺れる僕は、地上に落ちる流れ星を見つける。


 なんだあれ、隕石か?


「なんじゃあれ、わらわの城に向かっておるぞ。」


とノアが言う。


 ノアの城にだって? あんなものが落ちたら大問題じゃないか!


 ノアはくるっと回って、足元に展開した魔方陣に着地すると、方向転換して自分の城に向けて一直線に飛び出した。空気の壁を突き破り、パァン!と破裂音が響き渡るが、そんなものはものともせずにノアのスピードは上がり続ける。


 ――だが、間に合わない。


 隕石がノアの城に吸い込まれていく。


 ……爆発はしていない。隕石ではなかったのか?


 数瞬遅れてノアは城の前に着地した。


「あら、ノア。大きくなったわね。」


 着地したノアに誰かが声をかける。


「――っ!」


 ノアが振り向くと、そこには燃えるように赤い髪を首もとで切り揃えた女性がいた。気の強そうな鋭い目に、優しさも同居している。人生経験をめっちゃ積んだ銀座のママって感じだ。しかし若い。


「……母上!」


とノアが言う。確かにノアによく似ている。ノアはいまも可愛いが、将来はこういう風になるのだろうか? 胸も大きい。僕は二人の感動の再会を静かに見守る。


 ノアはそのままノアママに駆け寄って、腕を大きく振りかぶってノアママを殴り飛ばした。


 ……え?


 バチコーン!という音ともに遥か遠くに吹っ飛ばされたノアママは、星となって消える。


 僕がノアの胸元でぶるぶるとバイブのように振動して僕の心の動揺をアピールすると、


「のわっ、く、くすぐったいじゃろ! 気持ち悪い動きをするな! 母上のことじゃろ? 気にするな、本物だったら生きとる。」


とノアは言った。


 そういう問題なのか?と思ったが、まあ人それぞれの家族関係というか愛情表現があるんだろう。


「わあ、随分と遠くまで飛びましたね。」


と横から声がする。


「はじめまして、佐助です。ノア、パパだよ。」


と言うその人はどうみても女性だ。長い黒髪で名前通り日本風の着物を身にまとっている。


「……ちち……うえ?」


 ノアもちょっと戸惑っている。


「性別的には女だけど、二人ともママだと呼びにくいだろうし、僕がパパということになったんだ。もともと僕は男だったけど、この世界に転生したら女になっちゃってね。ははは。」


と佐助は笑う。


 僕もそうだけど種族すら適当っぽいし、性別くらい変わってもおかしくはないだろう。むしろ人間に転生した時点で運がいいと言える。


「性別なんて些細ささいな問題よ。」


と言いながらひょこっとノアママが現れる。無傷そうだ。衣服に汚れすらない。


 恋愛に性別が些細ささいな問題だとしても、女性同士でどう子供を作るんだ?


「女同士でどう子供を作ったんじゃ……?」


 ノアも気になったらしく尋ねる。


「そこは、色々と抜け道があるものよ。」


と誇らしげにノアママは答える。


 抜け道があるのか……。


 どうやら僕が童貞だから知らなかっただけのようだ。ノアも処女だし知らなかったんだろう。


「それにしても、ノア、酷いじゃない。帰ってきたばかりの私を、急に殴り飛ばすなんて。」


「一度も家に帰って来ないし、手紙で夫を作れ夫を作れとうるさい母上が悪いのじゃ。」


「そう? それで、この子があなたの夫かしら?」


と言ってノアママはネックレスの僕をつんっとつつく。


「なっ! こ、こいつはただのわらわの手下じゃ!」


「ふーん。この子みたところ童貞ね。……私がいただいちゃおうかしら。」


とノアママが言う。僕は見るからに童貞なのか……とショックを受けるけど、すぐに立ち直って尻穴球体から触手をちょっと出し、おたまじゃくしのようになってノアママの胸にピョンと飛び込む。


 僕はついに大人の階段を登るのだ。


「だっ、ダメじゃ!」


 ノアママの胸に到達する前に、ノアの回し蹴りが綺麗に入って、僕も星になった。

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