第53話 幸福

 牧師の案内で僕たちは教会の地下へと続く階段を下りる。重々しい鉄の扉を開いて目に飛び込んできたのは、圧倒的な肌色で、数十人の男女が乱行していた。


 あちこちから喘ぎ声やら肌と肌のぶつかる音がしてひどい剣幕だ。どの女性の喘ぎ声もどこか余裕が感じられなくて絶叫に近い。


 部屋の中には何やら怪しい煙が充満していた。僕にはどんな臭いかわからないが、それがよくないものである予感がする。


「ひっ」


と中の様子をみたミーナが引きつった声をあげる。


「どうぞ、こちらで好きな女性とまぐわうことができます。端正な顔立ちの殿方はお安く、ブサイク野郎はそれなりのお金を支払ってもらっています。ですが、転生者のあなたは無料です。」


と牧師が説明する。


「なぜだ?」と粘土板に書いて牧師の前に突き出す。


「転生者は得てして特殊な能力を持っているからです。それが遺伝すれば面白い子供が生まれるでしょう? それに転生者は顔も整っている傾向にありますしね。」


 優秀な子供を産むことが目的なのか?売春小屋ではなく?


「ここは何だ?」と書く。


「ここは、そうですね......言うなれば幸福の農場でしょうか。男性からお金を取るのはただの運営のための収入源です。」


 ……幸福の、農場?


「神は言いました。可愛い少女は世界の幸福の総量を増やすと。たとえ少女自身が幸福であっても不幸であっても、世界全体としてはより幸福になるのです。」


 牧師はちらっとミーナを見ると、話を続ける。


「見たところあなたも我々のカスタマーのようですね。どうでしたか? お楽しみいただけましたか?」


 ……僕は今すぐこいつを殺してやりたい衝動に駆られるが何とか自分を押し殺し、「魔法陣は?」とやっとのことで粘土板に刻んだ。


「魔法陣を植え付ける専用の場所があります。このような少女農場は世界各地にありますが、魔法陣を移植できる場所は限られていますからね。身ごもった時点でそちらに輸送します。」


 どうです、よくできているでしょう?と自慢するように牧師が笑う。


「なぜ?」と震える手で粘土板に書く。


「魔法陣をなぜ植え付けるかという意味ですか? それは、少女を不安定な環境に置きたいからですね。少女たちがずっと幸福だったり、ずっと不幸でいるだけではダメなのです。可愛らしい少女が、幸福から不幸へ、不幸から幸福へと揺れるその運動こそが世界の幸福量を増大させるのです。あなたも、この少女を助けた時に幸せではありませんでしたか? 彼女には自分しかいない、守ってあげなくては、そう思いませんでしたか?」


と演説でもするかのように高らかにのたまう牧師が、突然「ゲピュッ」と奇声を上げて床に倒れた。床から石柱が生えている。ミーナの魔法だ。牧師の玉を潰したんだろう。


 部屋の中でよろしくやっている男たちの視線が集まる。


 僕が右手からニュルリと触手を一本出して手を振るうと、男たちの頭がポップコーンのように弾け飛んだ。

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