第31話 神の心臓

 ミーナの様子を見にきた芳香剤が、鎧を脱いでしかも謎の繭が生えた僕をみてギャーと叫び、何か衝撃波のようなものをガンガン飛ばしてくるので僕は「ドゥヌチィ!ドゥヌチィ!」と説得を試みる。


「え? ドゥティ……なの? ミーナちゃんは?」


と芳香剤が言うので、僕はドゥボ!と答えて繭をほどき裸のミーナをみせると、それはそれで「ミーナちゃんは安静にさせなきゃダメでしょ!」とこっぴどく怒られる。


 芳香剤に散々説教を食らっている間に僕のハンバーグ触手はみるみるしぼんでまた球体に戻っていった。


 ミーナは相変わらず眠りこけている。結構図太い。


 後から気づいたが芳香剤が衝撃波で吹き飛ばした僕の触手はいつもより治りが遅かった。いつもはすぐにニョキッと生えてくるのに。芳香剤のあれはおそらく魔力をそのままぶつけているのだろうが、それをされると僕は地味にダメージを食らうらしい。今後のために覚えておこう。


「ドゥティ、あなた魔力の流れから人間ではないと思ってたけど、こんな姿だったのね。」


と芳香剤が言う。


「何だかズースの心臓みたいな見た目をしているわね。」


 ドゥボ?と僕が聞くと、芳香剤は神話にあるズースという自由奔放な女好きの神の話をしてくれた。


 その神はあまりにも見境なくいろんな女に手を出すものだから、他の神に恨まれて悪さをする度にちょっとずつ体を吹き飛ばされていったらしい。そして、最終的に心臓だけになっても女にちょっかいを出し続けたのよ、と芳香剤は言っていた。


 何というか天晴れな神である。


 そんな風に生きられたら人生楽しいだろうな、と僕は思う。


 僕はなぜか最終形態の心臓からスタートしているところがだいぶハードモードである。別に元の世界で女遊びの限りを尽くしたという訳でもないし、むしろ童貞だったのになぜもっと手心を加えてくれなかったのだろうか。


 けれども、今の僕はこんな見た目でもよかったと思える。


 かつての僕ならこんな姿に転生させた神だか運命だかを恨んだところだが、今の僕は違う。


 ミーナと出会えたからだ。


 それだけで、僕はこの世界に来てからの全てを肯定する。何なら前の世界の僕だって肯定する。あれはミーナに出会うまでの序章だったのだ。


 たとえゲロを寄せ集めたような見た目でも、ワイバーンの屁のように臭くても、言葉もろくに喋れなくても、それでも、この世界に転生してきてよかったと僕は思う。


 何だったらこの世界に盛大に恩返ししてやりたいぐらいに今の僕はハッピーなのだ。


 今なら何をされたって許せる気がする。ノアにぞんざいに扱われたって平気だ。誰かにいきなり鞭で叩かれても笑って許そう。他の神が怒って僕の体を吹き飛ばしたって構わない。


 この世全ての怒りや悲しみといった負の感情を、僕が全て受け止めよう。


 相変わらず眠り続けるミーナは、むにゃりと寝返りをうち、その平らな胸を陽光に晒す。

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