第60話 引っ越し

 500人を超える眠り姫を全て確認したが、結局これはミーナママだ!と思う人は見つからなかった。


 ミーナは目に見えて落ち込んでいて、「まあ、そうだよね……」と自分に言い聞かせるように呟いていた。


 こんな時、なんて声をかけたらミーナは元気になってくれるだろうか?僕はミーナに元気でいてほしい。これは僕のわがままかもしれないけど、ミーナには笑っていてほしいのだ……と悩み込んでいると、窓からキツツキが飛んできて、僕の頭をカカカカカカッとつつく。多分これは芳香剤が呼んでいるのだろう。


 ミーナと一緒に大樹ハウスの最上階に行くと、芳香剤が何やら詠唱していて、「魔力をちょうだい!」と僕に言う。僕は体の奥底から魔力をひねり出し、そのぶよぶよしたクラゲのような魔力を芳香剤に投げつけた。


 ――同時に、地震が起きる。大樹ハウス全体がメキメキと音を立てる。


 大丈夫か、これ?


 地震かと思ったが、これは大樹ハウスが鳴動しているようだ。


「行くわよ! 発進!」


とアナルビーズ杖でビシィっとポーズをキメて芳香剤が叫ぶと、大樹ハウスが木の根を足として立ち上がり、地響きを立てながら歩き出した。すごい、引っ越しって家ごとか、と僕は感心する。


「ノアの城まで、全速前進よ!」


と芳香剤は必殺技でも使うように叫ぶ。ノリノリだ。


 ミーナが窓から顔を出して、「わー! 動いてる!」とはしゃいでいる。


 僕ははしゃぐミーナを抱きかかえて、窓から外に出て大樹ハウスのてっぺんに登った。遠くまでよく見える。


「すごーい! 夕日がおっきい! 木があんなにちっちゃい!」


とミーナは僕にしがみつきながら興奮している。よかった、ミーナは元気を出してくれたようだ。ほとんど芳香剤のおかげだけど。


「ドゥティ、ありがとう!」


 と言って笑顔100%のミーナは僕のほっぺたにキスをする。


 鎧の上からだけど、それでも僕はドキっとした。


 やっぱりミーナには、こんなふうに笑っていてほしい。辛いこともあるだろうし、悲しいこともあるだろう。それでも、できるだけ長く、笑っていてほしいのだ。


 大樹ハウスのてっぺんで、僕とミーナは日が落ちるまで同じ時間を過ごした。


 たわいない話をしたり、二人で夕日を眺めた。ただそれだけだったけど、僕は……いや、僕たちは幸福だった。



 ちなみに大樹ハウスの歩行速度は亀並みで、結局フェンに家ごと背負ってもらって移動したのはまた別の話だ。

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