第30話 再誕

 芳香剤の家の14階は客間らしくそこにミーナを運んで寝かせる。ちなみにこの家は20階建らしい。


 僕はミーナが起きるまでそばにいると芳香剤に伝えると、


「そう、わかったわ。何かあったら呼んでちょうだい。」


と言って去っていった。


 それにしてもあの魔法陣の解除がこんなに大掛かりなものだったとは思わなかった。準備に3日かかると聞いた時点である程度は予想していたが、それでもだ。芳香剤には感謝してもし切れない。


 すやすやと眠るミーナを見ながら、僕は目を覚ましたミーナになんて話しかければいいのか考えていた。


 粘土板に文字を書いては消して、書いては消してを繰り返す。


 どのぐらい時間が経っただろうか。結局なんて話しかけるのが良いかはわからないまま、ミーナが目を覚ました。


 目を覚ましたミーナは、自分の手をじっと見つめている。指先をちょっと動かしたり、手をパタパタさせてみたりしている。次に、顔を触ったりベッドを触ったりして周りの感触を確かめている。


 ミーナが僕を見つける。僕に向かって手を伸ばすが、その手は空を切る。まだ距離感が掴めていないのだろう。僕も手を伸ばして、ミーナの手を掴む。


 ミーナが「ドォゥトェィー」とまるで僕の鳴き声のような声を出してベッドからジャンプし、僕の胸にダイブする。


 僕の頭につけた冠をぺたぺたと触って形を確かめ、ドゥティだ、ドゥティだ、と泣きながら笑う。


 ミーナは、ドゥティだよねっ?と僕の臭いをすんすんと嗅いでドゥティだ〜とまた泣く。ひとしきり泣くと今度は笑う。


 そんなことを繰り返していると、ミーナになんて話しかけるかなんて考えていた自分が馬鹿らしくなってきた。これでいいのだ。ミーナのように、思ったことをそのまま口にして、泣いて、笑えばいいのだ。


「ヌェチャ! ヌボェヌグトゥァ!」


と僕は言う。


 ミーナは顔をくしゃくしゃにして笑って、「ありがとう。」と言った。


 しばらくそうしてはたから見ると狂人のじゃれあいのようなやりとりをしていると、


「ねぇ、ドゥティ、鎧を脱いでみて。」


 とミーナが言う。


 ついにきたか、と僕は思った。


 僕がどうすべきかわからずしばらく逡巡しゅんじゅんしていると、ミーナは急に立ち上がってするりと服を脱ぎ裸になる。


「ほら、これでおあいこだよ。ドゥティも。」


とミーナがいう。


 気持ちばかり膨らみのある胸。痩せこけて骨ばっていた昔とは違って全体的にぷにぷにとした印象を与える体つきになった。


 僕は鎧からブチュリと抜け出す。これで二人とも丸裸になったわけだ。


 僕は、恐る恐るミーナの目を見る。


 ミーナはずっと、まっすぐに僕を見ていた。


 僕とミーナの視線が交錯する。


 僕の姿を見てもミーナは、恐れる様子も、忌避きひする様子さえも、欠けらもないことがわかる。


 その瞬間、グチュブチュッ!と僕の体からハンバーグ触手が、空高く舞い上がる龍のように飛び出してきた。


 わあ! とミーナは目を丸くする。僕も驚いた。


 僕はその生まれたてのハンバーグ触手をミーナの前に差し出す。


 ミーナはそれを両手でぎゅっと握ると、


「えへへ、ドゥティ、やっと触れたね。」


と笑った。


 僕はハンバーグ触手でミーナの体にれる。


 真っ白だ。すべすべだ。僕は楽器を奏でるようにミーナの全身を撫で回す。ハンバーグ触手から滲み出た体液がミーナの体を怪しく光沢していく。「んっ、くすぐったいよぉ」とミーナが声を上げる。


 僕のハンバーグ触手は、ミーナの腕に巻きつき、足に巻きつき、お腹に巻きつくと、そのままミーナを全て包み込む繭となる。


 ミーナは僕の繭の中で子犬のように眠りについた。

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